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1275 3500字 No.4 「図書室ではお静かに」(1+1+1+1+1.5 計5時間半) |
2005/6/19(日)20:41 - 魚住雅則 - 3321 hit(s)
「図書室ではお静かに」
またシャーペンの芯が折れた。
しずかな図書室では、ぽきっというその音まで耳にとどく。
わたしは筆箱から消しゴムをとりだし、歪んでしまった『い』の字をごしごしとやっつける。
だいたいからHBはもろすぎるんだよ。わたしの筆圧なんて男子の半分もないのに。全国の中学生と戦うつもりなら一から鍛えなおしてこいっていうの。ああもう、なんできれいに消えないのよ。ちくしょう。
やまになった消しカスを払ってまとめ、すみっこへおいやる。ペンのおしりをカチカチと押しこんで芯を出す。
ノートに視線をもどしてため息をついた。
……貸してあげるって、わたしは言った。
一昨日かぜで休んだ八重子。彼女に貸してあげる約束をしていたノート。まさにそのページ――日本史の年表がみつめかえしてくる。
なんで喧嘩したのか。
興奮であかく染まった八重子の頬とか、つよく机をたたいた音。腹のたつことはビデオみたいに鮮明に思いだせるのに、最初の理由はあいまいになって輪郭すらぼやけていた。
ふいに我にかえると、むかいの席から筆記具の黒炭が紙の上を走るカリカリという音がいやにはっきり聞こえてくる。
あたりを見まわす。みんな真剣な顔で机の上にひろげた教科書と格闘していた。
期末が近いせいか図書室は満席に近い。なのにわたしの隣の席だけが空いているのは……みんなに避けられてるのでしょうか。
眉間にシワがよっているの自分でも分かるし。うー。いかん。
頭をふって今度こそ平安時代に意識を集中しようとしたとき、となりで椅子が引かれる音がした。
なにげなく顔をむけると――そこに、彼女がいた。
わたしの気配にきづいたのか、椅子に腰を落とそうとかがんでいた八重子が動きをとめた。伏せていた視線があがっていく。
そしてわたしと目があったとたん、半歩あとずさる。大きな目を見ひらいて、眼鏡のおくからわたしを見つめてくる。気づいてなかったのか。
「……八重子、なにしに来たの」
わたしは自動的なまでのスピードで『嫌な言葉』をはいていた。ちがうな、嫌なのはそういうことを平気で言える自分。
「こっ、ここしか空いてなかっただけ」
むすっとして腰をおろす八重子。わたしから顔をそむける直前、彼女の眉が八の字になった気がした……。
顔をあげて、机にのせておいた腕時計に視線をおくる。夕陽がガラス面に反射してよく見えない。角度をずらして、短い針が5時をさしていることを確認した。
そろそろ帰らないと……
腕時計をはめなおし、てぎわよく筆記具をかたづけていく。
その間も八重子がちらちらとわたしの様子をうかがっているのを感じた。横目でそれをとらえながら、気づかないフリをつづける。
ノート貸してほしいのかな。なにも言わず置いて帰ろうか……
くいっと制服のそでが引っぱられた。八重子が自分のノートをさしだして、わたしに見せようとする。視界の端に彼女のちいさな文字がとびこんできた。
ひとこと、『ごめん』と書いてあった。
あ――
しまいかけていたシャーペンを落としてしまった。
謝ってくれたからじゃない。だいたいどっちが悪いって話じゃない。
『ごめん』の上に、見つけたのだ。
貸してあげるはずだった日本史の授業ノート。定規でひいた直線がうつくしい年表。それはわたしのよりずっと丁寧に整理されていた。
八重子が誰かほかの人に頼んだという事実が息を苦しくさせた。勝手な言い分だとわかっていて、それでも寂しくなった。
そして、ずっと八重子が隣のわたしを見ていたことを思いだす。それに気づかないフリをしつづけた自分のことも。
八重子はノートの約束なんか関係なく、ただ謝ろうとしてくれてた。わたしが自分のことばかり考えてた間も、ずっと手を伸ばしてくれていたんだ。
鼻の奥がツンとする。お腹から熱いかたまりがせりあがって喉もとまで圧迫される。
今日の帰りは一緒に季節限定のクレープを試そうって話してた。すっごい楽しみだった。
「わたし……」
ぐず、と鼻をすする。このさい涙声になってしまうのもやむかたない。
八重子はそんなわたしをうかがうと、不安そうに表情をくもらせた。
違うよ。そうじゃない。自分が情けないんだよ。
八重子はいったんノートを引っ込めて、シャーペンを走らせてからまたわたしに見せた。
『クレープ食べよう?』
――本格的に視界がにじんだ。
とにかく気持ちを伝えたくて、シャーペンをひっつかんで八重子の字の下に気持ちを書く。書こうとする。
何度もごめんという言葉をしたためる。でもシャーペンの芯はもうなくなっていて、ただノートにひかれた罫線をへこませるだけだった。
カチカチカチカチ。
いくらペンのおしりをおしても何も出てこない。
わたしは堪えきれずに口を開いた。
「わたっ、わたし……っ」
自分でもおどろくくらい大きな声。
周囲の視線がいっせいにわたしに向けられた。
「あ、えっと……」
頬が熱い。耳のうしろがひりひりする。唇がふるえて、ふさわしい言葉が生まれてこない。ただ、ごめんねって。
それだけ。
ふいに八重子がわたしに手を伸ばした。おもわず身をすくめる。
彼女の冷たい指が柔らかく頬に触れた。そしてかるくつねられた。
「やへほ……?」
「いい。分かってる」
「……へもっ」
頬から離れた手がわたしの肩におかれた。
くすぐったいけれど、シャツごしに感じた八重子の手はひんやりしてここちよかった。ふしぎと呼吸が楽になり、頭から熱がひいた。
八重子は人さし指を口元にあて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「後で聞くよ。図書室ではお静かに。でしょ?」
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●一行コンセプト
「喧嘩してしまった友達と仲直りする話」
起 喧嘩してしまった友達と図書室で遇う
承 ノートを貸してあげる約束だったが、意地がジャマしてこちらから話しかけられない。
転 向こうから謝られ、友達はノート(損得)に関係なく仲直りしようとしていたことを知る
結 自分から謝れなかったことを後悔しながら仲直り
●はじめの状態と、終わりの状態に変化があるか
友達と喧嘩していた → 友達と仲直りした
●その変化になんらかの意味づけがされているかどうか
自分がただ意地を張っていただけなのに対し、友達はずっと仲直りしようとしていたことを知る。反省するとともに仲直り。
●その他
・登場人物の名前はひとつだけ縛り その3
「わたし」と「八重子」
・主人公「わたし」を子供っぽく(「ワガママ」に見えて読み手に嫌われないように注意)、八重子を大人な感じにする。喧嘩後の態度を対比させてキャラを立たせる。
・女の子の一人称に挑戦。
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