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1055 競作課題「ボーイミーツガール」、2号作「コドモでオトナで」(8600文字)、8/9作成
2004/8/9(月)22:28 - 名無し君2号 - 2543 hit(s)

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題名:コドモでオトナで(8400文字)

 はっ、はっ、はっ。
 規則正しく息を吐きながら、スポーツバッグを抱えて小此木まゆは疾走していた。
校舎の裏、影になっていて湿っぽい土に、スニーカーの跡をつけてゆく。制服のスカ
ートがまくりあがりそうになっても、まるでおかまいなしだった。
(もう、先生ったら長いんだよー!)
 なにも新入生が入部する日に、ぐちぐちとお説教しなくてもいいじゃん。いきなり
遅刻なんて、最上級生としてのあたしのしめしがつかないじゃん。ぶつぶつ言いなが
らまゆは駆けた。髪が揺れ、頬をぱさぱさと撫でる。
 部室が近づいてきた。横にずらりとドアの並んだ建物だ。
 三つドアを通り過ぎて、四番目で急ブレーキをかける。思いきり戸を開いた。
「ごめん、遅刻したー!」
 ……あれ? まゆは口は半開きにした。
 薄暗い部室の中は静まり返っている。女性がひとりだけで、ちょうどYシャツのボ
タンを外し、スポーツブラとおへそとを露わにしていた。
 目と目が合う。
 とても目鼻立ちのくっきりとした、ショートカットの女の子――知らない顔だった。
「ご、ごめんなさいっ」
 戸を閉めた。力が入りすぎ、跳ね返ってかすかに開く。慌ててぴしゃりと閉めきっ
た。
 頬が熱くなるのを感じながら、まゆは荒い息をついた。体がかっかとなる。走って
きたせいだけでもない。
 つぅ、と鼻筋を滑り落ちる汗を拭いながら、まゆは顔をあげた。ドアの上にくくり
つけられているプレートを確かめる。
 女子陸上部。
 土ぼこりに薄汚れた白いプレートには、確かにそう書かれてあった。
 まゆはぎゅっと目を細める。
(あれえ? だったら間違ってないんじゃん?)
 そろそろと戸を開く。隙間から中を覗きこんだ。
「あのー……」
「なに?」
 すでに上をTシャツに着替えた女性が、今度はスカートを下ろしていた。すらりと
伸びた足から、するりとスカートを抜き取る。
「ここ、陸上部の部室で、いーんですよね」
「そうだよ」
 にこやかに微笑みかけてくる。
「そう……ですよねえ」
 あはは、とまゆも笑みを返す。すると、彼女が切れ長の瞳で、じっと見つめてきた。
まゆは笑みを強ばらせる。
「あ、あの?」
「ね、閉めてくれるかな、そこ」
 ぴっと指さす。そこでようやく、まゆは戸を開けっ放しだったことに気づいた。戸
の隙間から部室の中へと陽が入りこんでいる。コンクリートの床に、まゆの小柄な影
がくっきりと浮かんでいた。
「ご、ご、ごめんなさいっ」
 中に入り、後ろでに閉める。ふふっという女性の声を聞いて、うつむきながら自分
の棚に向かった。身に余るほどの大きなスポーツバッグを、どさりと置く。
「み、みんなはどこ行っちゃったのかなあ」
「もうグラウンドに出てるよ。えーと……」
 言葉を探す気配に、勢いよく振り向いた。
「あ、あたしはまゆ。小此木まゆっていうんだけど」
 にっと女性は笑顔を見せた。
「私は飛崎。飛崎ほむら。よろしくね、まゆ」
「あ……うん、よろしく……ほむら……さん」
 ほむらが着替えを再開した。
「まゆも遅れたの?」
「う、うん。授業中に居眠りしてたらさ、いままで先生に怒られちゃって」
 あはは、と大きな笑い声があがった。まゆは小さな体が、さらに小さくなるような
思いになった。
「私もね、先生とちょっとあって……」
 ちらりとまゆは横目で見る。下着姿のほむらが、Tシャツを着るところだった。
 すらりと伸びた手足、引き締まったおなか。胸もお尻もきゅっと上がってカッコイ
イ。髪は短いけど綺麗で、ちっともぱさついたところがない。眉も細いし、まつ毛も
長いし、鼻は高いし、唇も大きすぎないし、顎のかたちもいいし――。
 まるっきりあたしと正反対じゃん。
 なんだかすごく大人ってカンジ。でも……。
 まゆは問いかけてみる。
「あの、ほむらさんさ、もしかして――転校生なの?」
 ほむらがランニングパンツにしっかりとお尻を納めて、振り向いた。
「その通り。でもどうしてわかったの?」
「いや、だって、いままで見たことなかったから」
 同じ学年なのに知らない人となると、転校生ぐらいしか思いつかない。
 ふうん……とほむらが関心したように何度か頷いた。ジャージを履く。
「いままで見たことないから、か。ということは、まゆは陸上をやってたわけだ」
「そ、そりゃー、陸上部ですから」
「ははっ、そりゃそうだね」
 ジャージの上着にばさりと腕を通した。チャックを上げる。
「じゃ、お先に。まゆも急いだほうがいいよ」
 戸を開ける。陽の光がまぶしい。逆光の中でほむらが笑顔を残し、去っていった。
閉めきられたドア。
 しばらくの間、まゆは戸の曇りガラスを見つめていた。
 我に返り、慌てて着替えを始める。ブレザーを脱ぎ去り、ずり落としたスカートを
蹴飛ばす。ネクタイをむしり、ボタンよ取れろといわんばかりにYシャツの前を開い
た。
 下着姿になって、じっと自分の体を見る。
 ぶんぶんぶんと顔を横に振り、スポーツバッグを開いた。ランニングウェアを引っ
張り出す。



 着替えを終え、まゆはグラウンドに向かった。
 陸上部はいつも校舎よりのグラウンドを使っている。すでにそこでは、部員たちが
列になってミューティングを始めていた。
 そろそろと縮こまりながら近づいてゆく。
 どうやら新入部員が挨拶をしているようだ。女子の部長に気づかれ、睨まれる。手
を合わせ、頭を下げた。
 クスクス笑いを聞きながら、三年生が作る列の、端に並んだ。
 はあ、と息を吐き、顔をあげる。
「あ」
 思わず声をあげた、その口のまま固まる。
 真正面に立つ女性も、おんなじ表情をしていた。いや、あちらの方がいくぶん上品
かもしれない。
 飛崎ほむらがそこにいた。
「――なんでほむらさんがそこにいるのぉ? だって、そっちは」
 まゆは横に並んだ顔ぶれを見る。初々しいというか、幼いというか、どう見てもぴ
かぴかの一年生である。
「まゆだって、なんでそこに並んで……」
 忙しくほむらが視線を動かした。
「だって、あたし、三年生だもん」
「私は一年生だけど」
 えーっ!
 まゆもほむらも体を前にのめらせた。まじまじとお互いの姿を見つめる。
「うっそでしょ。だって、あたしより、ぜんっぜんオトナなのにぃー!」
「まゆが、そんな、ええ……?」
 ほむらがぱちぱちとまばたきをする。いきなりぴしゃりと自分の頬を叩いた。
 前屈しそうな勢いで、思いきり頭を下げる。
「すみせんでしたっ。まゆさんが先輩だとはつゆ知らず、いろいろと失礼なことを…
…!」
 まゆも自分の頬を叩いた。
「いや、こちらこそ、その……あはは」
 力無く笑いながら、まゆはほむらの頭を見つめていた。あ、左つむじだ。
 は、はは。自然と笑いが乾いたものになる。
「あの、先輩?」
 上目づかいでほむらが覗きこんできた。
「だ、大丈夫。あはは」
 ほむらが体を起こし、一歩近づいた。
「無理しないでくださいね、まゆ先輩」
 どっちが先輩だかわかんないや。
 息をはき、まゆはまだ心配そうに眉をうなだらせているほむらを見つめた。肩を叩
く。
「ま、よろしくね、ほむらさん……ほむら」
「……はい」
 肩に置いた手に、ほむらが自分の手を重ねた。それが冷たかったので、ぴくんとま
ゆは震えた。



「じゃ、とりあえず飛んでみて」
 走り高跳びのバーを前に、まゆは腰に手を当てて言った。隣に立つほむらの顔を見
上げる。ほむらは、面白がるような笑みを浮かべていた。
「いきなりですか」
「そ。自信ない?」
 ふふっとほむらが笑った。
「ま、見ていてください」
 ジャージを脱ぎ捨て、シャツ、ランニングパンツの姿になる。とんとんと爪先で地
面を蹴った。
 きっとバーを見つめる。
 ゆらりと体が前に傾き、右足を踏みだした。そのまま弧を描き、バーへ横から入っ
てゆく。
 勢いそのままに、体が舞った。ふわりと腰があがる。
 背中がバーを越えていった。半ばまで体が滑り入ったところで、足がぐんと跳ねあ
がる。踵がバーの上をいった。
 マットに背中から落ちてゆく。
 ぼふっと音をあげ、軽く跳ねた。
 体を起こしたほむらの顔には、得意げな笑みが浮かんでいる。
 まゆは、詰めていた息を吐きだした。知らず、笑顔ができる。
「――やるじゃん」
 ほむらが駆け寄ってきた。
「どうです、まゆ先輩」
「まーまーね、まーまー」
 強がりを返しながら、まゆは首をくきくき鳴らした。手首をぶるぶると振り、足首
をぐるぐると回す。気合を入れてバーを睨みつけた。
「今度はあたしの番だからね。見ててよね」
 ぐ、と腰をおとす。
「はい、見てますよ」
 深呼吸を繰り返した。三度目のとき、踏切を切る。
 勢いよく駆けた。ほむらと同じようにぐるっと回って、横合いにバーに入ろうとす
る。――ちょっと勢いが強すぎた。
(どうしよ。止めよかな、それとも)
 ええい、と跳ねて、腰からバーに乗ってしまった。
 やば、と思っている間にも、ゆっくりバーごと、体は落下してゆく。ぎゅっと全身
を強ばらせた。
 衝撃で揺さぶられる。
 息が詰まった。肺から絞りだし、吸うと同時に横っ腹が痛んだ。また息が詰まる。
 薄く開いたまぶたの隙間から、雲ひとつない空が見えた。
 またぎゅっとつぶり、ようやく呻き声をあげる。
「大丈夫ですか、先輩! まゆ先輩!」
 足音が近づいてきた。うっすらと目を開けると、ほむらの顔が見えた。ひどく真剣
な目で見下ろしている。切れ長の瞳が、睨むように細まっていた。
 へいきへいき、だいじょうぶだよ。
 声を出したつもりが、唇が動いただけだった。ほむらの眉間に皺がよる。
 たまらない気持ちになって、まゆは体を起こそうとした。脇腹の痛みがぶわっと広
がり、全身に及んだ。
「無理しちゃ駄目です」
「だぃ……じょぶだか、ら」
 そっと胸に手が置かれる。
「まゆ。いいから寝ていて」
 ささやくような声だった。それでまゆの体から力が抜ける。途端に背中にバーを感
じた。いままで敷いて寝ていたらしい。呻くまゆを、ほむらが引っ張った。ようやく
普通に横になれて、ほっと息をはいた。
 まわりから多くの足音が近づいてくる。部長が心配そうな声をあげていた。



 消毒液の匂い。
 レースのカーテンが揺れ、風が吹きこんできた。花の匂いを運んでくる。保健室の
ベッドに寝そべりながら、まゆは鼻をうごめかした。
「どうですか、まゆ先輩」
 椅子に腰掛けたほむらが、優しい目でまゆを見つめていた。
 まゆは鼻からゆっくりと息を吐く。
「うん。先生に湿布貼ってもらったし、大丈夫、だいぶよくなってきた」
「そうですか。よかった」
 あいかわらずほむらの瞳は優しい。ぎこちなく、まゆは視線を逸らした。
「情けないなあ、あたし」
 保健室の中に、グラウンドの音が流れこんできていた。しばらく耳を澄ます。ほむ
らはずっと黙っていた。
 沈黙といういたわり。
 鼻の奥がつんとなって、まゆは顔を横に向ける。
「うらやましいよ、ほむらが」
 すこし声が震えてしまった。
「――どうしてですか?」
「あたし、子供じゃん」
「そんなこと、ないですよ」
「うそばっかり。ほむらだって最初、あたしのこと同じ一年生だと思っていたじゃん
か」
「いまは違いますよ」
 背中越しのほむらの声からは、見事に優しさしか感じ取れなかった。白いシーツに、
顔を埋める。
「ほむらは、ホントにオトナだよね」
「それはまあ、昔から老け顔だと言われてますけど」
「顔とか体もそうだけどさ。それだけじゃなくて……オトナだよ」
 間。
 ふふっと笑い声がした。
「可愛いよね、まゆって」
 ぞわぞわと何かがこみあげてくる。ボッと顔に火がついた。
「な、なにを、いきなり」
 思わず体を起こしてしまう。脇腹に痛みを感じて、呻きながらわなわなと突っ伏し
た。手が肩に添えられる。
「無理しないで、先輩」
 目尻に涙を浮かばせて、まゆはほむらを睨みつけた。
「ちくしょー、ホントに……お前ぜったい年ごまかしてるだろ」
 ほむらは笑顔を返す。
「さあ、歩けるようなら病院に行きましょう。そして早く治して、練習しましょう」
 うう……とまゆは声を洩らす。
「とんでもないのが後輩になっちゃったなあ」
「よろしくお願いしますね、まゆ先輩」
 肩を貸すほむらに、まゆは遠慮無く体重を預けた。びくともしなかった。

時間:7時間

読んで欲しいもの()は読んでの読者感想、→は作者判断:
・子供っぽい主人公(うふふ)→あんまり
・大人っぽい彼女(どきどき)→うーん、そこそこ?
・主人公のどきどき(わはは)→あんまり

メモ
■一行あらすじ
 子供っぽいことを気にしている陸上部三年生の少女が、大人っぽい新入部員の少女
にどきどきする話。

■プロット
・部活に遅刻した主人公。慌てて更衣室に向かう。見知らぬ女性が着替えていた。子
  供な自分と比べてやたら大人っぽい女性に、主人公はどぎまぎする。転校生かと思
  って話しかけるも、どうも会話はちぐはぐになる。女性は先に出てゆく。女性の大
  人っぽさに、しばらく主人公は呆然となる。我に返り、慌てて着替え始める。

・主人公が校庭に到着したときには、すでに新入部員が自己紹介を兼ねた挨拶をして
  いる最中だった。睨む部長に頭を下げながら、三年生の列に並ぶ。そこでさっきの
  女性が新入部員の列にいることに気づく。彼女が一年生であることに驚愕。相手も
  気づき、主人公が三年生であることに驚く。先に女性が立ち直り、非礼を詫びる。
  誠実な態度に主人公は好感を持つ。

・同じ走り高跳びの選手ということで、一緒に練習を始める。いいところを見せよう
  と主人公は頑張りすぎてしまい、失敗。バーを巻きこみながら落ちてしまう。苦痛
  にうめく主人公を、新入部員が抱えて保健室に連れてゆく。

・保健室にて、先生に治療される主人公。新入部員に慰められるも、彼女の大人っぽ
  さにさらに落ちこむ。つい愚痴をこぼしたら、「先輩、可愛いですね」と言われて、
  恥ずかしさに赤面しつつ、どきどきする。

■起承転結
起:一年生の中のひとりに注目。(子供っぽい主人公。妙に大人びた雰囲気を持つ少
女が気になる)
承:その子に好感を持つ。(彼女が精神的にも自分より大人なことを知って、好意を
持つ)
転:挨拶終わって練習に移行。その子の指導をさせられることになる。なにか小さな
困難or苦難に遭遇。(いいところを見せようとして失敗する)
結:その子に惚れる。(てきぱきと少女が応急処置をしてくれる。どこまでも格好良
くて、どきん)


〔ツリー構成〕

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┣【1046】 1045 競作課題 「ボーイミーツガール」 、津荒作「惚れました」(3920字) 8月3日 作成 2004/8/3(火)23:55 津荒 夕介 (4944)
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