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2005/5/17(火)03:02 - 魚住雅則 - 2504 hit(s)
夕陽が腕時計のガラスに反射しているのを眺めながら、僕は校舎裏につったっている。
帰り際の下駄箱にかわいらしいピンク色の封筒を見つけたとき、右手がいちもにもなく手紙を取得、神速でポケットの中につっこみ、次の瞬間にはトイレの個室で封を切っていた。穴が開くほど紙面を睨みつけて理解した事実は三つ。「人気のない校舎裏」「放課後」「あなたが来てくれるのを待ってます」期待しないほうが嘘だ。
では、三十分も木枯らしにふかれているのに誰も来ないのはなぜだろう。
これってやっぱり騙されたんだろうか。そう思い始めたころ、
「よ」
という声が背中にぶつかった。一瞬肩がぴくりとしたが、聞き慣れた声だったことにすぐ思いいたった。毎日、というか今朝も聞いた声だ。
「……七海、なんか用か?」
できるだけ不機嫌に見えるよう、ため息まじりに背後を振りむく。
ふわふわした白のダッフルコートと、顔の半分を覆うほどぐるぐる巻きにしたマフラー。11月を親の仇とさだめて完全防備を施した幼なじみが立っていた。チェック柄の布地から赤みのさした頬をのぞかせ、僕をじっと見つめている。首をすくめて肩をちぢこまらせているので、見ている方が寒さを覚えるほどだった。
「今ちょっとたてこんでるから、後に」
追い払おうとした僕の声をさえぎって、「待ったか?」
めっぽう寒さに弱いくせにこんなところに何の――っていま「待ったか?」と聞こえたような。
「遅れてごめん。まあ女は色々たいへんなんだよ。ゆるせ」
「おい。もしかしてこれ、お前が?」
鞄を開け、クリアファイルに挟んでたいせつに保管していた手紙を取り出した。
「あ、うん。びっくりしたか? ちなみにわたしは死ぬほど恥ずかしかったと言っておこう」
妙に早口でまくし立てる七海。ひとつ年下のくせにデカい態度は相変わらずだが、いつもよりさらに偉そうなのはなぜだ。
それより。
「お前……。悪戯にしても酷いぞ」
怒りは沸いてこなかった。その代わり膝からくずれおちそうなくらい落胆しているのだが、こういうオチも予想の範囲内ではあったのだ。
さっさとこの場を去ろう。僕はふだん込めないような精神力を動員して、七海に背をむけた。悠然とした足取りで校門を目指しはじめる。
「あ、いやちょっと待って」
知るか。さすがにここで言うことを聞いてやるほど大人じゃない。
「待って、待ってってば! このっ!」
ふいに目の前を棒のような影が通り過ぎ、首に違和感を感じた直後には後ろに引っ張られていた。
「ぐぇっ」慌てて両手を持っていくと指に毛糸の感触。七海のやつ、後ろからかけ寄って、首にマフラーを引っかけやがった。
「てめっ、殺すつも――」
今度こそキレて振り返ろうとした僕だったが、それ以上言葉が出なくなる。
柔らかい重みが背中に覆いかぶさってきたからだ。頬には冷たいものがふれた。冷えきった七海の頬。おくれて柑橘系の香りが鼻に届いた。いま、後ろから、抱きすくめられている。
「だまって話を聞け」
顔をくっつけたまま喋られるのでくすぐったくて仕方ない。だが、ちょっと待ってくれ。僕はいま少しおかしい。こめかみのあたりがどくどく脈打ってる。ちょっと待て。何かが胃の底からせりあがってくる。ちょっと待て。ちょっとガキに抱きつかれたくらいで。
「卒業したら、北高にいくってホントか?」
七海の声が冷たく鋭い響きを帯びたおかげで、僕もすこし冷静になれた。
「ああ……。知ってたのか」
「きのうお母さんから聞いた。それより、北高って男子校だぞ」
「お前に言われなくても知ってるよ」
「男しか入れない」
「まあ、そりゃそうだろうな」
くっついていた七海の頬がすっと離れた。
「じゃあわたしは、どうすればいい?」
耳元でささやかれて、さらに焦る。ちょっと待て。
「いや、そう言われても……」
頭の中がぐにゃぐにゃして、何を言っているのか自分でもよく分からなかった。ただ、七海がすこし太めの眉を気にしていたこととか、朝の陽に映える髪が脈絡なく頭に浮かんだ。
「先輩のこと、好きです」
いままで聞いたことがないほど小さな七海の声。
なんど注意しても使ってくれなかった『先輩』という呼び方。
耳に吐息がかかる。これはたぶん唇。小鳥がついばむよう触れたり離れたりする。そして――耳を噛まれた。
「いっづぇぇ!」
ちぎれるかと思った。
跳ね飛ぶような勢いで七海が離れた。ちくしょう。手の込んだトラップを……!
射殺すつもりで向けた視線に、また不可解なモノがぶつかった。
なんでお前が目元をぬぐってんだよ。泣きたいのはこっちだよ。血出てるかもしれないんだぞ。
「何がしたいんだよお前」
「……甘噛み」
獣かおのれは。
「とりあえず、泣きやめ。な? 僕なんかいきなり負傷だぞ。何もしてないのに」
しゃくりあげて、目をこすりつづける七海にハンカチを渡す。頭をぽんとたたいてやった。
「そ、そうやって子供扱いするから、えぐっ、甘噛みして、ぃぐっ、えっちな気分にっ、うぅっ」
誰だコイツにそんなこと教えたやつ。
「次はっ……手作りのお弁当を持ってきてっ、ぅぐっ、あーんって、してやる。待っていろ!」
目を真っ赤に充血させてぽろぽろ涙をこぼしてそんなこと言われても。七海、ムードって言葉知ってるか。
僕はようやく痛みのひいてきた耳をさする。ムチャクチャしやがる。
「また、一緒の学校に、ひくっ」
七海がちーんという音をたてて鼻をかむのを眺めながら、ゆっくりと手を頬におろしていく。
さっきまで幼なじみがふれていた箇所は、いまもまだ熱を持っていた。
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「宣戦布告白」
「本文」
(3500字ていど)
「一行コンセプト」
異性としてみていなかった幼なじみの積極的な告白をうけ、意識しだす主人公。
●構成メモ
ラブレターで校舎裏に呼び出された主人公。誰もこないので騙されたと思ったころ、その場に幼なじみ(年下)が現れる。イタズラだと勘違いした主人公、さっさと帰ろうとする。しかし背後から抱きつかれ、告白される。ふだんと違うオトナっぽいギャップにどぎまぎしてしまう。しかし途中で子供っぽいところが出てしまい、雰囲気は台無しに。その場は冗談ぽく終わってしまうが、幼なじみを意識しはじめている。
●その他
(補足事項など)遅れてきたのはかさついた唇に気づいて、それをなおすためにリップクリームを塗りにいっていたから。でも戻らなかったのでマフラーで隠している(主人公は気づかない)
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〔ツリー構成〕
【1237】 魚住根っこ。 2005/5/15(日)09:08 魚住雅則 (8) |
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┣【1247】 宣戦布告白 2005/5/17(火)03:02 魚住雅則 (5438) |
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