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1210 3/14分、『ろり魔女(仮)』本文、No.15(5000文字)
2005/3/14(月)18:54 - 名無し君2号 - 4530 hit(s)

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 ろり魔女(仮)No.14(5000文字)

 聖王都メイルウィンドは、静まり返っていた。
 元々が静謐さ、穏やかさに満ちた都ではあった。だがいまは、昼日中《ひるひな
か》だというのに、家の戸は閉めきられ、通りに人の影もない。
 まるでなにかに怯え、息をひそめているかのようだった。
 ただひとつざわめきを洩らしているのは、都の中央にある王城だ。城の中庭では、
兜、鎧と完全装備の騎士が、隊列を組んだ兵士たちに指示を飛ばしている。兜から覗
く彼らの顔は、いずれも緊張に強ばっていた。
 張りつめた空気の、城から離れ――
 城壁の近く、石造りの平らな屋根を持つ神殿。
 建物の真ん中には、ぽっかりと穴が空いていた。修繕しようとするものもいない。
居住区とおなじく、静かだった。
 通りからなだらかな階段を上った先に、神殿の入り口がある。
 そこに、ひとりの女性の姿があった。
 聖騎士であることを示す青い外衣の下に、鎧をまとっている。腰には幅広の剣を下
げていた。女性としては高い背を、まっすぐに伸ばしている。
 風になびく、黄金色の髪は短い。
 深い青色の瞳で、彼女は空を睨んでいた。
「よいのか、ここにおっても」
 後ろから声は聞こえた。彼女は振り向く。
「城では戦さの準備を始めておるぞ、アレスティルァルファ守護騎士団団長」
 神殿の入り口から、騎士とおなじく、襟元が丸い外衣を身につけた老人があらわれ
た。外衣の脇からは、白くゆるやかな服が覗いている。
 名を呼ばれたアーレスは、わずかに唇を笑みとして曲げた。
「かまいません。いまは謹慎中の身、登城したところで追い返されるだけです。私の
ことより、タウロン聖導師長どのはどうなんです。全聖導師長が城に召還されたと聞
きおよびましたが」
 ほっほっほ、とタウロンは白い顎髭を揺らした。
「私のような老いぼれ、なんの役にもたたんよ。もっとも、十二人おる聖導師長のう
ち、ここ王都に残っておるのは、私もふくめ四人、みな年寄りだがの。若い連中は各
地に散っておる」
「こちらも似たようなものです。蛮族の鎮圧に青と赤、テラ河でのいさかいには黒と、
それぞれの騎士団が出払っています。王都には白しか残っておりません」
 ふっ――とアーレスは小さく笑う。
「不幸に、というべきか。それとも、幸いに、というべきか」
「幸い、だろうの。青の騎士団は陛下が率いておる。少なくとも、聖王の身に危険は
ない」
「王都より、戦場のほうが安全だとは……まったく」
「相手は魔人よ。人ではどうにもならん」
 言葉を返そうとアーレスが唇を開く。
 青白い光が遮った。
 光は空から降りそそいでいる。まばゆそうに目を細めながらも、睨みつけたアーレ
スの視線の先では、氷がうねり、踊っていた。
 氷は、水晶のようなきらめきを放っている。
 水晶はやがて龍となった。無数の首を持った透明の龍が、鎌首を持ちあげ、都へと
牙を突きたてる。
 牙は砕けた。
 結界だった。聖王都を包みこんだ不可視の障壁に阻まれ、龍は細かい粒子と化して
ゆく。轟音とともに、氷の龍は砕け散った。
「……これで五度目ですか」
 身じろぎもせず、ふたりは見つめていた。
「ふむ、最初も氷結魔法だったの。鋭い氷の矢が降りそそいだのだったか」
「次が地震でした。王都に被害はなかったものの、まわりはひどいありさまだったと」
「三度目は植物だったな。とげつきの蔓《つる》が結界中を覆ったのだった」
「四度目は毒の霧です。これも王都を侵すにはいたらなかったが――」
 手を剣の柄に置いた。ぎりぎりと握りしめる。
「外の被害が大きすぎる! 王都の外に住んでいるものたちが、いったいどうなった
のか……知ることすらできない。結界の外に一歩でも踏みだせば、待っているのは確
実な死だ」
 魔人どもめ、と吐き捨てた。
「王都の外は農業区が広がっています。農民たちの犠牲も痛ましいが、恐るべきはこ
れからだ。氷害に地震に毒! 守るもののない畑! 秋の収穫は期待できないでしょ
う。いま王都に備蓄してある食料だけで、はたして民をまかなうことができるかどう
か」
「まこと、痛ましいことよの。飢えほど辛いことはない」
 アーレスは笑った。顔に皺を刻んだ、苦い笑みだった。
「悩む必要すらないのかもしれません。聖杖の結界が絶対ではないことは、先の魔女
の件であきらかです。障壁を破られてしまえば、我らなどたやすく滅ぼされるでしょ
う」
「それは軍人としての分析かな」
「ええ。空からいまのような攻撃をされれば、我らにかなう術はありません。せめて、
この剣が届くところまで近づいてきたのなら――」
 柄を握った。
 ふむ、とタウロンは顎髭をいじる。
「軍人としての見解はわかった。では、騎士としてはどうなのだ」
「――あいつの姿がない」
 空を睨みつけながらアーレスは答えた。視線のはるか先に、四つの人影が浮かんで
いる。
 メイルウィンドを襲う、四人の魔人の姿だった。
「魔女のことかの。ミューと申したか」
「あいつが魔王を復活させたのは確かです。あの魔人どもがそれを証明している。な
のになぜ魔女の姿がない」
「復活させたはよいが、そのまま甦った魔人にやられたのではないかな」
「そんなタマではありませんよ。殺そうったって死ぬものですか。なによりあいつは
こう言い残した。『復活させたらまた来る』と。ならば来ないわけがない。私の前に
あらわれて、にゃははは〜、と頭の悪そうなバカ笑いをあげるに決まってます!」
 ここでアーレスはタウロンに視線を落とした。
「聖導師長どのはどうなのですか。私とおなじく、なにか気にかかるからこそ、ここ
にいるのではないのですか」
 タウロンは笑いだした。
「ほっほ、やはりおぬしはおっかないの。たしかに気になることはいくつかある」
「ぜひお教え願いましょうか」
「ひとつ。魔女ミューが持ち去った封印について、あれから聖導師会でも調べてみた。
歴史書によると、あの封印は、かつて世界を危機に陥れた魔王たちのなかでも、三巨
頭と目されるもののひとり、魔王ゾーククラフトを封じておったらしい」
「魔王……幼いころ、よく昔話として母に聞かされましたよ。まさか実際に戦うこと
になるとは思いもよりませんでしたが」
「戦わずともよいかもしれん。いま聖王都を囲んでおるのは、ゾーククラフトの配下
の魔人たちだけだ。わかるかの? 魔人どもをおのおの統率しているのが魔王だ」
 アーレスは細い眉を片方だけ持ちあげる。
「どういうことですか? あそこには魔王がいないと」
 うむ、とタウロンがうなずいた。
「ゾフィル、シリナ、コントラ、ジャンダル。伝承に記された配下の名だ。ありえん
のだな。配下だけがここにいるというのは」
「べつにおかしくはないと思いますが。王とは本来、むやみに動かぬものです」
「いいや、ありえん。ここには、絶対に魔王自身がやってこなければならんはずなの
だ」
 ほう……。アーレスの目が細くなった。
「どうしてでしょうね? 魔王が来なければならない理由が、なにかあるんですか」
 げふんげふんとタウロンは咳きこんだ。アーレスは背中をさする。
「ああ、まったく年は取りたくないのう。さて、なんの話だったかな。そうそう、私
が気にかかることのふたつめだったな。つい先ほど、東にて強い魔力の発動を感じた。
ちょうど『死の牙』のあたりじゃの」
「下手なごまかしを……」
「魔法を使ったのは、くだんの魔女と思われる」
 問いつめようとしていたアーレスの口の動きが、ぴたりと止まった。
 にやりと口の端をあげる。
「やはり、生きているんですね? タウロン聖導師長もおひとが悪い。復活した魔人
にやられたなどと」
「それはの……」
 地面が揺れた。
 大きく横に揺れ――ゆるやかに収まる。ただのひと揺れだけだった。
 魔人の起こした地震自体は、聖王都の結界に阻まれている。
「またか! くそっ、外はどうなっている!」
 いまにも駆けだしそうに、アーレスは二歩、三歩と足を踏みだした。
「地震を自由に起こせるとはの……古代の魔法使いが、どれほどの力を持っていたの
かがよくわかるわ。いかに例の魔女が強い力を秘めているとはいえ、魔王のみならず
魔人が四人もいては、さすがにかなわんだろう。事実、昨日、西で強い魔力が放たれ
た。王都に使われた氷結魔法とおなじ力だ。魔王の封印を奪った魔女が去ったのが、
おなじく西。どういうことかわかるかの」
「魔女と魔人でなんらかの争いがあった」
「そういうことだの。だから……」
「だが、魔女は生きている。ならば必ず来る。ここに来ます!」
 タウロンは白い顎髭を撫でさすった。
「どうしてそうまで言いきれる」
「ただの勘です」
 ほっほっほ、と笑うタウロンに、アーレスは自信ありげに微笑みかけた。
「この勘のおかげで、三度は死の顎《あぎと》を乗りこえました。なかなかバカには
できませんよ」
「バカにはしとらん。なぜなら私もそう思うからの」
 小さく笑って、アーレスは視線を空に戻した。
「やつらに訊けば話が早いのでしょうが」
「まさか問いかけるわけにもいくまい」
 黒々と曇った空には、あいかわらず四つの影が浮かんでいた。



■元のプロット

○5、決戦

 聖王都
(三人称視点)
・王都を取り囲む魔王の配下。魔法の杖の防御壁が効いていて、侵入できない。
・女騎士、きっとミューの差し金だと、ひとり恨みに思っている。


〔ツリー構成〕

【1139】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」ねっこ 2004/11/24(水)00:20 名無し君2号 (149)
┣【1140】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」あらすじ(800文字) 2004/11/24(水)00:22 名無し君2号 (1820)
┣【1141】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分(原稿用紙29枚) 2004/11/24(水)00:28 名無し君2号 (18303)
┣【1155】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分改稿(原稿用紙21枚) 2004/12/2(木)01:08 名無し君2号 (13785)
┣【1188】 『ろり魔女(仮)』プロット 2005/2/11(金)01:20 名無し君2号 (19780)
┣【1189】 2/11分、『ろり魔女(仮)』本文、No.1 2005/2/12(土)01:28 名無し君2号 (3822)
┣【1190】 2/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.2(8400文字) 2005/2/13(日)15:11 名無し君2号 (12180)
┣【1191】 2/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.3(文字) 2005/2/16(水)00:56 名無し君2号 (12167)
┣【1192】 2/16分、『ろり魔女(仮)』本文、No.4(7700文字) 2005/2/17(木)01:49 名無し君2号 (10266)
┣【1194】 2/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.5(5000文字) 2005/2/20(日)03:43 名無し君2号 (7975)
┣【1195】 2/21分、『ろり魔女(仮)』本文、No.6(10000文字) 2005/2/22(火)01:25 名無し君2号 (14776)
┣【1196】 2/23分、『ろり魔女(仮)』本文、No.7(6400文字) 2005/2/24(木)02:36 名無し君2号 (9828)
┣【1197】 2/25分、『ろり魔女(仮)』本文、No.8(5000文字) 2005/2/26(土)01:29 名無し君2号 (7024)
┣【1198】 2/26分、『ろり魔女(仮)』本文、No.9(11000文字) 2005/2/26(土)21:24 名無し君2号 (15477)
┣【1200】 3/1分、『ろり魔女(仮)』本文、No.10(3600文字) 2005/3/2(水)00:46 名無し君2号 (5197)
┣【1201】 3/3分、『ろり魔女(仮)』本文、No.11(3600文字) 2005/3/4(金)00:12 名無し君2号 (3416)
┣【1202】 No.11、ボツ版 2005/3/4(金)00:18 名無し君2号 (4173)
┣【1204】 3/5分、『ろり魔女(仮)』本文、No.12(4000文字) 2005/3/6(日)22:26 名無し君2号 (5763)
┣【1207】 3/8分、『ろり魔女(仮)』本文、No.13(16000文字) 2005/3/10(木)00:42 名無し君2号 (21483)
┣【1208】 3/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.14(17000文字) 2005/3/12(土)22:41 名無し君2号 (22201)
┣【1210】 3/14分、『ろり魔女(仮)』本文、No.15(5000文字) 2005/3/14(月)18:54 名無し君2号 (7682)
┣【1211】 3/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.16(9000文字) 2005/3/16(水)01:13 名無し君2号 (12155)
┣【1212】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.17(28000文字) 2005/3/20(日)17:01 名無し君2号 (35837)
┣【1213】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.18(7200文字) 2005/3/20(日)19:14 名無し君2号 (9870)
┣【1214】 『ろり魔女(仮)』全文統合版(124ページ、原稿用紙327枚) 2005/3/21(月)08:38 名無し君2号 (207911)

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