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1049 競作課題 「ボーイミーツガール」 、弟切作「春の訪れ」(1960字) 8/5 作成
2004/8/5(木)20:11 - 弟切 千隼 - 2575 hit(s)

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「春の訪れ」  弟切 千隼


 放課後のグラウンドは、春の陽射しに満ちていた。グラウンドの隅に、人の集まりが二つできている。
 片方の集まりは、男子生徒ばかりだ。みな、揃いの運動着を着ている。西尾忠志はその一人だった。
 忠志の正面にいる男子が、自己紹介をしている。だが、忠志の目は話す生徒に向いていなかった。
 彼は、隣の集まりを見ていた。正確には、その中の一人の女子生徒を見ていた。
 彼女は、抜きん出て背が高かった。百七十センチ以上あるだろう。運動部の女子であっても、これほどの背の高さは珍しい。
 ぴしりと伸びた背筋の上に、小ぶりな頭があった。短い黒髪が、陽射しに柔らかく輝いている。
(あれだけ背があるのに、バレーやバスケじゃなくて、陸上部に来るなんて。どういう種目をやるつもりかな?)
 忠志はひそかに、走り高跳びをやってくれればいい、と期待した。高さを競う種目は、背が高いほうが有利だ。
「香川君」
 突然、陸上部の男子部長を呼ぶ声がした。女子部長の宮下優子が、隣の集まりから駆けてくる。
「おう」
 男子部長の香川隆仁が、優子に歩み寄った。
 二人は小声で話し合った。優子が、女子部員たちのほうにちらちらと目をやっている。隆仁がうなずくのが、忠志からも見えた。
「西尾、ちょっと」
 隆仁の声に、忠志はどきりとした。
「はい」
(女子のことで俺が呼ばれるなんて、まさか?)
 忠志は小走りで隆仁たちのもとへ向かう。
 隆仁が、太い顎を優子のほうにしゃくった。
「女子の新入生にな、走り高跳び希望者がいるんだと。今、女子で高跳び専門のがいないから、男子のほうで指導して欲しいんだと。高跳びなら、お前だろ」
 優子が話を引き取った。
「男子並みに背が高いの。期待の新人よ。でも、女子のほうじゃ育てきれない。そちらにお願いします」
 優子は丁寧に頭を下げた。忠志も慌てて礼をした。
「あの子、ほら、ひときわ背の高い子。栗原さーん」
 優子が、女子の集まりにむかって手招きした。
 縦長の影が、するりと人垣から抜け出す。走りだした。と見る間に立ち止まって、彼女は顔をしかめた。
「どうしたの?」
「何でもないです、すみません」
 背高女子は、早歩きでやってきた。優子が彼女に、自己紹介をするよう促した。
「栗原里美といいます。一年D組です。中学の時も陸上部で、走り高跳びやってました。高校でもまたやれるので、嬉しいです。よろしくお願いします」
 里美は真正面から忠志を見た。顔の高さがほぼ同じなので、向かい合えばそうなる。
 忠志の胸の鼓動が速くなった。
「えー、えーと、西尾忠志です。三年です。一応、走り高跳びが専門。よろしく」

 隆仁が、忠志と里美を連れて男子の輪に戻った。そこで一とおりの挨拶が済むと、里美は忠志に託された。
「栗原……さんは、どうしようかな。柔軟やって、走った後に、ちょっと跳んでもらおうか」
「はい! 久しぶりに跳べるの、嬉しいです。受験で部活引退してから、跳んでませんから」
「うん。柔軟、念入りにするように。でないと怪我するぞ」
「はい。運動してないとだめですね。体なまっちゃって、ちょっと走ると膝が痛いんですよ」
「膝が痛い?」
 忠志は、里美の脚へと視線を落とした。足首が締まって、形のいい脚だった。
(じゃなくて。今はそれどころじゃないって)
 忠志は、先ほどの、走ろうとして止まった里美を思い出した。
「ひょっとして、急に背伸びなかった?」
「あ、そうです。去年の秋くらいから、急に伸びて。もともと百六十センチくらいだったんですけど、こないだ健康診断で測ったら、百七十二センチでした」
 忠志はひゅうっと息を吸った。
「そんだけ伸びりゃあな。そりゃ成長痛だよ。俺もやったからわかる」
「せいちょうつう、ですか?」
「急に背が伸びたのに、筋肉が追いつかないんだって。そういう時は、下手に運動しちゃだめだ」
「えっ! 練習は?」
「跳ぶのは当分やめ」
「やです」
 きっぱりと、忠志の言葉はさえぎられた。
「あたし、練習したいです。受験の間、ずっとずっと、我慢してました。跳ばせて下さい」
「あのなあ」
 そう言ったきり、忠志の言葉は続かなかった。
 里美が、潤んだ瞳で忠志を見つめている。真正面から。
 忠志は、頭に血が上るのを感じた。三回深呼吸してから、口を開く。
「練習、できないわけじゃない。成長痛の時には、ストレッチをよくやれ、な。膝に負担がかかる運動はだめってこと」
「走るのも、だめですか?」
「軽く走るくらいはいいんだけど、うちのグラウンドは固くて、膝には良くない」
 里美がうなだれた。
「けど、いい方法がある」
 里美がぱっと顔を上げた。
「その方法な、部長に許可もらわなきゃなんないから。先に柔軟やってて」
 忠志は、里美に手を振って歩き始めた。

 三十分後、忠志と里美は、木洩れ日の中にいた。
 二人が立っているのは、大きな常緑樹のたもとだった。周囲には、たくさんの木が生えている。
 森の中を通る風が、鳥の鳴き声を運んでいた。
「いいとこだろ」
 忠志が里美に話しかける。彼はアキレス腱を伸ばす運動をしていた。
「はい。市民の森、でしたっけ? ここも、部の練習に使えるんですね」
 忠志の隣で、里美もアキレス腱を伸ばしている。
「そう。市が整備して、遊歩道とか作ったって聞いた。この遊歩道が『いい方法』さ」
 忠志が足もとを指差した。
 その地面は、茶色くて細かい物体で埋め尽くされていた。踏みつけると、さくりと音がする。
「ウッドチップっていうんだってさ。要らない木材のリサイクルらしい」
「柔らかいですよね。これなら、脚に負担かからなさそう」
 里美は、大きく胸を開く運動をしながら、息を吸いこんだ。
「いい匂い。木の匂いがします」
「エネルギー充填したか? 走るぞ」
「はい!」
 里美の顔に、白い歯がはじけた。次の瞬間、彼女は、忠志より二メートル先に飛び出していた。
 忠志が遅れたのは、彼がにぶいせいではない。里美の表情に見とれたせいだ。
 走りだす前から、彼の胸は高鳴っていた。


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