よみかく分室課題部屋

1181 「パパは太公望」　１０００字課題　Ｎｏ．６　１２/２９　まこと

2004/12/29(水)21:49 - まこと - 3450 hit(s)

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「パパは太公望」　１０００字課題　Ｎｏ．６　１２/２９　まこと

　裕子はあくびをした。
　朝もやが海面をおおっている。
　Ｔシャツ一枚では寒かった。ぶるっと身ぶるいをする。
　岸壁はけっこうなにぎわいだった。自転車で乗り付けている子供もいた。
　裕子は釣竿を小脇にはさんだ。ヒップバックに手をつっこむ。おもむろにゲーム機を取りだした。カチッと音をさせる。すぐに画面とにらめっこになった。
　ひんやりした風に腕をなでられる。思わず縮こまった。
「ねぇパパァ、寒いよぅ」
　足踏みをはじめた。だが目は画面のサルにうばわれていた。
　父の英介が隣でしゃがみこむ気配がある。
「ゆう、落としたら拾えないぞ。しまえ」
　寝起きのかすれた声がした。
　裕子は面白くなかった。英介の色がさめた帽子を見おろす。
　ふと気がづいた。広げた新聞紙の上になにかがうごめいている。手足がついているミミズだった。
　英介がそれをちょん切った。それでもぞわぞわと這いまわっている。
「ぎぁあ、まだ生きてるよ」
　英介がＪの形の針にミミズをつけた。
「イソメだ」
「きたなぁい。さわんないでよっ」
　英介の顔が上に向いた。あごに無精ひげがだらしなく生えている。くわえタバコの煙に目を細めた。そこに目やにがついていた。
「ったく。親をバカにしくさって」　
　英介がしゃがんだまま竿を振った。飛んだ糸の先が近くに落ちた。ポチャッと音がする。
　裕子はその竿を手渡された。素直に餌のついていない竿と交換した。
「日の出見れなかったな」
　英介が小型のパイプいすをふたつ組み立てた。そのひとつにどっかりと座った。裕子も座る。
「来なきゃよかった」
　裕子は横目で様子をうかがった。英介が針にミミズをつける手を止めた。
「ゆう！　引いてるっ」
　英介が持っていたものを投げ出した。竿をつかもうとする。
　裕子は手を引っこめた。
　すると腰を浮かせて寄ってきた。裕子は抱えられる格好になった。
　猛烈な勢いでリールを巻いていく。
「ちょっ、ちょとぉ」
　英介が立ち上がった。
　裕子も引きずられて立ち上がった。
　竿の先がカーブを描いている。カラカラカラとリールが鳴る。
「あっ、魚だ！　パパ、魚だよ」
　十センチほどの魚が海面から浮き上がった。
　裕子が竿から手を離す。パチパチ拍手をした。
「すごいすごい。本物だぁ」
「しーっ。ゆう、魚が逃げる」
　英介が竿をまっすぐに立てた。魚が宙をきって寄ってくる。裕子は手を伸ばして魚にふれた。
「やだぁ。きもちわるーい」
　英介の腕の中で飛びはねた。体がふいに楽になった。振り返ってみる。
　英介が魚をつかんだところだった。針をはずしにかかる。
　魚がバケツへと移された。
　裕子はバケツをのぞいた。生臭くて鼻をつまんだ。そして英介を見上げた。
「釣れたね。パパ」
「大物がね」
　朝もやはすっかり晴れていた。太陽が英介の頭と重なった。
　

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