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1130 2000字 掌編 NO.2 まこと
2004/11/15(月)10:22 - まこと - 1919 hit(s)

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「ばあちゃん子ですから」11/12 2000字課題 NO.2 4時間40分で まこと
 
 嘉代は、暗い廊下を、足ばやにすすんだ。めっきり弱くなった足腰ながら、しかし、しっかりしたとした足取りで。
 西からの日差しでひだまりになっている廊下の先で、足を止めた。
 すりガラスの引き戸に、お待ちかねの長ひょろい人影が映っている。体をしきりに揺らせて。寒くもない、暖かな小春日和だというのに。
「落ち着きのない子だねぇ」
 嘉代はふっと笑って、引き戸の鍵をはずす。
 人影のほうでも待ちきれなかったのだろう。その手が音をたてて引き戸を開く。
 黒い重そうな皮ジャンが嘉代の目に飛び込んできた。
 同時にあたまの上から、男にしては高めの声が降ってくる。
「ばあちゃん、今、ギターがすごいことになってるよ」
「なんだって?」
 声のほうを見上げると、うすい唇をゆるませた孫の正広が、くりっとした目を弓なりにさせた。
 腰にぶらさげた飾りであろう鎖を、ガチャガチャさせてはいるが、正広の笑顔はやさしい。
 風とともに、嘉代の鼻先を通り抜ける。たばこのにおいが鼻をついた。とがめることはできない。先月、注意できいたない歳になったからと、お祝いを言ったのだから。
「一ヶ月ぶりの挨拶がそれかい」
「だって、復刻版のギターが限定発売されてるんだよ、ばあちゃん」
 正広はしゃべりながら靴をぬいで、ひょいと上にあがった。
 細長い背中と、ぬぎ散らかされた靴とを、嘉代は交互に眺める。そして、ため息をもらした。小言は胸におさめて靴をそろえてやる。
「ギターならこの間、買ったじゃないか」
 嘉代はちょっとだけ声を荒げた。
 楽しみにしていたマツケンのステージをあきらめて金を渡したというのに、おまえときたら、毎度毎度。嘉代は心の中でそう文句を言った。
「あれはアンプってゆうんだよ、ばあちゃん。ギターじゃないの」
 正広はケロリとしている。
 嘉代はだまって冷たい床板に足を踏み出した。
「プロ仕様のめちゃめちゃクールなやつなんだよ、ばあちゃん」
 背をかがめて顔をのぞきこもうとする正広に、相づちは打たなかった。
「その前はマイクも買ってやっただろ」
「感謝してるって、ばあちゃん。だから、俺の話し聞いてよ」
 嘉代は正広をかるくにらんで追い抜いた。
 正広は嘉代の顔色をうかがい、おねだりする子供のようにぴったりとくっついてくる。
 嘉代はそしらぬ顔で茶の間に入り、座卓の前にすわる。
 正広も背中をまるめて向かいにすわり、上目づかいで嘉代をぬすみ見していた。
 嘉代は無言でお茶をいれる。
 正広も無言で、金色に染まったあたまをいじっている。
 そのあたまに目をやった嘉代が、お茶をずずっとすすった。渋い。
「とにかくさ、パンフレット見てよ。ばあちゃん」
 ポケットから出した折り目だらけのパンフレットを、座卓の上に、手で丁寧に伸ばして広げる。
 嘉代は正広と目を合わさずに、また、お茶をすすった。
「見てよ! ばあちゃん」
 パンフレットを指でたたく正広に、嘉代は気持ち斜めに座りなおす。
「俺さぁ、バイトして、自分でギター買ったんだよ。そしたら、金があまったんだ。日ごろ、ばあちゃんにたかってばっかいるだろ、俺。そんで、そのお詫びをかねたお礼にって感じなわけよ。それ」
「え?」
 嘉代はパンフレットを手に取った。
 眉間にシワを寄せるが、目が遠くなった嘉代には読めない。
 座卓においてあった老眼鏡を、もう一方の手につかみ、膝立ちして縁側へむかった。
 落ち着きなくめがねをかけて目を細め、パンフレットを読み上げる。
「マツケンサンバの、ゆうべ……特別、公演?」
 嘉代が両手で握ったパンフレットに、影ができる。正広の影だろう。ふるえはじめたパンフレットに、チケットが添えられた。嘉代は目を大きく開く。
「行ってらっしゃい。ただし、お連れさまの分は自分で買ってくれよ」
「おまえ……」
 言葉が続かない。
 西日を背にした、金の輪郭の正広が、照れくさそうにあたまをかいた。


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┣【1130】 2000字 掌編 NO.2 まこと 2004/11/15(月)10:22 まこと (3311)
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