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1050 競作課題 「ボーイミーツガール」 、津荒作「入部試験」(4960字) 8月5日 作成
2004/8/6(金)02:57 - 津荒 夕介 - 2248 hit(s)

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 津荒夕介 「入部試験」
  


 
 弓長沙希は、今日も陸上部の部室にいた。彼女しか使わない部室には、ゴミも悪臭もない。棚も整頓されている。
 広すぎる部室で、彼女は黙々と体操服に着替える。
 着替えが終えて服を鞄にしまっていると、ドアがノックされた。
「へいへい……」
 友人が英語のノートを返しに来たのかと考えながら、鍵を開ける。
 ドアの向こうには、少年が立っていた。背が低いが、なかなか可愛い顔をしている。当然知らない奴だ。
 少年は間違えてノックしたのだろう。沙希はそう考えると、ドアを閉めることにした。
「って、ちょっと! 待ってくださいよ!」
 ドアに上履きを挟んで、少年が言う。
「陸上部。ですよね、ここ」
「ああ、そうだけど……。なんか用?」
 どうやら陸上部に文句があるようだ。それなら問題ない。沙希はドアノブから手を離した。
「ここで話すのもなんですから、中に入りますね」
 少年は勝手に部室に入ると、鞄を床に下ろして、長椅子に座った。ワイシャツの上のほうのボタンを外して、手の平で風を服の中へと送り始める。
「いやー、まだ春なのにあっちーっすねー」
「知るか。で、用ってなに」
「あ、これです。じゃーん」
 少年はズボンのポケットから小さな紙を出した。受け取ると、入部届だった。
「ま、そういうわけです。よろしくっす」
「……」
 学年を見ると一年と書いてあった。
 沙希はため息をついて、窓際の椅子に座った。一年ならしょうがないか……。
「あんた。陸上部のこと、全然わかってないみたいだね」
「はあ、わかってませんか」
「……説明するから。ちゃんと聞けよ」
 沙希は白い天井を見ながら、話を始めた。
 この高校の売りは「勉強」である。だから部活には、まったく力を入れていない。それなのになぜか校則には、全員が部活に所属するように、という条項がある。故に、ほとんどの部活は存在するだけで中身がない。
 サッカーやら野球は好きな奴がいるからお遊びレベルで活動しているが、陸上なんて誰も好きじゃない。現在陸上部で活動しているのは沙希一人。顧問の教頭は、自分が顧問だということさえ知らないだろう。
「そんなわけで、この部活はつまんないよ。あたししかいねーし。みんなとサッカーでもやりな」
「サッカーはちょっと嫌いでして」
 少年は苦笑する。
「俺は陸上が好きなんですよ。あはは。てなわけでよろしく」
「……」
 陸上が好き……。
 今時珍しい。なかなか良い奴じゃないかと、評価を変える。
 だが、と、思案する。
 部員が増えるのは別に良い。だけど、面倒をみるのは嫌だ。
 彼女がこの高校に入ったのは、一人で陸上をやりたいからだった。家から近く、何故か設備が良い高校。それがこの学校だった。新人相手に自分の練習時間を減らしたくない。
 反面、利用できるかもしれないとも思う。
 最近は練習に刺激が足りなくて、記録がのび悩んでいるのだ。一人でインターハイに行くというのはやはり無謀だったのかと、ちょっぴり後悔していたりする。
 少し考えてから、結論を出した。
「……じゃあ、短距離であたしに勝ったら入部させてあげる。入部試験ってやつだ」
 この条件なら、沙希にとっての損はなくなる。
 理不尽な彼女の条件を少年は、
「余裕っすよ」
 と快諾して、にやりと笑ってみせた。
 あまりに似合っていない笑い方だったので、沙希はふきだしてしまった。
 
 
 二人はグランドに着くと、まずスタブロを地面に固定した。スタブロ――スターティングブロックとは、短距離の選手がスタート地点でしゃがむとき、足を置く器具のことだ。上手く使えば、タイムを縮めることができる。
 準備体操をしてから、スパイクを履く。スパイクを履くと、いつも気分が高揚する。普通に走るより、速く走れるようになるからだと思う。地面に穴を開けながら軽く走った。
 準備を終えて少年を見ると、準備を終えているようだった。彼のスパイクは幽霊部員のものだ。
「じゃあ、勝負しようか。スタブロ使える?」
「当然。何メートルっすか?」
「百」
「りょーかいっ」
 ストップウォッチのタイマーを使って、スタートの合図にすることにした。三十秒後に音がなるようにセットして、スタブロにスパイクをのせる。
 少年も慣れた様子で、スタブロに足をつける。尻を上げて「用意」の姿勢をとった。
 沙希は少し期待していた。
 少年はスパイクに慣れているし、スタブロの使い方も知っている。役に立つくらいの実力はあるかもしれない。
 だが、決して自分が負けるとは思わなかった。
 高一男子なら、せいぜい13秒前半ぐらいだろう。沙希は12秒後半を出せる。
(お手並み拝見……)
 余裕の笑みを浮かべながら、沙希はスタートの合図を待った。 
 ピー!
 ストップウォッチが鳴く。
 沙希は思いっきりスターターを蹴った。前傾姿勢で駆け出す。地面を見ながら、脚を次々と繰り出した。
 体を徐々に上げて、加速を続ける。
 我ながら上々のスタートだ。これなら余裕で勝てるはず。
 ――と、息が聞こえた。
 少年が迫ってきたのだ。
 五十メートル地点で、二人は並んだ。
 沙希は歯を食いしばって、足の回転数を増やす。
 それでも、ぐんぐんと、少年は押し上げるように加速する。
 負けに対する恐怖で、胸が苦しくなる。久々の「抜かれる」感覚だった。
 沙希はこれでもかと腕を振る。もっと加速しなければ、負けてしまう。
 しかしすでに、少年の腕が見えている。ゴールは、まだ遠い。
 少年の厳しい横顔が見えてしまう。そして背中が――。
(くそっ、くそ!)
 
 
 荒い息をつきながら、沙希はゴールで膝をついた。少年は、少し歩いてから沙希の横にしゃがんだ。
 負けた。
 久しぶりに、負けた。
 悔しさと一緒に、なぜか笑いがこみ上げてきた。肩を揺らして、沙希は笑った。
「はぁ、はぁ――センパイ。勝ちましたよ。ははっ」
「ああ、負けた。あんた速い、ね。ベストは?」
「十二秒十。男なら大したことないっすよ。それよりセンパイ速すぎ。女じゃねーっすよ」
「おう、参ったか」
「参りました」
 ふう、と息を整えて、改めて少年を見る。
 腕には筋肉がついているし、脚も短距離らしくしまっている。なぜすぐに気づけなかったのか。
「走らないとわからないなんて。なまってるんだね……あたしは」
「はい?」
「なんでもない。あんた名前は?」
「佐伯ですよー。入部届に書いてありましたって」
「すまん、すまん。……よし、佐伯! 入部決定だ。ま、よろしくな」
「うっす」
 沙希は久しぶりに、楽しかった。


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