よみかく分室課題部屋

1284 白石１０００字課題　Ｎｏ．９「じゃがいも怖い」　二時間二十分

2005/6/26(日)16:27 - 白石　尚 - 9800 hit(s)

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　白石１０００字課題　Ｎｏ．９「じゃがいも怖い」　二時間二十分

　聡子はキッチンの時計を見上げた。掛け時計の文字盤は、湯気にくもって見えにくい。目を細めて時間を探る。
「やだ、もうすぐ九時」
　今日は残業で帰りが遅くなった。夫の高志は、いつも九時半には帰宅してくる。
　聡子は鍋の中のじゃがいもに、割り箸を突き差してみた。ゆで始めたばかりのじゃがいもに、箸が芯までささるはずもない。じゃがいもは、ゆで汁の中で空しく一回転した。
「ああ、もう」
　こんなに忙しい時に、何故ポテトサラダを作ろうなんて考えたんだろう。聡子は割り箸をバキッと折った。ピーッ、ピーッ、ピーッと、耳に障る電子音が八回鳴る。朝タイマーをセットしておいた、ご飯が炊きあがった音だ。聡子は炊飯器に向かって怒鳴りつける。
「わかったわよ、そんなにピーピー急かさないで」
　独りごとを言うのは歳を取った証拠と、会社で誰かが言っていた。どうせわたしはもうすぐ三十、立派にオバサンの仲間入りよ。スーパーに行ったって、半額処分品を目がけて買うし。
「あ」
　聡子は、会社帰りに半額処分の惣菜を買ってきていたのを思い出した。おいしそうな肉じゃがだ。よし、これを電子レンジでチンして。チンして、チ、チーーーン。聡子の動きが、ぴたっと止まる。
　肉じゃがにポテトサラダ。いもばっかりじゃん。
　なんてセンスの悪い組み合わせだろうと、聡子はすっかりヤル気をなくした。食卓の椅子に座りこむ。こんなはずじゃなかったのに。結婚して二年、忙しいばかりの毎日が、ただ過ぎていくばかりだ。
「ただいまあ」
　高志が元気よく帰ってきた。何故か頬が紅潮している。
「今日はいつもより早く帰れたからさ、駅の出店でこれを買ってきたんだ。晩メシの足しになるだろ」
　高志はあどけない表情で、頬杖をついている聡子の顔をのぞいてきた。
　思いやりのつもりかな。聡子は気を取り直して、高志の差し出した紙包みの口を開けた。ふわっと強いかおりが聡子を襲う。
「揚げたてコロッケが十個で五百円。な、オレって意外と、買い物上手だろ」
　聡子は食卓につんのめった。じゃがいも、怖い。

　
二時間二十分

※以下、コンセプト等────
《一行コンセプト》　
「忙しいという字は、心を亡くすと書きます」
　
《人物設定》
主人公　２９歳　　　夫　　２９歳　　結婚二年。
《起承転結》
起：　主人公は、家事と仕事の両立で忙しいばかりの毎日を送っている。
承：　主人公は残業で遅くなって、家事でドジをし、落ち込んだ。
転：　夫が夕食の惣菜を買ってきてくれた。主人公は、夫の思いやりを感じる。
結：　夫の買ってきた惣菜は、主人公のドジに追い打ちをかけるものであった。

《４行で５Ｗ１Ｈ》
・いつ：夜の九時前
・どこで：キッチンで
・だれが：主人公が
・なにを：時計を
・どうした：見た。
・どのような理由で：残業で帰りが遅くなったから。