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1052 競作課題「ボーイミーツガール」、紫ゆきや作「マネージャーになれない」(4200文字)、8/7作成
2004/8/7(土)08:14 - 紫ゆきや - 2560 hit(s)

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   マネージャーになれない
                    紫ゆきや

 部室のホワイトボードには、『第二グランド倉庫前に集合!』と殴り書きされていた。
 ああ、そうだった、しまったなー、と武藤仁は頭のうしろをポリポリ掻く。
『午後一時 遅刻厳禁!』とも書かれているが、すでに、百メートル走の金メダリストが
全力で走ったとしても守れそうになかった。
 ――まぁ、焦っても仕方ない、と武藤は開き直る。運動着に着替えてから、部室を出た。
 女の子が立っていた。
 黒髪を肩の高さでぴっちり切りそろえ、黒縁めがねをかけている。
 図書委員か美術部ですって感じだ。体育系の部室ばかりが連なる、汗臭い部室長屋には
縁遠そうな女の子だ。
 その女の子が、たたっと駆け寄ってきて、武藤のことをじっと見あげてくる。
「あの、陸上部の部室は、ここですよね?」
 間近で見ると、黒縁めがねの奥で瞳がうるんでいた。今にも泣きだしてしまいそうに。
制服の胸元にあるリボンの色は赤。新一年生の学年カラーだった。手には陸上部の部員募
集チラシを握りしめている。
 武藤はだいたいの事情が飲み込めた。
 つまり、迷子だ。
「陸上部は第二グランド集合だよ」
「えっ」
 彼女は目を見開いて、ばっとチラシを広げた。チラシの端のほうに汚い字で、『入部希
望者は男女とも、第二グランド倉庫前に集合!』と殴り書きされていた。見落としていた
らしい。
「いやー!」
 耳が痛くなるほどの悲鳴をあげてくれた。なかなかの肺活量だ。
 武藤はキーンとする耳を押さえつつ、苦笑する。
「まぁ、今からでも間に合うよ。一緒に行こう」
「は、はいっ。急ぎましょう」
 言うが早いか女の子は、武藤の腕をつかんできた。ぐいっと引っぱられる。
「センパイ、早く早く」
「いや、そんな急がなくても」
「もぉー、遅れちゃいますよ!」
「わかったわかった」
 武藤は走りはじめ、やがてペースをあげていく。どんどん、あげる。
 部室長屋を駆け抜けて、新校舎と旧校舎を横切り、サッカー場を回りこんで、ようやく
第二グランドに着いた。
 錆の浮いた金網に、ちまっと開いたゲートをくぐる。シューズがグランドの土を踏んだ
とこで、そこがゴールとばかりに、いったん足を止めた。
「ふぅっ」
 と武藤は息を吐いた。額に浮いた汗を手の甲でぬぐう。
 すぐ後ろで、彼女が両手を膝に当てて、息を荒げていた。
「ありが、とう、ござい、ましたっ」
 絶え絶えにお礼を言ってくる。
 武藤は、彼女をまじまじと見つめていた。顔をあげた女の子が、不思議そうに小首をか
しげる。
「あの、なんで、しょう?」
「なにが?」
「なんか……嬉しそうです」
「ああ、いいもの見つけたからな」
 彼女は眉をひそめ、ますます分からないという顔をしていたが、武藤はそれだけ言って、
歩きだした。
 第二グランドの倉庫前には、二〇名ほどの部員と、同じくらいの数の入部希望者が集ま
っていた。
 部員全員と、入部希望者の半数が体操着に着替えている。残る半数は制服のままだ。チ
ラシには着替えて来いと書いてなかった。やる気を見るテストなんだろうが、性格悪いよ
なぁ、と武藤は思う。
 入部希望者達を前にして、背の高い女子が何かしゃべっている。女子の部長だ。どうや
ら各種目の説明をしているらしい。
 集団の中に、こっそり後ろから混じろうとすると、その女子部長と目が合った。
 じろり、と睨まれる。
「部長が遅れてくるなんて、どういうつもり?」
 冷ややかな声だった。
 部員達だけでなく、入部希望者達までもが、武藤のほうへと振り返る。
「えー!?」
 と大げさに驚いたのは真横にいた黒縁めがねの女の子だ。武藤が男子の部長だなどと、
夢にも思ってもいなかったらしい。まぁ、言わなかったし。
「いやぁ、優秀な副部長を信頼してるから」
 笑顔で答えながら、迷惑そうな表情をしている細身の少年の肩に左手を置く。と同時に
空いた右手で、めがねの新一年生を入部希望者の群れに押し込んだ。
 女子部長が何か言おうとする前に、優秀な副部長が話を逸らす。
「何をしていたんですか?」
「そっちへ逸らすかね、きみ……」
「何をしていたんですか?」
 事務的に、同じ口調で繰り返される。武藤は降参とばかりに肩をすくめた。
「いやぁ、最後の授業がねー」
「長引きましたか?」
「あまりに退屈なんで居眠りしてたら、そのままぐっすりー」
 副部長がこめかみを押さえ、ことさら大きな溜息をついた。女子部長が目尻を吊り上げ、
地の底から這いでてくるような声をあげる。
「むーとーうー」
「わるかったって! ほれ、入部希望者の自己紹介だろ、時間なくなるぞっ」
「おぼえてなさいよっ」
 ようやく平和な部活動が再開された。
 春の陽射しのもと、初々しい入部希望者達が、次々と自己紹介をしていく。
 眺めながら、武藤は副部長にだけ聞こえる声でつぶやいた。
「なぁ、おれの記録って、落ちてる?」
「……残念ながら、春休みの間も順調に伸びてますね。落ちでもしたら、すぐに不真面目
な態度を改めてもらうのですけど」
「へいへい。んじゃさ、おれに付いてこれる一年女子とかいたら有望?」
「今年の一年に、そんな有望株がいるという情報はありませんけどね」
 武藤は返事の代わりに小さく笑い、視線は前に向けていた。
 最後の入部希望者が前に出てきたところだ。
 黒縁めがねの女の子。
 視線をきょろきょろと彷徨わせている。緊張しているのだ、あれは。
「み、宮原春奈です。マネージャー志望です。よ、よろしくお願いします」
 そうか、宮原という名前だったのか。しかし、本当は出身中学やら、陸上経験やら、所
属するクラスを言わなくてはならないのだが、すっ飛んでいるらしい。
「却下!」
 横合いから、はっきりと、よく通る声が叩きつけられた。
 皆が一斉に視線を向けた先に、女子の部長が腕を組んで立っていた。両腕に押し上げら
れたふくらみがなかなかのボリュームだ。本人に自覚は無いようだけど、目立っている。
 彼女が眉間にしわをよせたまま、言葉をつづける。
「遅刻してくるような子に、マネージャーは任せられないわ」
「うっ……」
 宮原が、まるで実際に叩かれたかのように頭をうつむかせた。唇を噛みしめ、じっと爪
先を見つめる。瞳がうるむ。
 ふつうの女子なら言い過ぎたとフォローするところだろうが、うちの女子部長はふつう
じゃない。他人に厳しく、自分にはもっと厳しい。
 沈黙が流れる。
 隣のサッカー部の声だけが、よく聞こえてくる。
 武藤は沈黙を吹き飛ばすかのように、ふぅっと溜息をついた。視線が集まってくる。
「おれも反対だな――」
 宮原が両手で口元を押さえて、ゲートに向かって走りだそうとする。その足を次の一言
で止めた。
「――スプリント期待の新人だからな」
 皆の表情が固まった。驚いたというよりは、理解できなかったという顔に。武藤にとっ
ては予想していた通りの反応だった。
「マネージャーには反対。だけど、選手としてなら歓迎だね。リレーメンバー候補だもん
な」
「選手だからって、遅刻を大目には見れないわ」
「入部させないほどの失敗じゃないだろ。便所掃除でもさせとけ」
「ずいぶん肩入れするわね?」
 武藤は、にっと笑ってみせる。
「惚れてるからなっ」
 女子部長の目が大きく見開かれた。
 一瞬の後。
 周りの部員と入部希望者達の間から、「お〜〜〜」という歓声があがる。
 待て、こいつの才能にだぞっ、という武藤の言葉は四〇人以上の叫び声に掻き消された。
あまりの騒ぎように、隣のサッカー部や校舎内の生徒達までもが、何事かと、こちらを見
る。
 武藤は慌てて、ちゃんと説明しようとしたが、止めた。
 宮原が両手で口元を押さえたまま、目を白黒させ、耳まで赤く染めている。
 まぁ、悪くないかな、そんな風に思った。

 その後しばらく、武藤は『足も手も校内最速』と冷やかされるのだった。


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