よみかく分室課題部屋

1016 生課題　NO１０「夜、家に来た友達」

2004/7/1(木)18:59 - 津荒夕介 - 9791 hit(s)

現在のパスワード

　生課題NO１０「夜、家に来た友達」
　津荒夕介
　

　夜――。一人暮しの義久は、ベッドに寝そべって、ぼうっとテレビを眺めていた。
　まったくもって、彼は疲れていた。スパルタな部活のせいだ。軽率に入部を決めた二ヶ月前の自分を、憎らしく思う。
　本当なら寝たいところだが、そうもいかない。しばらく休憩したら、英語の宿題を片づけなければ。
　――と、ドアがノックされた。
　机の上にある時計を見る。もう、十一時なのに。
　義久はゆっくりと体を起す。
　ＮＨＫの人……それとも宅配か？　
　いや、どちらもありえない。こんな時間に来るハズがないのだ。誰が来たのやら……。
　テレビを切って、息を殺した。いざとなれば、居留守を使う気だった。
　再度ノックの音。そして、
「よっしー。いるんだろ？」
　聞き覚えのある声だった。すぐに記憶と符合する。
　義久は止めていた息を吐き出して、四歩で玄関に立つ。苦笑しながら、鍵を開けた。
「どーしたんだ、こんな時間に」
　訪問者は友人の小沢だった。背が低く、中学生にも見えるスーパー童顔野郎だ。医大に入るため、目下浪人中である。
　小沢は問に答えず、義久の脇の下を通って中に行ってしまった。
「いやーしかし、馬鹿みたいにびびったよ。お前メールもしねぇんだからさ、暗殺者でも来たのかと思ったぜ。はは。……あ、いや、別に恨みを買うようなことはしてねーんだけどさ。ほら、妬みとかね、怖いし。大抵そういうのって一方的なもんだろ？　俺のなにげなーい行為を見て、相手が勝手に……みたいな」
　義久は小沢のために冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す。コップを二つ洗って、ちゃぶ台に置いた。そこまでやって、ようやく鍵をかけていないことに気づき、ドアに戻る。
　部屋を見ると、小沢はビールを飲みながら、勝手にドリームキャストを始めていた。
　やけにクーラーの音が大きい気がしてリモコンを見ると、温度が十八度になっている。舌打ちして二十八度に戻した。
「それで。なんの用なんだ？　なにしに来たんだ、こんな夜中に。普通に考えれば、もう寝ようかなーって時間だろ」
「……」
　小沢は答えない。それどころか、義久の方を見ようともしなかった。ただ、テレビ画面を見ている。
　義久はベッドに座り、訊く。
「おーい。小沢くーん。聞こえてないんですかー？　おい、なんか言え」
「……うるさい」
　ぽつっと、答えた。
　義久は瞳を大きく開く。しばらくして、顔が赤くなった。
「うるさい？　うるさいだと。誰がうるさいんだ？　ああ？　俺か？　俺がうるさいって？」
　義久は立ちあがり、ゲームの電源を切った。テレビ画面が真っ黒になる。
「あっ！　なにすんだよ！」
「なにする？　俺がなにしたのか、そんなこともわからないのか。見りゃわかるだろ、電源切ったんだよ。文句あんのか？　俺のゲームだぞ」
「……」
　義久の声は、大きくなっていく。
「おーいおい。なんですかその目は！？　こんな時間に押しかけてきたと思ったら、偉そうにしやがってよ。何様だ小沢。なあ、お前わかってねーだろ。ここはだれの部屋だ？　お前の部屋じゃねーな。間違いない。家賃は誰が払ってる？　お前が使ったゲームの電気代は誰が払ってる？　俺の親だろ。ああ、俺じゃねぇ、だがお前でもねぇな。じゃあ偉そうにするなよ、わかるだろ。わかるよなぁ！」
　小沢は泣きそうになりがなら頷いて、
「ご、ごめん。家出――家出してきたんだ」
「え？」
「親と喧嘩したんだ。だからさ……」
「あ……あのなぁ、おまえ」
　義久はベッドに座り、指で目を押さえる。
「あー、小沢よ。なあ……あのさ、そういうことは最初から言えよ。俺だって、そうだとわかってりゃ、色々言わなかったんだぜ？　なあ」
「ごめん……」
「わかった。じゃあ、今日はゲームでもやれ。ビールでも飲め」
「うん……」
　平常に返って、義久は喉が乾いていることに気づいた。怒鳴りすぎたようだ。流し台に立ち、グラスに水を入れる。
　ふと、思いついて、
「なあ、小沢」
「ん」
「ベッドひとつしかないんだけど。一緒に寝るか？　寝たいか？　色々したいか？」
「……」
「くくく。座布団使え。そうすりゃ普通に寝れるさ」
「……うん」
　義久は水を飲みながら英語の事を思い出す。
　せっかく浪人生がいるんだ。家賃代わりに教えてもらうことにした。