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1044 競作課題「ボーイミーツガール」、2号作「胸のドキドキ」(4200文字)、8/2作成
2004/8/2(月)23:38 - 名無し君2号 - 2497 hit(s)

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題名:胸のドキドキ(4200文字)

 花が匂った。爽やかで若々しい香り。
 おそらく校庭の隅に咲いたスイセンから、春の風に乗ってやってきたのだろう。木
島晋介は、目の前に並ぶ新入部員たちとイメージを重ねあわせて、微笑ましい気持ち
になった。
(おれにもこんな時があったのかね)
 一同、緊張に顔を引き締めている。これから自己紹介の挨拶をしなくてはならない
とあっては、なおさらだろう。
 晋介はノートを開き、眼鏡をくいと押し上げた。すでに陸上部マネージャーの仕事
は始まっている。
 名前、クラス、陸上の経験があるなし、中学時代の成績、希望する種目、体格、性
格、精神面の強さ……挨拶の内容に基づいて、晋介はすらすらとペンを走らせた。
(少々小粒か、な)
 晋介は新部長の三重野と視線を交わす。あいかわらず飄々とした、何を考えている
のかわからない表情だった。にたりと笑い、三重野は新入部員たちに視線を戻す。
「じゃー、次。きみぃ」
 やる気の感じられない口調に、思わず晋介は苦笑してしまう。指さされた少女が、
一歩前に出てきた。
「はいっ」
 自信に満ちあふれた返答。思わず晋介は眼鏡の位置を直した。
 頭の両脇でまとめられた黒髪の束が、春風にそよいで少女の怒り肩をさらさらと撫
でている。つるりと覗いたおでこの下で、つりあがった瞳は実に頑固そうだ。唇には
余裕を感じさせる笑みが浮かんでいる。
(へえ……)
 身長約一六〇センチ、体格やや痩身……晋介は急いで書き連ねてゆく。
 ぐいと少女は胸を張っていた。
「一年B組、百瀬カケル。あたしは将来、百メートルの金メダリストになる!」
 ぴたりと時間が止まった。
 秒針を動かしたのは、部員全員の笑い声だった。三年、二年はもとより、一年生ま
でもが遠慮なく笑っている。
 ――いや。
 部長の三重野と、そして晋介だけは真顔だった。晋介はノートの「精神面」に、二
重丸をつける。周りの笑い声にカケルがまったく顔色を変えていないのを見て、さら
にぐるりと丸で囲った。

 くすくすと笑いが起こっていた。
 晋介は冷静にストップウォッチの数字を読みあげる。
「――百瀬カケル。十六秒三」
 笑い声のボルテージがあがる。無理もない。平均よりも遅いんだから。金メダルを
取るだなんて言っておいてこんな成績じゃ、笑いたくもなるだろう。
 なにが悪いって、走るフォームが悪い。
 思いきり前のめりになり、手は激しく振り乱し、足をばたばたと動かす。小学生だ
ってここまでひどくはない。
「……ふん」
 顔の汗を手で拭って、カケルは晋介の横をすり抜けていった。スタート地点へと向
かう。おいおい、またやるのかよ。そんな揶揄する声は、綺麗に無視していた。
 スターター代わりの笛を、晋介はくわえる。
 空に響く甲高い音とともに、カケルがスタートをきった。
 またもや周りから失笑があがる。
 走り方に変化はなかった。めちゃくちゃな動き。晋介はカケルのデータを思い返す。
 いままで陸上競技をやった経験は無い。それどころかロクに運動したことも無いと
いうのだ。
(それにしたって、だ)
 まるで溺れているような動きで、カケルが目の前を通り過ぎた。同時にストップウ
ォッチを止める。タイムは――。
「百瀬カケル。十六秒三」
 遠慮のない笑い声がおこる。
 腰に手を当て、カケルは荒い息をついていた。まったく表情は変化していない。あ
いかわらず自信に満ちた目で、宙を睨みつけていた。
 カケルが晋介の脇を通る。おい、まだやんのかよ。口の悪い三年生の声に、どっと
笑い声があがった。
「おい、百瀬」
 ぴたりとカケルは足を止めた。顔だけを晋介に向ける。
「なんだ」
 一応おれは先輩なんだぞ、と思いながら晋介は続ける。
「お前、誰よりも速く走りたいんだよな」
「走りたいんじゃない。走るんだ」
「だったらちょっとおれの言うことを聞け。お前のランニングフォームはぜんぜん駄
目だ」
 カケルの目が鋭くなった。
「ぜんぜん駄目なのか」
「まったくもって駄目だ。まずは背をしゃんと伸ばせ。あんな前傾姿勢じゃタイムは
出ない。腰を高くあげるイメージだ。そうして太股を高く上げる。腰の高さまで上げ
ろ。ストライドが伸びる」
「……こうか」
 ぱたぱたとその場でカケルが足踏みをし始めた。
「そう。顎はひけ。腕はもっと振る。肘は直角に曲げろ。そうだ。腕はもっと勢いよ
く、リズムよく。上半身のバランスがよくなるから」
 なかなか悪くない。少なくとも陸上部員には見えるようになった。
「それで走ってみろ」
 そのフォームのまま、カケルはスタート地点へ駆けて戻っていった。ツインテール
が揺れて踊る。
「いくぞー」
 こくりとカケルは頷いた。両手をスタートラインの寸前につき、しゃがみこむ。晋
介が笛をくわえると、腰をぐいともちあげた。
 晋介は笛を鳴らした。
 駆けだしたカケルの体が、ぐんと起きあがってゆく。背筋を真っ直ぐ伸ばしていた。
腕の振りは鋭い。高く上がった足が降りるたび、地面を大きく蹴り飛ばしていた。
(よし、いいぞ)
 風を巻いて、カケルは晋介の前を駆け抜けていった。糸のように伸びた髪の房が、
通り過ぎてゆく。
 タイムは?
 晋介の口元に、知れず笑みが浮かんだ。
「十三秒二」
 どよめきがあがる。
「どうだ、百瀬。みちがえ――」
 晋介は息をのんだ。
 カケルは笑っていた。うつむきがちに目をぎゅっとつぶり、頬を持ちあげ、無邪気
な横顔を見せていた。
 振りむく。ひまわりのような笑顔で、晋介に向かって駆けてくる。
「センパイ、センパイ! センパイの名前はなんていうんだ!」
「き、木島だ。木島晋介だ」
「そうか、晋介センパイ! 頼む、もっと、もっと教えてくれ! もっと速くしてく
れ! なんだってする。どんな指示にだって従う!」
「お、おう」
(なんだ、これは?)
 やたらと自分の脈拍数が速まっていることに、晋介は戸惑いを覚えていた。才能あ
る新人と出会えたからなのか、それとも……。
 百瀬カケルは、無邪気に笑っていた。晋介の視線に気づき、小さく首を傾げる。
(まさか?)
 晋介は、ぎゅっと胸を押さえる。胸の高鳴りは、収まらなかった。

時間:6時間

読んで欲しいもの()は読んでの読者感想、→は作者判断:
・自信だけには満ちあふれたヒロイン(おおう)→そこそこ
・本質を見抜く主人公(すてき)→そこそこ
・ヒロインのかわいさ(どきどき)→ぼちぼち?
・主人公とヒロインの才能発揮ぶり(すてき)→そこそこ

メモ
■一行あらすじ
 小生意気な新入部員の、意外とかわいい一面を知って、どきりとしてしまう三年生
マネージャーの話。

■プロット
・新人部員挨拶が、校庭で行われる。自信に満ちた顔つきで、大言壮語するヒロイン。
  まわりの三年生は失笑するが、主人公は運動選手としては正しいと、好ましく感じ
  る。

・さっそく走らせてみると、意外と大したことがない。ぐちゃぐちゃな走りのフォー
  ムに、まわりからは失笑が洩れる。主人公も苦笑するが、まわりの声にも構わず頑
  張り続けるヒロインをみて、フォームを直すためにアドバイスをする。

・完璧に指示をこなし、素晴らしいフォームで見違えるような好タイムをだすヒロイ
  ン。ヒロインの才能にどきん。ヒロインの無邪気な喜びようにさらにどきん。駆け
  寄ってきて、素直に感謝するので、トドメのどきん。主人公陥落。


〔ツリー構成〕

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