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1046 1045 競作課題 「ボーイミーツガール」 、津荒作「惚れました」(3920字) 8月3日 作成 |
2004/8/3(火)23:55 - 津荒 夕介 - 2199 hit(s)
津荒夕介「惚れました」
放課後。陸上部は新入部員に挨拶をさせるため、練習前に顧問の担当する教室に集まっていた。部長が新入生を連れてくる手はずになっている。
走り高跳び選手の水居は、友人と話し込んでいた。新入生の女の子についてだ。今の陸上部には、可愛い娘はいるのだが、すでに彼氏持ちばかり。自然、会話には熱が入る。
ガラガラと音をたてて、部長が入ってきた。後ろには新入生たちが続いて――
全員が感嘆した。
部長に続いて入ってきた少女の背が高かったからだ。百八十センチあるかもしれない。
彼女は視線を集めるのが恥ずかしいのか、赤くなった顔で床を見ていた。肩まである髪を、後ろで一つにまとめている。首や足が細いので、実際より背が高く見える。
「おいおい……まじかよ」
水居は上ずった声で、小さく言った。
長身好みの水居にとって、彼女の外見は最高だった。
急いで制服のまがった襟を正し、にやけを隠す。カッコ悪い姿を見せるわけにはいかない。
「じゃあ、さっそく自己紹介してもらおっか」
部長が言って、入ってきた順番に挨拶をすることになった。
目当ての少女が一番最初だ。水居は一言も逃すまいと、彼女を食い入るように見つめた。
いいかげん視線に慣れたのだろう、少女は顔を上げて挨拶する。
「え……と、長峰結花といいます。よろしく、お願いします」
それだけで頭を下げてしまった。挨拶にしては簡素すぎる。
部長もそう思ったのだろう、苦笑しながら、
「長峰さんは、身長どのくらいあるのかな?」
と訊いた。
「178です」
「おー、すごい。競技はなにやるつもり? なにもないんだったらしばらくは短距離で……」
「あ、走り高跳び、志望です。すいません言い忘れました」
「ん、そうなんだ。丁度良いね。高飛び担当の先輩が、去年二人いなくなっちゃって、今は一人しかいなかったのよ……あれ、あそこにいるデカイ男ね」
部長がこちらを指す。長峰もこっちを見た。
水居は待っていましたとばかりに右手を上げて、口を開く。
「水居です。よろしくね、長峰さん」
「あ、はい」
長峰は柔らかい笑みを返してくれた。
部長が手を叩いて言う。
「じゃあ、次の人からは競技の志望も自己紹介のついでに言っちゃってね。ほかにも、趣味とか、言えたらどんどん言ってちょうだい」
自己紹介はしばらく続いた。
長峰は小さくうなずきながら、同級生たちの自己紹介を真剣に聞いていた。
水居はひたすら長峰を見ていた。
挨拶の後のミューティングが終わると、水居は一番最初に教室を飛び出した。部室へと走る彼の顔は、こらえきれない笑顔で溢れていた。
軽く走って準備体操をしてから、競技別に分かれて練習することになった。水居は長峰と二人で高飛び用のマットとバーを出して、練習を始めた。
長峰は背面跳びがまったくできなかった。中学の頃に高飛びをやっていなかったのだから当然だ。とりあえず今日は挟み跳びをさせた。
練習を始めて三十分。そろそろバーの高さを上げてカッコイイ所を見せてやろう……と思っていると、鼻に水滴が落ちた。
空を仰ぐと、灰色だった。
「雨ですか?」
「みたいだな……どう思う? これから降るかな」
「降ると思います。天気予報で降るって言ってましたので」
「じゃあ、あと少し跳んだら……」
雨がパラパラと強くなった。
こりゃ降るな……。
水居は苦笑しながら、片づけようか、と言うしかなかった。
マットを用具室に押しこんだ頃には、雨は本格的になっていた。野球部やサッカー部の部員が泥を蹴りながら引き上げていく。土の匂いが鼻をついた。
用具室の出っ張った屋根の下に、二人はいる。長峰はしゃがんで地面を見ていた。水居は倉庫の南京錠をかけながら、これからのことを考えていた。
短距離を担当している部長は、甘い性格だ。雨の日のつまらない練習を新入生に強いるのは酷だと考えて、今日は一年生を帰すだろう。
競技が違う以上、水居は部長の決定にしたがわなくてもいい。だが長峰のことを考えると、今日はもう練習したくなかった。
雨の時の練習ほど、地味なものはないからだ。
陸上というのは、基礎がものをいう競技である。水居は地味な練習が嫌いだった。だから技術だけは一丁前のくせに、大会では結果を出せていない。
去年の秋、地道な努力を続けていた他校のライバルに負けて、ようやく下積みの大切さを実感した。
入部初日の長峰が、陸上部の本質を理解できるはずがない。
そんな彼女に雨天時の練習をやらせれば、陸上に失望してしまうだろう。それだけは避けたかった。失望したら部活を止めてしまうかもしれない。
「あのさ、長峰」
しゃがんでいる長峰の横に座った。
「はい」
「今日はもう練習やめとくか。雨降ってるから跳べないしな」
「え? まだ時間ありますよ。ダッシュとか体育館でできないんですか?」
「え……」
ダッシュをやる?
水居は軽く混乱しながら、訊いた。
「ダッシュなんかで、いいのか?」
「はい。高く跳ぶには、基礎が肝心って本に書いてありました。間違ってますか?」
「いや、間違ってはないけど……。つまんないぜ?」
長峰は小さく笑うと、
「そんなことないです。楽しいです。私には高く跳ぶって目標がありますから」
と言った。
水居は絶句した。
自分より二つも若い女の子が、自分が二年かけてようやく理解したことを、すでに納得しているというのか。
なんて、凄い――
「先輩?」
肩を少し揺すられて、意識が戻る。
目の前には、心配そうに眉をハの字にした長峰がいた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あ、ああ――」
答えながら、水居は顔が熱くなっていくことに気づいた。
「ああ、大丈夫だよ」
顔を地面にそむけながら言う。
「ちょっとぼーっとしただけだ……」
「あの先輩。体育館でダッシュ、やれるんでしょうか?」
水居はすこし頷いて、頭を戻してから、長峰の質問に答え始める。答えながら、じんわりと自分の心を理解してくのだった。
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