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1125 2000字 掌編 まこと
2004/10/29(金)12:04 - まこと - 2883 hit(s)

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「さっくりと次」(2000字 掌編)まこと
                  
「詩織? おれ」 
 携帯から聞こえたのは勝也の声だった。ディスプレイを見ずにでた詩織は息をのんだ。。
 詩織が県外の短大に進学したため自然消滅してしまったが、三年ほど付き合っていた。だんだんと疎遠になり、連絡が途絶えてから半年以上経つ。詩織としては終わったものだと思っていた。
 突然の事に戸惑った目が、床に散乱するリクルート関連の冊子に注がれた。つるつるの表紙が、窓からの日差しを天井に反射させている。就職の内定をもらう事が出来なかった詩織に、友人が差し入れてくれたものだ。
 心配して気づかう友人には強がってみせたものの、ひとりになるとひどく落ち込んだ。何もする気になれず、寮のベッドにごろごろと横になっていた。そんな時だ、携帯が鳴ったのは。
「もしもーし、しおりー? 黙るなよなー」
「あっ、あぁ、ごめん」
 ぎこちないながら、思ったほどの気まずさはなかった。詩織は内心ホッとする。
「どーよ、最近」
「元気だよ」
「就職活動してんだろ?」
「え、まぁ、ねっ」
「きびしいんじゃねーのー?」
「そぉー、でもない。こっちぃ、ほら、都会だし」
「ふーん、そっかー?」
 遠慮がちに会話はすすむ。勝也は人懐っこい性格で、誰とでもすぐ友人になれる。詩織はそんなところに惹かれたのを思い出していた。
 ――勝也ってば、なんだって急に連絡してきたんだろ。まさか、声が聞きたかったとか。あたしの。
 携帯を持つ詩織の手に力が入る。
 勝也を嫌いになった訳ではなかった。きちんとした別れ話もしないまま、いつの間にか二人の関係は消滅していたのだ。
「内定とかは? もらったー?」
「微妙なとこ突いてくるなぁ、気ぃつかってよぉ」
「わちゃー、マジスか」
 おどける勝也には付き合っていた頃の気安さを感じた。やり直せるのだろうか、そんな考えがチラッと頭をよぎる。
「地元、帰ってくれば?」
 詩織は胸の高鳴りを覚えた。ヨリを戻してもいいような気分になってくる。
「心配してたぞー、おまえんとこのおばさん」
「はいぃ?」
 詩織はかん高い声をあげた。
「なにそれ。もしかして……うちの母親に頼まれた?」
「え、やっ」
 付き合っていた当時、学校帰りに詩織の家へ寄り夕食を食べることが多かった。詩織の母親は料理が上手い。両親が共働きで夕食時間が遅い勝也は、喜んでご馳走になったものだ。そして事あるごとに詩織の母親には頭が上がらないなどと言っていた。
「なんだ、あたしはてっきり……ぷっ、くくく」
 詩織は笑い出した。その場面が目に見えるようだったから。詩織の母親にばったり出くわした勝也が。地元への就職を説得するよう迫られ、馬鹿正直に連絡をよこしたのだろう。
「何がおかしいんだよっ」
「だってぇ。あははは。あー涙出てきた。あはは、あは」
 詩織は笑いながら、手で目をこすった。
「もう、切るからな」
 ムッとした声だ。
「ごめんごめん。ふぅう。ありがとね、電話くれて。あとさぁ、聞いて良いのかなぁ。勝也、もう彼女いたりする?」
「な、なんだよ唐突にぃ、てゆうかー、悪い! 強引にだな、その……」
「やっぱそうだよね。勝也、もてたしなぁ。気ィ使わないでないでいいんだからね、うちの母親とかさぁ。そういえば、ちゃんとお別れしてないんだよね、あたしたち。今、バイバイってしとこっかぁ」
 詩織はめいっぱい明るい声で言った。
「ん、そだな。えー、バイバイ……じゃ、そういうことで」
 用がすんだのだろう、勝也はさっさと携帯を切った。詩織はしばらく、ツーツーという音を聞いていた。
 閉じた携帯をそっとベッドに置き、じーっとながめる。
 それから突如として顔を上げ、ベッドから跳ね起きた。思い切りよく。
 床の陽だまりに散乱した冊子を手に取り、猛烈な勢いでめくりはじめる。
 笑顔のイメージ写真が印象的な企業のページで手が止まった。詩織は声をはじけさせる。
「よぉし。さくっと次! 行ってみよっかぁ」


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