よみかく分室課題部屋

1266 白石課題　１８５９字　「昼下がりの保育園」

2005/6/8(水)00:53 - 白石　尚 - 9837 hit(s)

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「昼下がりの保育園」

　あやめは、保育園の教室の、布団の上に寝ころんでいる。昼食後の自由時間のあとは、毎日決まっているお昼寝タイムだ。あやめは見張りの先生が恐いので、どんなに眠たくない時も、静かに寝たふりをする。窓を開け放した教室に、五月のさわやかな風が、そよそよと吹きこんだ。
「武ちゃん！　待ちなさいっ」
　外から、園長先生の声がした。続いて憎まれ口をたたく、男の子の声がする。
「やーだね、くそばばあ。俺は昼寝なんかしたくないんだよ」
　あやめの兄、武彦の声だ。静まりかえった教室では、二人の声は筒抜けだった。
　兄が、今度は何をやらかしているのか、あやめは知りたくて仕方がない。でも、やっぱり見張りの先生が恐いので、目を閉じたまま、じっと外の様子に耳をそばだてた。
　武彦は、あやめの二つ年上だ。昼寝を嫌って教室から抜け出したのを、園長に見つかった。
「武ちゃん、どうして、いつも、先生の言うことが、聞けないの」
　園長はもう五十五歳なので、走りながら怒鳴って、すでに息が切れている。武彦は、そんな園長にはおかまいなしに、右へ左へと逃げ回った。
「昼寝なんかしてられっかよ。あんなの、ガキのすることだ」
　これを聞いたあやめは、へええ、お兄ちゃんはガキじゃないんだ、かっこいいなと、思わず感心した。いつも泣かされているけれど、あやめは兄には絶対服従している。
　走っている武彦の目の前に、あまり大きくない楠の木がせまってきた。武彦はぴょんと跳ねて木によじ登ると、太い枝の上に、得意な顔をしてまたがった。
「おりなさい！　武ちゃん、木の上は、危ないから、おりて、きな、さい」
　あえぎながら下から叫ぶ園長に、武彦は両手をあげて、ぶんぶん振った。そのとたん、上体がぐらっと傾いて、あやうく落下しそうになった。
「ひやあああ！」
　園長が、絶叫した。
──お兄ちゃん？
　あやめは起きたくてたまらない。でも、そんな勇気は出なかった。うじうじして薄目を開けていると、寝ころんでいた男子二人が、突然ガバと跳ね起きた。外を見ようと窓際に走って行く。
「こらっ！　君たちダメでしょ。元の場所に戻りなさい」
　先生が、あわてて二人を押さえつけている。外は急に静かになった。兄がどうしているか考えると、やはりじっとしてはいられない。あやめは先生の隙をついて、裸足で教室を飛び出した。足洗場を抜けて園庭に出ると、すぐに園長の横顔が見えた。兄の姿は、木の上にある。
──よかった。お兄ちゃん、落っこちたんじゃなかったんだ。
　あかねはほっとして立ち止まったが、よく見ると、兄は枝の間に足をはさまれて、今にも上体がずり落ちそうだ。必死で幹にしがみついている。
　武彦は、あやめが見ているとは知らず、ついに園長に助けを求めた。
「落ちちゃうよ！　ちきしょう、足が動かねーんだよ！」
「あーれ、どうしたものかね、武ちゃん。足がはさまってしまったんだねえ」
　園長がいばっている。両足を大きく開き、胸をそらせて高笑いした。武彦は、今にも泣き出しそうな顔だ。
「仕方がないねえ。これでは、足を切らねば下にはおりられないよ、困ったねえ」
　この言葉に、当の武彦はもちろんのこと、あやめも真っ青になってしまった。
足を切る。足を切らねばおりられない……あやめは恐ろしさで足がすくんだ。その時、
「うわあーーん！　うえええーん！　なんでそんなこと言うんだよお。なんで木を切らないで、オレの足を切るんだよおお！　わあああん！！」
　武彦が、なりふり構わぬ激しさで泣き出した。
　あやめは、兄がこんなに大泣きするのを初めて見た。本当に悲しそうに泣いている。
──お兄ちゃん、かわいそう。なのに園長先生は、どうして笑っているんだろう。園長先生はひどい。お兄ちゃんの足を切るなんて、そんなの絶対にひどいんだから！
　あやめは走り出していた。一目散に木の下に行く。兄をかばうように、木の下で大の字に立つと、園長に向かって、力いっぱいの大声を出した。
「くしょばばあーーーっ！」
　園長は、なにを言われているのか分からない。
「くしょばばあーーーっ！」
　いつの間にか、教室の窓から外の様子を見ていた園児や先生たちも、なにが起こったのか分からない。分からないけれど、固まっている。しかし、今さっきまで泣いていた兄の武彦が、一番誰よりもびっくりして、怒鳴り続ける妹を見おろしている。
──あの大人しいあやめが、園長先生にくそばばあって言うなんて。
「くしょばばあーーーっ！　くしょばばあーーーっ！」
　昼下がりの静かな保育園では、あやめの声だけが、いつまでもこだましていた。

「一行コンセプト」
　大人しい主人公が、兄の危機を救おうと、一大決心して立ちあがる様。

「構成メモ」
　主人公はいろんな人にさからえない。
　主人公は、暴れん坊の兄が大好き。いじめられても、ついていく。
　兄が、ピンチに立たされた。
　主人公は、兄を助けるべく、勇気を振り絞って立ちあがったが、どこかが抜けていた。

「その他」
　いつ：お昼寝タイム
　どこで：保育園の教室
　だれが：あやめは
　なにを：寝たふりをして
　どうした：寝ころんでいた
　どのような理由で：先生が恐いから。