よみかく分室課題部屋

1104 ９／２８分、Ｎｏ．１１９－１２「深く重く、そして強く」覚醒編その２（５０００文字、原稿用紙１０枚）

2004/9/28(火)23:39 - 名無し君２号 - 23069 hit(s)

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Ｎｏ．１１９－１２
題名：深く重く、そして強く「覚醒編」その２（５０００文字）

　　　　２

　楽屋のなかは静まり返っていた。
　汗まみれで帰ってきた男たちが、扉を開けたとたんに立ちすくむ。ついさっきライブを
終えたばかりで高潮しきっていた笑顔が、みるみるうちに強ばっていった。
　部屋の奥をちらちらと横目で見つつ、隅に置いてある荷物へいそいそと向かった。楽器
を布で拭う手もそこそこに、着替え始めた。流れでる汗すらそのままだ。
　そんな彼らを追い立てるような、甲高い木の音。
　浅黒い肌の大柄な女――カレンが、ドラムスティックでテーブルの端をリズミカルに叩
いてた。揺れるドレッドヘアの下では、眉間に深々と皺を作っていた。
　テーブルの真ん中には吸い殻がぎゅうぎゅう詰めになった灰皿がおかれ、そのまわりに
は缶やペットボトル、漫画雑誌が所狭しと並べられていた。
　ごちゃごちゃなゴミの山を挟んだ向かい側では、少年が身に余るほど大きなベースを一
心不乱に弾いている。とはいえベースが特別大きいわけではない。少年が小柄なのだった。
不機嫌さ丸だしで神経質なリズムを叩いているカレンと比べても、ひとまわり以上も小さ
い。
　子供にも間違えられそうな高校生、桜海里は、細い眉をしかめ、まぶたを固く閉じて、
ベースに没頭している。太い弦をつま弾き、激しく震わしていた。
　ふたりに背を向けて、テーブルとは離れた化粧台に座っている少女がひとり。
　ふたふりの三つ編みを垂らしていた。
　その色は漆黒。
　自然の黒さではない。薄暗い照明の下でも、濡れたように輝いていた。背の開いた、こ
れまた黒いワンピースとあいまって、さながら魔女だ。
　鏡に映る顔は険しい。
　鋭い眉に、鋭くつりあがった瞳。化粧っ気のない肌は青白かった。
　みじろぎひとつせず、赤羽根凛子は鏡のなかの自分を睨みつけている。
　――唐突にリズムの雨が止んだ。
「いったいどうするのさ」
　くるくるとスティックを回しながら、カレンは凛子の背に語りかけた。体からすれば小
さいパイプ椅子がきしむ。
　ベースを弾く手を止め、海里も体を起こした。こちらは普通な大きさに見えるパイプ椅
子は、べつに音を立てなかった。
　沈黙している背中に、カレンはさらに体を凛子のほうへとねじった。
「凛子、聞いてるのか？」
「なんだよ」
　背を向けたまま、凛子は気怠い声を返した。
「なんだじゃない。ベースだよ、ベース。どうする気だよ」
「ベースなら、目の前にいるだろォ」
　ちらとカレンは海里を見た。
「いままで弾いているのを見たことがないんだけどね」
「そいつならそこいらの奴より、よっぽどうまくこなすよ」
　ムチャ言わないでくださいよ、と海里が呟いた。小さく肩をすくめる。
「いいかげんにしなよ、凛子」
　怒り肩でカレンは立ちあがった。
　物憂げに凛子が振りむくのと、パイプ椅子が倒れて派手な音をあげるのが同時だった。
「草一郎はどうした。あんた、説得しに行ったんじゃないのか」
　ずいと前に踏みだした。紫のタンクトップに包まれた豊かな胸も、ずいと前に出る。
　間を外すように、凛子がカレンに横顔を見せた。小さく息を吐く。
「だから信じろよ」
「ずっとそればっかりじゃないか。もうつぎはあたしらの出番なんだよ。この期に及んで、
あんたのなにを信じろってんだ」
　横顔を向けたままで、凛子が黒目を移動させた。カレンを捉え、ぐっと目を細める。
「――なんだい」
「あたしなんか信じなくったっていい」
　あんぐりとカレンが豊かな唇を開いた。きれいな歯並びを覗かせる。
「凛子、あんたね……！」
「あたしじゃなく、草一郎を信じればいい。すくなくとも、あたしはそうしてる」
　ぱくん、とカレンは口を閉じる。小鼻を膨らました。
　腰に手を当て、首を左右に傾ける。ぴたりと真っ直ぐにした。顔にかかったドレッドヘ
アの一本を、手で払う。
「凛子、あんた……」
　さっきとおなじセリフを口にした。
「あの」
　三人の視線が、いっせいに声のした方へと向けられた。
　着替え終わった男たちが、ぺこぺこと頭をさげている。
「お先に、失礼します」
　すっぱりと凛子は無視し、カレンはちいさくため息をついた。海里だけがにこやかに手
を振る。
「じゃあ」
　男たちがドアを開けた。
　離れようとしていたカレン、海里の視線が、勢いよくドアへと戻る。
　背のひょろ長い男がのっそりと立っていた。人のよさそうな顔にまばらな無精髭を生や
し、肩には長い楽器――ベースを背負っている。
　海里が勢いよく立ちあがった。すっ飛んだ椅子が派手に転げたときには、凛子も振りむ
いていた。
「草一郎さん！」
「草一郎！」
　ゆっくりと凛子は腰をあげる。
　草一郎は駆けよったカレンや海里と挨拶を交わしていた。何度もカレンに肩を叩かれて、
顔の半分をしかめ、顔の半分で笑っていた。
「なにやってんだよ、いままで！」
「すみません」
　海里はにこやかに笑っていた。
「ホント、遅すぎですよ、草一郎さん」
「すまん」
　手に持ったベースに気づき、海里はあわてたそぶりで背中に隠す。
「草一郎」
　靴音を鳴らして、凛子が近づいてくる。歩くたびに黒いワンピースのスリットから、真
白い足が覗いた。
　カレンと海里はあいだを開ける。
　草一郎のすぐ前で凛子は止まった。じっと見あげた瞳には、感情の揺れは認められない。
冷たさすら感じさせる目を、草一郎は黙って見返した。
「草一郎」
「はい」
「――お前、いったいなにしに来た？」
「凛子！」
　いまにも飛びかからんばかりのいきおいで、カレンが凛子に向き直った。
　目の前に腕を伸ばされ、どうにかといった様子で踏みとどまる。手でふさいだ相手の顔
を見つめた。
　その相手――草一郎は、凛子の顔を見おろしていた。悲しみも怒りもその表情からは感
じ取れない。ただ真剣さだけは感じられた。
「もちろん、ベースを弾くためっス」
「ベースなら……もう、いるよ」
　半分伏せた凛子の瞳は、海里へと注がれていた。背中からベースの頭を覗かせていた海
里が、ぶるぶると顔を横に震わせる。
「凛子さーん！」
「このバンドのベースはおれです」
　カレンと海里は驚きの表情を浮かべて、草一郎を見た。
「もしかしたら海里のほうが上手いのかもしれない。それでも、このバンドの音を……カ
レンさん、海里、そして凛子さんの音を最高に活かすことができるのは、おれしかいない
……っス」
「草一郎、お前……」
「草一郎さん、なんだか」
　ふっ。
　凛子が微笑んだ。
　手の甲を草一郎の胸に当てる。ドス、とけっこう大きな音がした。一瞬だけ草一郎は顔
をしかめたが、すぐになんでもないといった顔に戻った。
「間に合ったみてーだな」
　草一郎も微笑みを見せた。
「なんとか」
「おかえり、草一郎」
　こんどは軽く胸を叩かれた。
「……ただいま、っス」
　カレンと海里が顔を輝かせる。
「なんだかよくわかんないけど……ともかく、全員揃ったわけだ！」
　腕を持ちあげた。草一郎もあげる。がつんとぶつけあった。
　はう、と安堵のため息をついたのは海里だ。
「よかった……。本番ぶっつけでベース弾かせられるとこでしたよ」
　ベースをそっと床に置く。
　その時、ドアが激しく打ち鳴らされた。
「すんませーん！　もうすぐ出番でーす！　準備まだですか！」
　にたり、と凛子は八重歯を剥きだしにした。
「よーし……」
　すぅと息を吸いこんだ。
「ぶっ殺しにいくぞ！」
　オウ、という声が楽屋中に響き渡った。

時間：１０時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・草一郎と志保里の別れ（しみじみ）→そこそこ
・草一郎の決意（どきどき）→そこそこ
・ライブ描写（わくわく）→未処理
・草一郎の成長ぶり（わくわく）→途中経過
・凛子の草一郎へと答え（ぽっ）→途中経過
・カレン、海里の爆発ぶり（どきどき）→未処理

■一行あらすじ
　自分もエゴイストであると気づいた主人公が、音楽のために先輩や恋人の好意を振りき
って、元のバンドに戻り、ライブを成功させる話。

■プロット
・ライブ当日。すでに会場のタコビルでは他のバンドの演奏が始まっていた。凛子のバン
  ドが出演するのは最後のトリ。いつものようにモヒカン男はライブハウス入り口で門番
  をしている。通路に貼られたライブ告知のポスターを眺め、凛子のバンドが「凛子とそ
  の仲間たち」になっているのにらしさを感じ、にやにや笑っている。

・草一郎が楽器をかついで登場。うっすらと生えた無精髭が、なにやら練習していたこと
  を思わせる。うさんくさそうに見ていたモヒカン男は、相手が草一郎だと気づき、親し
  げに話しかける。遅くやってきた草一郎に「遅刻か」と問いかけるモヒカン。答えよう
  として、草一郎は言いよどむ。視線の先には志保里の姿があった。草一郎は「遅刻です」
  と答え、凛子の元に戻る意志を告げる。

・通路で話しあう草一郎と志保里。ちらちらと見つめるモヒカン男。いちど志保里は草一
  郎の家に連絡して、草一郎がずっと引きこもってベースの練習をしていたことを知って
  いた。私が連絡したことは知っているはずなのに、どうして連絡をくれなかったのかと
  訊く。草一郎は凛子のバンドから抜けて一ヶ月近く立ち、ブランクがあったから腕前を
  元に戻す必要があり、だから時間が勿体なかったと正直に答える。志保里は杉原のバン
  ドを辞めることを責める。迷惑をかけるのはわかっているけど、それでも戻らなくては
  ならなかったとまた正直に答える。志保里は最後の質問、じゃあ私と音楽とはどっちが
  大切なのかと問いかける。「音楽」とまたまた正直に答えてしまう草一郎。口元には、
  「理解してもらえないだろうな」と自嘲の笑みが浮かんでいた。唐突に、なんで凛子が
  よく笑みを浮かべていたのかを理解する。

・別れを告げ、去る志保里。立ちつくす草一郎。おろおろするモヒカン男（笑いどころ）。
  吹っ切った表情で草一郎はライブ会場へ向かう。応援するモヒカン男。

・控え室。うじゃうじゃいる対バンのメンバーたちを、その不機嫌さで圧している凛子た
  ち。ベースを一生懸命練習させられている海里（笑いどころ）。もう凛子たちの出番が
  来る。草一郎が来ないことでカレンが凛子を責める。ただ「信じろ」という凛子に、怒
  りが爆発。凛子もそれを受け、一触即発の状態となる。

・草一郎登場。喜ぶカレン、海里を凛子は制し、「なにしに来た」と問いかける。草一郎
  は全く動じず、「ベースを弾きに」と答える。「もうベースは居る」と海里を示される
  も、「おれのほうがこのバンドを活かせます」と、互角の立場で応対する。満足そうな
  凛子。そこに出番を告げる声がかかる。「よし、いくぞ」と凛子バンドはフルメンバー
  で出陣。

・ビルの外で泣いている志保里。その前に杉原とシゲ登場。だいたいいきさつを察してい
  る杉原とシゲが、志保里を慰める。どんなものか様子を見に来たというシゲ。どうせな
  ら最後まで見届けないか、と志保里に誘いをかける。残酷な人ね、と答えつつも了承。

・ステージ上。満員の客。いままでの演奏と、凛子への期待で興奮しきっている。声援と
  飛ばす観客に、「うるせぇ黙って聴けボケ」と罵声を返す凛子。さらに観客のボルテー
  ジがあがる。そんなやりとりを眺めつつ、自分が緊張していないことを草一郎は不思議
  に思う。準備完了。カレンがカウントして、演奏開始。つつがなく始まる。

・観客席の最後尾、壁際に並ぶ志保里、杉原、シゲ。すでに演奏は始まっている。早い曲
  に、観客は盛りあがっている。心をざわめかすカレンのハードなドラム、マイクスタン
  ドの前に立つといきなりオーラを滲ませる海里、まるでギターに憎しみをぶつけるかの
  ような狂気の弾き方をしている凛子と、外からバンドを描写。そのなかではいまいち草
  一郎は目立っていない。演奏する草一郎にまだ目を潤ませる志保里をよそに、「おれた
  ちとやっていたほうがよかったよ」という天然な杉原に、ひとりで汗をかいているシゲ。
  「やるもんだ……」と草一郎がなにかやっていることを匂わせる。

・三曲、ハードな演奏が続く。四曲目はややゆったりな曲。ボーカルとベースだけのパー
  トになる。そのことで、音の太さ、広がり、リズム感の良さがわかるようになる。海里
  の声に絡みつくベース。ギターやドラムが入ると、とたんに気配を消す。

・カレンが草一郎のベースの成長に気づき、舌を巻く。自分の作ったリズムに、時に寄り
  そい、時に突き放しと、だんだんと曲の空気を決めはじめていることを感じた。このヤ
  ロウ、やるじゃないかと演奏の勢いをあげる。

・勢いがあがったバックの音にあおられ、海里もさらに声をふりしぼる。その原因が草一
  郎にあることに、すぐに海里は気づく。もうコントロールするのやーめたっと、海里は
  歌に集中しはじめた。

・凛子は草一郎を見つめる。見つめかえす草一郎。草一郎がわざと一音フレーズをはずし
  て、凛子を挑発した。嬉しそうに笑う凛子。暴走開始。

・一歩間違えれば破綻寸前、ギリギリな演奏は、観客をどこまでも興奮させ続けた。とっ
  くに呑みこまれて観客の輪に飛びこんでいる杉原。涙をひとすじ流して、草一郎を見つ
  め続ける志保里。たいしたもんだよ、お前は……とクールに感嘆するシゲ。

・演奏の渦のなか、ひたすら弦を弾き続ける草一郎。暴風雨のなか、ど真ん中に立ってい
  るイメージ。灯台として荒れ狂う海を照らし続ける。鋭敏になる感覚で、最後列の志保
  里に気づいた。自分が捨てたものに、甘い痛みを覚える。慰めるように凛子が音をぶつ
  けてくる。笑みを浮かべている凛子。「お前のことはあたしがわかってやる」との意志
  が伝わる。カレンのドラム、海里の絶叫も「あたしらもねー」と割りこんでくる。草一
  郎は音で返答。

・演奏終了。みな疲れ切って、舞台の袖にへたりこむ。ガラガラ声の海里が、「こんな一
  生懸命やったのは初めてですぅ」と独白。カレンも「スティック十本は折っちまった」
  と返す。指先から流れる血を眺める草一郎。激しく弦を弾きすぎて皮が裂けた。凛子が
  体育座りの草一郎の前に立ち、「あたしもだ」と右の親指から流れる血を見せる。ひと
  しきり草一郎を褒めた。ぽたりと床に滴った血を見て、いきなり草一郎の指先を口にく
  わえる。どぎまぎする草一郎。「お前の血は苦いなぁ」とほのかにエロスを醸しだしつ
  つ、自分の指先も出す。とまどう草一郎に「べつに病気はないぞ」。おずおずと草一郎
  はくわえた。苦い。それをにやにやと眺めるカレン、海里。

・アンコールを望む観客の声。やってくれと言うライブハウスのオーナー。またステージ
  に向かう前に、草一郎は「たとえ凛子さんが……たとえ淫乱でも、おれは！」と告白し
  ようとして凛子に殴られる。「だれが淫乱だ、あたしはまだ処女だ」と言い放つ凛子に、
  全員絶句。嘘だろう、と目配せしあう。雰囲気を察して不機嫌そうな凛子だったが、に
  やりと笑って「なんならお前にあげようか？」と草一郎にぶつける。困惑を見せる草一
  郎に、「ここで迷うようじゃまだまだだな」と再度グーパンチ。笑顔を見せて、ほら、
  みんな待っているから行くぞ、とステージに向かう。追いかける草一郎。

■起承転結
起：凛子の元に向かう草一郎。
承：彼女や先輩との友情や、いろんなものを捨てさり、凛子と合流。
転：ライブを成功させる。
結：バンドとしてひとつになる。

〔ツリー構成〕

【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181)