よみかく分室課題部屋

943 生課題　五月八日分　№２　「古本屋での話」

2004/5/10(月)19:59 - 津荒　夕介 - 7174 hit(s)

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　中学ニ年生の酒井良行は、彼の体重できしんでいた自転車を、全国チェーンの古本屋の前にとめる。　
　胸を上下させながら自転車からおりた。焦点の合わない目でチェーンをつけようとして二回失敗する。彼の青いティーシャツは、すでに脇の所が紺色になっていた。
　酒井は古本屋――ブックオンに向く。
　店は全体が黄色で塗装してあって、いたるところに『レンタル６泊７日２００円！』というような看板がついている。同じようなことが書いてある旗は、たるみっぱなしだった。
　自動ドアが開き、ぶあっと冷気が噴きだした。
　酒井の頬がゆるむ。体中の熱が浮きあがって飛んでいった気がした。
　店内には流行りの曲が流れている。レジの定員が「いらっしゃいませー！」と叫んだ。学校の教室五つ分はある店内の、右・真中・左から「いらっしゃいませー！」が聞こえてくる。本の整理をしている店員が三人いるようだった。
　冷房で力を取り戻した酒井は、軽い足取りでマンガコーナーに向かった。体からはみ出した肉を考慮して、立ち読みしている客、歩いて物色している客を避けていく。
　少年マンガコーナーで足をとめた。
　酒井目当てのマンガは、同じ物が二冊あった。背中のカバーに露骨な縦皺がついているのと、のりの黒い汚れがついている二つだ。
　酒井は太く短い指をのばし、縦皺のついている方を取った。のりの汚れは取ろうとすれば取れる。汚い方を選んだのは、彼が立ち読み客だからだ。
　彼は本を手に、本棚の外れに設置してあるソファに尻を落つける。マンガを読み始めた。
　なかなかに面白い。二十巻に突入したのにこのレベルを保っているのは素晴らしいことだ。彼はそんなことを考えながら、なんとなく顔を上げた。
　目の前にのびている本棚――先程酒井がマンガを手にした場所に、ネックレスやらピアスやらをつけている人相の悪い少年達が見えた。
（う、うそだろ……）
　酒井の顔面は真っ白になった。吐き気がする。
　間違いない。間違えるはずがない。
　酒井の心に深く癒えない傷を作った相手――小学時代に酒井をいじめた少年達に違いなかった。
　――逃げなくちゃ。
　彼は即決した。
　目を不良少年達から外し、本を閉じた。音楽がとまり、幸せそうな声で古本屋の宣伝が始まる。しかし酒井には、自分の鼻息しか聞こえていなかった。
　不良少年達がいる棚を迂回するため、酒井は少女マンガコーナーと成人向けマンガコーナーを通った。普段なら恥ずかしくて通れないような道だったが、どうでもよかった。素早く足を動かし、目をむきだしにして進む。中学の体育教師が見たら、感激して泣いたに違いない。
　少年マンガコーナーを迂回して、酒井はレジの前を通過する。出入り口から飛びだそうとして――
「ちょっと！」
「ひい！　ごごごごごめんなさい！」
　酒井は本を腹にうめて、うずくまった。
「ほら、立って！」
　言いながら酒井の腕をつかんだのは、レジから出てきたブックオンの店員だった。水色の半袖制服を着ている大柄の男で、大学生ぐらいだった。血管が浮きでた褐色の手は、収縮しようとする酒井を無理矢理立たせる。
　酒井は涙と鼻水とよだれまみれになっていた。足はすっかり力を失っていて、立つことも辛い。
「歩け、ほら。行くぞ！」
　行くって、どこへ！　どこへ行くって！？
　ついに酒井は声を出して泣きだし、店員は顔をしかめながら万引少年を奥の部屋につれて行った。

○書こうとしたこと。
　１　酒井の様子（暑い春。自転車で店まできた）
　２　店の様子
　３　酒井の目的（座り読み）
　４　酒井を昔いじめていた相手に、酒井が気づき緊張する
　５　必死に逃げようとする酒井
　６　万引と間違えられ店員につかまるが、そのことを理解できない酒井