「学園祭前夜のカノジョ」

　やはりというか、学園祭をなめてかかっていたぼくらは今夜も教室に詰めていた。
「そこ、ずれてるよ」
　床に片膝をついている委員長が言った。彼女は横たえた看板から視線を外さず、指先だけをぼくの手元に向けていた。
　はっとして金槌を持つ手を止める。見ると、左手でしっかと固定していたはずの木枠がななめに傾いでいた。あぶないあぶない。公演中にシャーウッドの森がくずれるオチをつけるとこだった。
　礼をいって、すぐに木枠を戻しにかかる。意外に堅いと思ったら、空腹で手に力がはいらないだけだった。時計を見ればそろそろ９時。
　３０分も前に出発した買い出し班はまだ戻ってこない。ぜったい外で遊んでるよ。くそ、補給待ってる身にもなれっての。
　だいたい、委員長に悪いと思わないのか？
　顔をあげる。委員長は手にあまる大きさの筆をかまえていた。じっと白地の看板をにらみつけている。こうしてひとりだけ休憩もはさまず、忙しく働いているのだ。その横顔に、腹減ったから休憩しようなんて言えなかった。
　しかし正直な我が身は黙らない。
　くぅー。と腹がなった。
　あっと呻いて両手でおさえつけた。この場面で腹が鳴るなんて、そんな、漫画みたいな展開ありかよ。
　委員長の様子をそっとうかがう。いつも真剣な彼女は、看板に視線を落としたまま肩をふるわせていた。
　怒ってる……よな？　メシのことばっかり考えて、いい加減フマジメなぼくは見切りをつけられただろうか。
「え、えっと。これは違くて、えーと」
　しどろもどろに弁解をはさもうとする。われながら見苦しくて泣ける。
「――ぷはっ」
　顔をあげた彼女は目に涙をためていた。な、なにも泣かなくても……え？　
　よく見ると委員長の頬に小さなえくぼができていた。えーと、これ、笑ってるのか？
　くっくっとふるえながら指先で目尻をぬぐう委員長。「ちょっと待ってて」と言いおいて、後ろに置いてあるカバンをごそごそ漁りはじめた。
「一緒に、どう？」
　彼女が取りだしたのは大手コンビニのあんぱんだった。委員長のカバンからあんぱん。なんか意外なとりあわせ。
　手際よくビニールを破り、あんぱんを半分にわってくれる。アンコの量もきっちり当分だった。
「へへ。わたしもおなか減ってたんだよ。みんながもどる前に食べちゃおう」
　くすくす笑いながらパンをちぎって口に運ぶ彼女。なぜか落ち着かないまま半分を受け取り、早速ほおばらせていただく。甘くて、すごくおいしい。
「委員長があんぱん隠してたなんて、だれも思わないだろうな」
　委員長は大きな目をさらに見開き、きょとんとする。それからまたえくぼをつくって、
「ふふ、こーゆーのはこっそり食べるのが一番おいしいんだよ」
　ああ、確かに。最高にうまい。委員長の笑顔をみながら、ぼくはそう思った。



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●起承転結
※文化祭前夜の高校。明日の準備で各クラスが残っている。
そのうちの一つ、二人だけで作業している教室。
息抜きがてら食料買い出しに行っているクラスメイトたち。ジャンケンで負けた主人公と、自分から言い出して残った委員長は留守番して作業を続けている。


起　委員長と主人公のふたりだけで教室に残っている。委員長のきびきびした仕事に感心する。
承　そろそろ空腹になってきたので休憩したいが、委員長がずっと頑張ってるので言いだせない。
転　我慢していたせいでつい腹がなってしまう。マジメにやれと怒られるかと思ったら、くだけた調子で夜食のあんぱんをわけてくれる委員長
結　マジメな委員長の意外な一面にドキドキしつつあんぱんを食べる


●自分メモ

・１〜５　行
居残り作業。委員長とふたり。委員長の指摘を受ける。連日の作業で疲れている感じ。夜の教室。学園祭前夜であること。委員長は厳しくてしっかり者。

・６〜１１　行
だんだん腹が減ってくる。ちょっと休憩したい。でも委員長を見るとすごい集中してがんばっているのでとても言い出せない。困った。とりあえず我慢して作業を続行する。

・１２〜１９　行
空腹のあまり腹がなる。カッコ悪くて落ち込む。そーっと委員長の様子をうかがう。肩をふるわせている委員長。フマジメだと怒っているのだと思う。弁解しようとする。委員長がこらえきれないようにぷはっと笑いだす。あっけにとられる主人公。ちょっと待っててと窓際に移動する委員長。窓際に机がよせてあって、みんなのカバンがまとめておいてある。その中に委員長のカバンもある。カバンの中からあんぱんを取り出し、ビニールを破る。なにげなく窓の外を見る委員長。帰ってきたクラスメイトを見つけたらしく、外へむかって手を振る。こっちに向き直って半分に割ったあんぱんをくれる。

・２０〜２５　行
あんぱんを受け取る。どきどきする。じつは非常食に一個隠してたのと悪戯っぽく笑う委員長。あんぱんを美味しそうに食べる委員長。「みんなが帰ってくるまえに食べちゃおう。こういうのはこっそり食べるのがオイシイんだ」とイタズラっぽく笑う。あんぱんは疲れた身体にきいたのか、いつもより甘くておいしかった（委員長がくれたからおいしかったのだけれど、本人気づかず）。

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