よみかく分室課題部屋

1000 １０００字課題、６／１２分、Ｎｏ．１３９「愛と激情のキャッチボール」（３６００文字）

2004/6/13(日)00:04 - 名無し君２号 - 25591 hit(s)

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Ｎｏ．１３９
題名：愛と激情のキャッチボール（３６００文字）

　えりゃ。
　かけ声とともに、相原恵が投げた白球。その伸びやかな球を、池田研介は古ぼけた
グローブで受けとめた。乾いた音が夕方の住宅街に鳴り響く。
「ナイボ」
　研介は投げ返した。山なりの球は恵の胸元を大きく逸れてゆく。逆手になりながら
恵は腕を伸ばした。グローブの先端ではさみ捕る。
「へたくそ」
　制服のスカートをひるがえし、恵がボールを放った。研介のグローブから上がった
音は、さきほどよりすこし弱々しい。返球するも、今度は左側に逸れた。恵は動じる
こともなく、足を大きく踏みだして捕球した。
「思いだしたよ」
「なにがー？」
　さらに優しい胸元への球を受けて、研介はしみじみ言う。
「相原のほうが野球、上手かったこと」
　今度はうまくいった。研介の会心のボールを真っ正面で受けながら、なぜか恵はつ
まらなそうな顔つきになる。返ってきた球は、いままでで一番速かった。研介の左手
に軽く電気が走る。
「どうしたんだよ」
　研介は振りかぶった。
「昔はさぁ、あたしのことメグって呼んでたよね、ケンちゃん」
　指先から、ボールがすっぽ抜けて飛んでいった。ジャンプした恵のグローブを、ボ
ールが大きく飛び越えてゆく。
「どこ投げてんのよー」
「なにを言ってるんだよ、いきなり」
　ボールを追いかけてゆく、恵の後ろ姿。おさげ髪が揺れていた。むっとした顔をし
て戻ってくる。
「なんだよーケンちゃん」
「ケンちゃんはやめろって」
「だからなんでよケンちゃん。ちょっと自意識カジョーなんでない？　あたし彼氏い
るしー」
　伺うように恵は研介の顔を見ていた。当の研介は、ため息をついていたのでそれに
気づかなかった。
「おれだって彼女いるし。だからそういう誤解されそうなだな」
　研介は顔をあげた。ちょうど恵がボールをリリースするところだった。
「ちょ……」
　轟。
　うなる速球は、かろうじて出したグローブに弾かれた。ぐりん、とひねりながら頬
をかすめてゆく。
「お前、なに本気だしてんだよ！」
　てんてんと転がってゆくボール。研介は駆けた。拾いあげ、ぶつぶつ言いながら戻
る。足を止めた。頬を膨らませている恵に気づいたからだ。
「おい……」
「オマエなんて人はいません」
　研介は小さく舌打ちする。
「メグさん」
「なんでしょう」
　恵はにこやかな笑みを浮かべた。沈み始めた夕陽に照らされている。
「いったいなにを求めてんだ、おれに」
「さて、なんでしょう」
　研介は大きく振りかぶった。
「お前、彼氏いるんだろうが！」
　ほぼ十割の力でブン投げる。恵は叩き落とすようにキャッチした。
「いるよ！　ラブラブだよ！」
　広げたグローブに、軽くホップした剛速球が吸いこまれてきた。捕ったというより、
あちらから勝手に入ってきた。高らかに鳴り響く音とともに、手のひらどころか、手
首に痛みが走る。
　研介は呻いた。ぶんぶんと左手を振る。
　涙目で睨むと、恵の横顔が唇を尖らせていた。
「なんなんだよ！　お前には彼氏がいる、おまけにラブラブ、だったらおれに怒る理
由なんてないだろうが」
　恵の目元がぎゅっと細くなる。
「そう言われると……そーなんだよね」
　首をひねりだす。
「悩むんじゃねーよ」
　研介の投げた山なりのボールを、恵は悩みながら捕った。
　すっと研介の顔を見つめてくる。
「ねえケンちゃん。昔さ、あたしがケンちゃんのこと好きだったって、気づいてた？」
「ぜんぜん」
　真顔で、研介は首を横に振った。
「……ふーん」
　いきなり恵は振りかぶる。腰をぐいと回し――トルネード投法の構えを取った。
「待て待て待て！」
　待たない。ぎりぎりと伸びきったゴムが、弾けて戻った。恵のしなる腕を研介は見
ていない。逃げるように背中を見せていたからだ。
　空気が切り裂かれた。
「が！」
　左尻肉にめりこむボール。わなわなと体を震わしながら、研介はその場に屈みこむ。
落ちたボールが地面で跳ねた。
　尻を手で押さえながら、呻いている研介。近づいてくる足音。怯えたように、研介
は顔をあげる。
「ごめんね、ケンちゃん」
　恵は眉をうなだらせていた。研介は鼻をすすりあげていたが。
「彼女の顔、見せて」
「え？」
「ケータイの待ち受けとか、プリクラとかあるでしょ？　あたしよりブサイクだった
ら――許したげる」
　エヘへ、と恵は笑った。研介は呆然と見上げていたが、我に返るなりあわてて胸の
ポケットを探った。

時間：５時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・キャッチボールというアクション（おおう）→ぼちぼち？
・恵の横暴さ、ひるがえって可愛さ（おおう）→可愛さはあんまり
・かわいそうな研介（あはは）→成功
・住宅街感（ふーん）→皆無



メモ（プロット代わり）

　キャッチボール。家の前の細い道路。車一台分の幅。４時ごろ。（帰宅部のケン
ちゃんが帰ってきたところに、幼なじみの恵と会い、話の流れでキャッチボールする
ことに。ケンちゃんは元野球部なので、グローブを持っていた。恵のは中三のケン弟
が使用していたもの。ボールは硬球）

（のどかな雰囲気）
　ケンちゃんスローイン。胸元をわずかに逸れた。逆手になりながら、恵、うまく捕
る。
「なつかしいねー」
「おう」
　恵の投げたボールはしっかり胸元に吸いこまれる。ケンが投げると、あっちこっち
へゆく。すべてうまくキャッチする恵。ケン、なんともいえない顔つきになる。
「そういや、思いだしたよ」
「なにがー？」
「相原のほうが野球、上手かったこと」
　なぜか仏頂面の恵。ん？　と思うケン。
　ぱし。すこし速いボールを受ける。
「昔はさぁ、メグって呼んでくれたよね、ケンちゃん」
　返球がすっぽ抜ける。恵、とたたたと取りにゆく。
「変なこと言うなよ」
「べつに変じゃないじゃん。ちょっと自意識カジョーだよ。あたし、彼氏ぐらいいる
しー」
「おれだって彼女ぐらい、いるさ」
「ふーん」
「うい！？」
　剛速球が飛んでくる。ケンのグラブを弾いて、後ろに転がった。取りにゆく。
「お前な、本気で投げんじゃないよ」
　つーん。横を向いている。
「オマエなんて名前の人はいません」
　どっちが自意識カジョーだ。舌打ち。一字一字区切って発音する。
「相原恵さん」
　横目でじろりと見つめてくる。
「なんでしょう」
「メグちゃんは、いったいおれになにを求めてるの？」
「さて、なんでしょう」
　すこし強めに、ケン返球。
「お前、彼氏いるんだろうが！」
　あっさりキャッチされる。
「いるよ！　ラブラブだよ！」
　剛速球。高らかに響くキャッチング音。びりびりとケンの手に電気が走る。
「痛え！　どうゆう球投げんだこの女！」
　つーんと横向く恵さん。
「なにがなんだかわっかんねえ！　お前にゃ彼氏いる、おまけにラブラブ、だったら
おれに怒る理由がないだろーが」
　恵、首をひねる。
「そーなんだけどねー……。うーん」
「悩むな、悩むな」
　へろへろな球を投げ返す。恵、悩みながらキャッチ。
「ねえケンちゃん。あたしがさ、昔ケンちゃんのこと好きだったって気づいてた？」
　真顔で首を振る剣。
「ぜんぜん」
　豪快なフォームで振りかぶる恵さん。身を守るように両手を突きだす剣ちゃん。
「待て待て待て！」
　待たない。避けようと背中を向けたケンちゃんの、尻に命中。ずびし。呻くケン
ちゃん。轟。
「うううう」
　すたすたすたと近づく恵。屈みこんで尻を押さえているケンちゃん。おびえたよう
な表情で見上げる。
「ごめんね、ケンちゃん」
　なぜか泣きそうな顔の恵。泣きたいのはこっちだ、とはケンちゃんの心の声。
「彼女の顔見せて」
「え？」
「ケータイでも、プリクラでもあるでしょ。あたしよりブサイクだったら、許してあ
げる」
　だから、いったいなにを許してもらわなければならないのだ？　と思いつつも、あ
わてて胸元のポケットを探るケンちゃん。

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【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181)