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1040 弟切、キャラ立ての練習用課題、「三人娘」本文その1
2004/7/30(金)03:17 - 弟切 千隼 - 796 hit(s)

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「三人娘」(仮題)本文 その1
                 2004/07/30 弟切千隼


 教室の中に、チョークのこすれる音が響いていた。
 黒板に向かっているのは、白いブラウスを着た女子生徒だ。丁寧にチョークを動かすたび、ブラウスの背中でおさげ髪が揺れた。
「環境美化委員」という文字を書き終えると、彼女は教卓のほうへ向き直った。同時に、教壇に立っていた男子生徒がしゃべり始めた。
「えっと、こんだけの委員、後期の分を決めるわけだけど……立候補とか推薦とか、ある人ぉー」
 めいめいの机で、生徒たちがざわめいた。額を寄せ合ってささやき合う者や、ぐるぐると周囲を見渡す者がいる。
 一人の女子生徒が手を上げた。
「はーい、私、保体委員になりたいでーす」
 一斉に、視線が彼女に注がれた。
 彼女はひとつ、深呼吸をした。表情は落ち着いている。
 声にならない驚きが、教室に広がった。委員など誰もが面倒くさがって、普通はやりたがらないものだ。
「貴美子、バトン部が忙しいんじゃないの?」
 どこからか女子生徒の声がした。柔らかなくせ毛をふわりと揺らして、貴美子は声のほうに顔を向けた。
「保体委員って、応急処置の方法とか、覚えられるでしょ? そういうのやっとくと便利かなあって」
 保体委員とは、保健体育委員の略だ。この委員になると、怪我や病気の応急処置の講習を受けることが義務づけられていた。
「えらーい」
「いい子ぶっちゃって」
「ほぉー」
 ざわめきの中、貴美子は視線をめぐらした。一人の女子生徒と目が合って、視線を止める。彼女と仲がいい智香だった。
 貴美子がうなずいた。智香もうなずいた。
 智香は、すぐ横の男子生徒に目をやった。東条建[とうじょう たける]という名の生徒だ。智香は前に向き直った。
「あたし、図書委員、留任でいいよ。本好きだし。それと」
 智香の声を、別の声がさえぎった。
「はい。俺も保体委員やります」
 おおお、という野太い声が、ざわめきに混じった。発言した男子生徒の背を、後ろの男子生徒が小突いた。
「格好つけちって、尾形」
 尾形と呼ばれた生徒は、後ろの生徒を小突き返した。
「俺そそっかしいから、よく捻挫とかすんだよ。応急処置とか、覚えといて損ないだろ」
「あー、お前、バスケ部だっけ」
 尾形は顔を上げて、教壇へ呼びかけた。
「他にいないなら、決まりだよな」
 教壇の男子生徒は、慌てて生徒たちに話しかけた。
「あーと、保体委員は、相馬さんと尾形で決まり、でいいかな?」
 拍手が教室に響いた。教壇の女子生徒が、再びくるりと向き直って、黒板に文字を書き始めた。
 貴美子は唇を噛みしめた。「尾形雪彦」の隣に、自分の名が書かれるのを見ていた。
 黒板から目を外し、智香に目をやる。智香は両手を合わせて「ごめん」の仕草をしていた。
 貴美子は声を出さず、唇だけで「いいよ」と応えた。建に目を向ける。
 貴美子はうつむきそうになった。だが、頬杖を突いてこらえた。
「他に立候補ありますかー? 推薦でも」
 教壇からの声で、ざわめきが低くなった。
 皆が首をすくめているようだ。探りを入れる視線が飛び交う。
 ひょいと手が上がった。
「環美委員に、水木さん、推薦しまーす。きれい好きだし、いいよねえ?」
 本郷絵里という女子生徒だった。にんまり笑いながら、推薦した文枝のほうを見ている。
「えええー?」
 文枝はおろおろと視線をさまよわせた。
「水木さん、よくお花持ってきたりしてるしー。そういう人が環境美化やるもんじゃない?」
 笑いを顔に貼りつけて、絵里が追い討ちをかけた。文枝の顔が赤くなったり青くなったりしている。
 貴美子が絵里に鋭い視線を投げた。
 環境美化委員は汚れる仕事が多い。皆がやりたがらない委員の筆頭だ。おとなしい文枝に、体よく押しつけようとしているに違いない。
 さまよう文枝の視線が、智香にすがりついた。
「他の人、推薦しちゃえばいいんだよ」
 唇だけで、智香は文枝に伝えた。
 文枝は目をしばたたいた。一呼吸置いて、小さく言う。
「環美委員、やっても、いいかなぁ」
 ぱぱぱん、と、大きな音が鳴り渡った。絵里が派手に手を打ち鳴らしていた。
 つられて、多くの生徒が拍手をした。
「文枝、えらすぎ」
 拍手の音にまぎれて、智香が言った。その声を聞き取ったのか、建がちらりと智香のほうを見た。
 次の瞬間、智香の顔が輝いた。建と貴美子と文枝の間に、すばやく視線を走らせる。
 拍手が鳴りやんだ頃合に、智香は声を張り上げた。
「あたしも、図書委員やるって言ったんだけど。それと、環美委員に、東条君推薦します」
「はあ? 俺?」
 がたんと音を立てて、建は椅子に座り直した。
「男子の中じゃ、まじめに掃除やるほうでしょ。そういうんでなきゃ、環美委員なんてやらせられないって」
 智香が言い終わらないうちに、教室のあちこちから声が上がった。
「そーそー」
「お前とは違うよな」
「おめーに言われたかねえって」
 笑いと共に、拍手が湧き起こった。男子生徒の中には、机を叩いている者もいる。
 建はうんざりした表情で、椅子の背もたれに寄りかかった。しかし、皆に抗議はしなかった。
 貴美子と文枝は、拍手していない。目をむいて、智香を見つめている。
 智香の指と唇が動いた。片手で文枝を指差し、もう片手で貴美子を指差した。両手を入れ替える。
 二人の表情が、ぱっと明るくなった。
 教壇の女子生徒が、黒板に名前を書き始めていた。自分の名が書かれる前に、勢いよく文枝が立ち上がった。
「あぁあ、あのあの、あの」
 皆の視線が集中する。真っ赤になりながら、文枝はしゃべった。
「あたし、環美委員より、保体委員、やりたい。貴美ちゃん、替わってくれる?」
 文枝の言葉を、貴美子の弾んだ声が引き取った。
「いいよ」
 智香が机の下でこっそりと、OKサインを作った。


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