よみかく分室課題部屋

1038 生課題NO１１　「出会い」

2004/7/28(水)16:43 - 津荒　夕介 - 8940 hit(s)

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　生課題「出会い」　七月二十八日
　津荒夕介　

　放課後。高校陸上部はグランドの隅で円陣をくみ、新入部員たちの挨拶を聞いていた。まだあどけない顔の一年生が、小さな声で自己紹介をしている。
　三年生の水居は自分の入部挨拶を思い出し、苦笑していた。緊張しやすい彼は、一年生の時、自己紹介の練習を一週間前からしたものだ。
　水居は背の高さを利用して、走り高跳びをやっている。二年間で技術面は向上したと思うが、大会では結果を出せていない。
「おい」
　隣に立つ友人が、水居の腰を軽く叩いた。
　水居は、膝を折って友人の顔に耳を近づける。
「あの娘……一番右の。可愛くねぇ？　ちょっとでか過ぎるかもしんないけど」
　友人の言う少女を見る。確かに女の子にしては背が高い。百七十は余裕であるだろう。くわえて首や腕が細いので、余計のっぽに見えた。小さな顔を赤くして、自分の順番を待っている。
　長身好きの水居は、心の中で喜んだ。
　しばらくして、のっぽ少女の番になった。
　彼女は一歩前に出て土を踏みしめると――胸を張って、気をつけをした。
「はじめまして。このたび陸上部に入部しました、山本千夏です！」
　山本はハキハキと言った。
　水居たちは、あっけにとられてしまう。
「私は中学の時から陸上をやっていまして、種目はフィールドの走り幅跳びと、走り幅跳びをやっていました！　精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします！」
　少しの間を挟んで、部員たちは小さく笑った。
　部長が微笑みながら進み出て、
「えーと、山本さん。走り幅跳びと、もう一つは高飛びだよね」
「はい！　それがなにか？」
「なにかって……。さっき幅跳びって二回言ったけど……」
「え、あ。す、すいません」
　もう一度、一年生も含めて笑顔になった。
「べつに謝らなくていいよ。悪いことしたわけじゃないんだから。――ところで山本さん、ほんと背高いね。どのくらいあるの？」
「百七十八センチです」
「へー凄い……。やっぱり高飛び向きだねー。あ、そうだ。ねぇ、水居。ちょっと挨拶しなさいよ」
「え……？」
　周囲が、おーと盛り上る。傍観者を決めこんでいた水居は、混乱した。
「ほら、可愛い後輩が入ったんだから！　びしっと決めなさい」
　部長の催促で、ようやく挨拶を求められているのだと、理解する。
　拒否しようにも、部員たちは静かになってしまった。山本もこっちを見ている。
　逃げられる状況じゃない。
　水居は覚悟を決めて、もつれる口を開いた。
「あー、えと、よろしくお願いします。これから一緒に頑張りましょう。あ、後は……僕は水居っていいます。みずは飲む水の水で、いは鳥居の居です。走り高跳びをやって、ます……よろしく」
　部員たちは苦笑いするしかないようだった。
「じゃあ、長距離と短距離、それからフィールドにわかれて練習しよっか」
　部長は水居に手と顔で「ごめん」と表してから、そう言った。
　急に回ってきた出番は、一年生でもないのに失敗してしまった。水居は肩を落として、練習場へと足を引きずりだした。
「せんぱい！」
　耳の近くの声に驚いて、水居は小さく跳ねた。
　笑顔の山本が立っていた。
「高飛び志望の山本です。よろしくおねがいします」
「あ、うん……」
　歩き出しながら、思い出した。これからは山本と一緒に練習できるのだ。水居は自然と笑顔になる。
「なにか、質問とかある？」
「フィールド競技の先輩は、水居先輩だけなんですか？」
「いや、僕を入れて三人だよ。高飛びの僕と、砲丸投げが二人いる。砲丸投げは新人がいないから、二人とも筋トレに行っちゃった。今日は、後から合流すると思うよ。ああ、でもそれで練習するスペースが無くなるっていうことは無いから大丈夫。うちの学校は余分にグランド広いからね」
「そうなんですか……。でもちょっと寂しいですね」
「ま、しょうがないよ。黄金時代は大分前だし。……よし。山本さんが頑張って、新入部員を増やすんだ！」
「はい！　……あ、でも私だけじゃなくて、先輩もがんばりましょうね」
「あはは……はい」
　二人は軽い足取りで体育用具倉庫へと歩いていった。