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1276 3500字 No.5 「透明な夜」(1.5+2 =計3時間半) |
2005/6/19(日)23:06 - 魚住雅則 - 3507 hit(s)
「透明な夜」
やっとこ部室の後かたづけを終えたころ、あたりはすっかり暗くなっていた。
今朝のテレビに映っていた晴れマークは空の機嫌にかすりもしなかったらしい。景気よくなりっぱなしの雨音がわたしの耳をふさぐ。
校門までの通路にはぽつぽつと街頭の明かりがついていた。かよわい光をうけて、雨が銀色の針のようにみえる。
雨音にまじって風が下足箱をとおりぬける音がきこえる。ふりむくと、非常口の電灯が廊下をにぶい緑色に照らしていた。
「うぅ……」
息をするたび、しめった夜気と埃がまざったカビくさいを空気を吸いこんでしまう。この感じ嫌いだ。
なんかお腹の上あたりがぎゅぅっとしめつけられるような気分。二の腕をさすってふるるっと身震いした。
そうしてゆれる視界の端を、白いものが一瞬よぎる。もちろん気づいていたもの。
横目でちらりと見やった。
傘立てに一本だけとり残されている――透明のビニール傘。
その白い柄を見つめる。
「うー……」
さっきとはちがう意味の呻き声をあげる。
校庭を濡らす細い雨とちょうど手に取りやすいように(これまた絶妙な角度)こっちへ傾いている傘を見比べた。
「……いいよね?」
もうみんな帰っちゃっただろうし、ね?
明日きちんと乾かして丁寧にたたんで元の場所に差しておきます。だから、ね?
きょろきょろと辺りを見まわす。むねに手をあてて深呼吸を一回。
「うしっ」
獲物をねらう鷹の急降下でもって手を伸ばす。指先が柄のカーブに触れ、引き抜こうとした瞬間――
「誰かいるのか?」背後から、声がした。
「いぁ!」
やけどしたような動きで獲物から手をはなした。すかさず頭をさげる。
「……ご、ごめんなさいっ」
ぎゅっと目をつぶる。まだ残ってる生徒がいたんだ。てことはきっと持ち主なんだ。
で、でもいまのセーフだよね? だって、つかんだだけだし。
抜きおわったらアウトっぽいけど、まだ情状酌量のヨチはあるよね? と、われながら情けないことを考えたりして……
おそるおそる片目をあけて前をうかがった。前髪の隙間から声の主の上履きが見える。それはすたすた近づいてきた。
ちょ、ちょっと怖いですよ?
「なんだ……まだ残ってたんか。にしても今の、なんつー声」
「へっ?」
聞き覚えのある声。後じさろうとした足がとまる。顔を跳ねあげ、
「ぁ……」
口をあけたまま声の主を指さした。
おれ悲鳴あげられたのはじめてだよ――と頭をかいている北野くん。
スポーツバッグを肩にひっかけた同級生が、そこに立っていた。
水滴がビニール傘をたたく音が心地いい。
なにげなく上をみあげる。街灯の白い光が傘にたまった水滴をとおして歪んでいた。ちょっときれいだなと思う。
視線を横にうつせば大きな手が見える。傘の柄をつかんでいる彼の手は、じぶんとおなじようにシャーペンをもったり箸をあつかったりするなんて思えないくらいごつごつしている。
「ありがとね?」
「んー、いいよ」
いつもと一緒。気負わない北野くんの返事がうれしい。そしてこんなにも優しい北野くんの傘(そう、やはり彼のだった)をパクろうとしていた自分が恥ずかしい。
「ごめんね?」
「んー、いいよ」
なにが? と聞かないでくれる男の子である。わたしは更に自己嫌悪。お父さんお母さんなにより北野くんごめんなさい。
「あっ、もうここで」
聞けば北野くんの家は次の十字路を右折しなければならないという。そして、分岐にたてば彼は迷わずわたしに傘を貸してくれると思うのだ。
なんでもない風に笑って、「んー、いいよ」といういつもの言葉とともに。
何も言わずにわたしの歩幅にあわせてゆっくり歩いてくれる、この同級生はそういうヒトだ。
「じゃあ、これ」
北野くんのおおきな手がわたしに向かって伸ばされる。
最後まで言われるまえにわたしは雨の中に飛びだした。とたんに水滴がわたしをたたく。
二人で歩いているあいだに雨はいきおいを弱めていた。走って帰れば下着まで濡れる心配はない。くるっとふり返る。
右手を顔の高さにあげて心からの感謝を(ひそかに謝罪も)あらわし、
「さんきゅっす。んじゃまた明日ねっ」
返事も待たずに走りだした。そうでもしないと傘はわたしの手に移される。
「くそーっ」
わたしは雨のカーテンをつっきりながらコブシを握りしめる。これからはカバンの底に折りたたみ傘を忍ばせよう。
そしていつか、北野くんが下足箱の屋根の下に立っていたら、今度はわたしが――
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●一行コンセプト
「傘を忘れた主人公が、同級生の男の子の傘に入れてもらって一緒に帰る」
起 帰りが遅くなり、さらに突然の雨で校舎の玄関前に立ちつくす主人公
承 心細さがきわまって、つい置き傘をパクって(明日返すつもり)帰ろうとする
転 同級生の男子が偶然通りかかっておどろく。事情を話すと傘に入れてくれるという
結 思わぬ幸運に感謝しながら一緒に帰る。いつかお礼をしようと決意する
●はじめの状態と、終わりの状態に変化があるか
傘もなく暗い夜道で心細い心境 → 優しくい同級生の気遣いがありがたくて元気になる
●その変化になんらかの意味づけがされているかどうか
同級生との関係がすこしだけ縮まった
●その他
・登場人物の名前はひとつだけ縛り その4
「わたし」と「北野くん」
・女の子の一人称に挑戦2(置き傘をパクろうとする女の子。嫌なやつに見せないように注意)
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