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1250 宣戦布告白 リライト
2005/5/18(水)23:02 - 魚住雅則 - 3563 hit(s)

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 夕陽が腕時計のガラスに反射しているのを眺める。ため息をついて、校舎の壁に背中をあずけた。
 制服の胸元をひらき、うちポケットからピンク色の封筒を取り出す。かわいらしい字で僕の名前がしるされていた。
 それを裏返して封をあけ、もういちど中身をあらためる。
 なんというか、文面に目を走らせるだけで頬が熱をもってくる内容だった。
 「人気のない校舎裏」「放課後」「あなたが来てくれるのを待ってます」これらの単語は空想上の生き物ではなかったようです。
 つまり、女の子からラブレターだ。期待しないほうが嘘だった。
 もう一度腕時計に視線を落とす。足の先まで冷たくなるほど木枯らしにふかれているのに、いっこうに誰も現れないのはなぜだろう。
 まさか日にちを間違えたとか、時間が違うとかいや場所がちがうとか。そもそも入れるべき下駄箱を間違られたってことああこれは宛先の名前で確認済みだよもう。あらゆる状況を頭におもいうかべるが、やはり今、この場所で正しかった。
 白い息が空気にとけて消えていく。もう一度時計を確認しようとしたとき、
「よ」
 とつぜんの声が耳にぶつかった。一瞬肩がぴくりとしたが、気づかないフリをして視線をそのまま時計におとす。毎日、というか今朝も聞いた声だったからだ。
「……七海、なんか用か?」 
 腕時計から顔をあげる。できるだけ不機嫌に見えるよう、ため息まじりに声のしたほうを振りむく。
 ふわふわした白のダッフルコートと、顔の半分を覆うぐるぐる巻きのマフラー。11月を親の仇とさだめて完全防備を施した幼なじみが、片手をあげて立っていた。やはりというか、その指先にも毛糸の手袋はかかさない。
 チェック柄の布地から赤みのさした頬をのぞかせ、僕をじっと見つめてくる。首をすくめて肩をちぢこまらせているので、見ている方が寒さを覚える姿だった。
「いまちょっと忙しいん」
「待ったか?」追い払おうとした僕の声はあっさりさえぎられた。かさかさと枯れ葉を踏んで近づいてくる幼なじみ。
 寒さに弱いくせにこんなところに何の――っていま「待ったか?」と聞こえたような。
 目を見開いて、七海を凝視する。
「遅れてごめんな。まあ女は色々たいへんなんだよ。ゆるせ」
 毛糸の両手を顔の前で重ね合わせて謝ってくる。
「おい。もしかしてこれ、お前が?」
「あ、うん。びっくりしたか?」
 そうっと僕の表情をうかがってくる。
「嘘だろ。お前がこんな可愛らしい手紙なんか」
「む。わたしなりにがんばってみたんだ」
 妙に早口でまくし立てる七海。「ちなみに死ぬほど恥ずかしかったと言っておこう」胸をそらせて自慢する。
 ひとつ年下のくせにデカい態度は相変わらずだが、いつもよりさらに偉そうなのはなぜだ。
 それより。
「お前……。悪戯にしても酷いぞ」
 僕の口から白い白いため息が盛大にはき出された。制服の隙間をぬってはいりこんでくる空気がよけいに身体を冷やしていく。
 こういうオチも予想の範囲内ではあったのだ。けれど、予想していたからといって何でもかんでも受けて立てるほどタフにできてもいない。
 さっさとこの場を去ろう。僕はふだん込めないような精神力を動員して、七海に背をむけた。できるだけ悠然とした足取りで校門を目指しはじめる。
「あ、いやちょっと待って」
 知るか。さすがにここで言うことを聞いてやるほど大人じゃない。 
「待って、待ってってば! このっ!」
 ふいに目の前を棒のような影が通り過ぎ、首に違和感を感じた直後には後ろに引っ張られていた。
「ぐぇっ」慌てて両手を持っていくと指に毛糸の感触。七海のやつ、後ろからかけ寄って、首にマフラーを引っかけやがった。
 姿勢をくずして倒れこむ。視界がぶれて、窓に反射する夕陽とオレンジに染まった雲が見えた。地面に尻餅をついていたがあまり痛くはなかった。背後にいた七海がまきこまれるかたちでクッションになってくれたのか。
「おい、大丈夫か?」
 背中に密着する柔らかさが罪悪感をかきたてた。あわてて後ろを振りむこうとする。しかし七海の指ががっちりと僕の顔を固定してきた。
 冷えきった頬に暖かな指の感触。いつのまに手袋外したんだろう。
「だまって話を聞け」
 首のすぐうしろで喋られるので、かかる息がくすぐったくて仕方ない。
「卒業したら、北高にいくってホントか?」
 七海の声は冷たく鋭い響きを帯びていた。
「ああ……。知ってたのか」
「きのうお母さんから聞いた。それより、北高って男子校だぞ」
「お前に言われなくても知ってるよ」
「入れるのは男だけだ」
「まあ、そりゃそうだろうな」
 くっついていた七海の指がすっと離れた。
「じゃあわたしは、どうすればいい?」
 そのままのびてきた七海の腕が僕の胸の前で組みあわされた。さらに近づいた声は熱くて耳に残った。
「いや、そう言われても……」
 頭の中がぐにゃぐにゃして、何を言っているのか自分でもよく分からなかった。ただ、七海がすこし太めの眉を気にしていたこととか、朝の陽に映える髪が脈絡なく頭に浮かんだ。
「むずかしい学校でも、勉強するから。ちゃんとわたしも同じところに受かるから」
「七海――」  
「先輩のこと、好きです」
 いままで聞いたことがないほど小さな声。
 なんど注意しても使ってくれなかった『先輩』という呼び方。
 耳に吐息がかかる。これはたぶん唇。小鳥がついばむよう触れたり離れたりする。
 なにも分からないまま、七海の両手を見下ろした。ちいさく震えていた。
「いかないで」
 七海の声。七海って誰だ。いま後ろにいて、僕を抱えるようにしているのは誰――
「いっづぇぇ!」
 耳がちぎれるかと思った。おもっきり歯をたてられたのだ。
 跳ね飛ぶような勢いで七海の手がほどかれる。ちくしょう。手の込んだトラップを……!
 耳に手をやると、手触りではっきり分かるほどに歯形がついていた。
 射殺すつもりで向けた視線に、また不可解なモノがぶつかった。
 なんでお前が目元をぬぐってんだよ。泣きたいのはこっちだよ。血出てるかもしれないんだぞ。
「何がしたいんだよお前」
「……甘噛み」
「いや、あきらかに食べようとしてただろ」
「噛みすぎた。加減がむずかしい」
 獣かおのれは。
 自分でも涙が出るのが嫌なのか、七海はしきりに目元をぬぐってごまかそうとしていた。しかし肩から始まった震えはしだいに全身にひろがっていく。そして時をおかずに決壊した。
「とりあえず、泣きやめ。な? 僕なんかいきなり負傷だぞ。何もしてないのに」
 しゃくりあげて、目をこすりつづける七海にハンカチを渡す。頭をぽんとたたいてやった。
「そ、そうやって子供扱いするから、えぐっ、甘噛み、ぃぐっ、ムード、うぅっ」
 誰だコイツにそんなこと教えたやつ。
「次はっ……手作りのお弁当を持ってきてっ、ぅぐっ、あーんって、してやる。待っていろ!」
 目を真っ赤に充血させてぽろぽろ涙をこぼす。というか睨みつけられた上でそんなこと言われても。
 七海、ムードって言葉の意味勘違いしてないか。
 僕はようやく痛みのひいてきた耳をさする。ムチャクチャしやがる。
「また、一緒の学校に、ひくっ」
 七海がちーんという音をたてて鼻をかむ。
 くしゃくしゃと乱暴に髪をなでてやる。嫌そうに頭をふって逃げようとする七海はやっぱりいつもの幼なじみだった。
 安心と同時に、なにかが引っかかっていた。
 あまったもう片方の手を頬におろしていく。
 さっきまで幼なじみがふれていた箇所は、いまもまだ熱がひいていない。


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「宣戦布告白」

「本文」
(3500字ていど)

「一行コンセプト」
 異性としてみていなかった幼なじみの積極的な告白をうけ、意識しだす主人公。

・はじめの状態と、終わりの状態に変化があるか
 たんなる幼なじみとしかみていなかった → 幼なじみではなく、異性として意識しだした

・その変化になんらかの意味づけがされているかどうか
 自分が相手のことをきちんと見ていなかったことに気づいた。自分が相手のことをどう思っているか、ふかく考えていなかったが、そのことに発見する変化が起こった


●構成メモ
 ラブレターで校舎裏に呼び出された主人公。誰もこないので騙されたと思ったころ、その場に幼なじみ(年下)が現れる。イタズラだと勘違いした主人公、さっさと帰ろうとする。しかし背後から抱きつかれ、告白される。ふだんと違うオトナっぽいギャップにどぎまぎしてしまう。しかし途中で子供っぽいところが出てしまい、雰囲気は台無しに。その場は冗談ぽく終わってしまうが、幼なじみを意識しはじめている。

起 校舎裏に呼び出された主人公。彼を呼び出したのはよく知る幼なじみだった。
承 イタズラされたと勘違いし、その場を去ろうとする主人公。
転 幼なじみの積極的な告白により、その場から動けなくなってしまう
結 自分がドキドキしていることで、幼なじみのことを意識しだしていることに気づく

●その他
(補足事項など)遅れてきたのはかさついた唇に気づいて、それをなおすためにリップクリームを塗りにいっていたから。でも戻らなかったのでマフラーで隠している(主人公は気づかない) 

●目標
「主人公の名前を書かないこと。そのことに違和感を持たせないこと」

3500字の尺内で人物の名前を二つ出し、それらを覚えさせた上でストーリーを進めるのは娯楽作品として許容範囲外。
楽しませる方向として「異性として見てもらいたがっている幼なじみ」の魅力を前面に押し出したいので、登場する名前は一つ、七海のみとする(男の名前など覚えたくない)。
※読み手を混乱させないように、語り手である「僕」(翻弄される)と主演である「七海」(翻弄する)の役割づけをハッキリさせること

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