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1224 「ひと足早い夏」全文統合版(原稿用紙14枚) まこと
2005/5/3(火)15:29 - 名無し君2号 - 3585 hit(s)

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 将矢は石垣に段ポールを立てかけた。それで、引っ越しの後片付けは完了だった。
 東京からはるか南の島に来て、三日がたっている。
 しずくが段ポールに線を描いた。将矢の汗だ。春だというのに真夏並の暑さだった。
「終わったよー。散歩に行っていいんでしょー?」
 汗だくの父が縁側に出てくる。
「まっすぐ行くと海だぞー、行ってこーい」
 行ってきますと手を振り返した。
 待ちきれず、小道へ飛びだしていく。
 道は土も砂も白い。ところどころにサンゴのかけらが転がっていた。
 真っ青の空に、もくもくと巨大な雲がわきあがっている。
 将矢はストレッチがわりに体を伸ばした。ちょっとした探検気分になっていた。
 家の景色を覚えておこうと、あたりを見回す。
 道ばたの木立は、葉が一メーターもあろうかという大きさだった。濃い緑の葉に、太陽がふりそそいでいる。
 石垣の向こうに、オレンジ色の屋根があった。派手な色彩の風景という印象だ。
「よし、出発」
 いさんで出かけたのだが、道はわかりづらかった。くねくねと曲がり、分かれ道も多い。
 ほどなく迷子になった。
 歩幅が短くなる。
 Tシャツから出た腕がジリジリと日に焼かれた。
「だ、大丈夫だよなぁ」
 こじんまりした島だと聞いている。どの道を通っても、歩いて海に行けるという話だった。
 とりあえず進んでいく。
 こんもりと繁る木立のトンネルがあらわれた。トンネルをくぐり、日陰に入る。ほどよい湿気でひんやりとしていた。気持ちいい涼しさだった。
 ひと息ついてから、トンネルのなだらかなカーブを抜けた。
 目もくらむ明るさだった。足を踏ん張って立った。日光の感触が肌に戻ってくる。
 まっすぐに前を見る。
 しずかな海が広がっていた。
 さわやかな潮風が、汗まみれの将矢をなぜていく。ほんのり潮が香った。
 白い小道が砂浜まで続いていた。ひろい砂浜だった。波はひくく、遠慮がちに寄せている。青い海と空の境は混ざり合ってわからない。そこへ、一段といきおいをつけた雲が浮かんでいた。
 ――だれもいない。僕だけの海だ。
 だが、ひとり占めとはいかなかった。先客がいたのだ。
 少女だ。
 波打ち際を横切って行く。
 ノースリーブのワンピースは丈が短い。褐色の肌を惜しげもなくさらしていた。
 肩にかかる髪が風に流される。手で押さえた拍子に、亮介のほうへと顔が向けられた。
 ドキッとしたが、少女は気づいていないらしい。
 大きな瞳のその視線が、亮介を素通りしていった。
 将矢は少女を目で追った。
 ――だれかに似てるんだけど、だれだろう。
 少女の足が波の寄せるすれすれをたどっていく。
 ――あー、わかった。麻衣ちゃんに似てるんだ。たしか、ダンスユニット抜けて、ソロで活動してたよな。なんたって、笑顔がいいんだよ、笑顔が。
 残念ながら、少女の笑顔を見ることはできなかった。けれど、鼻すじのとおった凛とした横顔を眺められた。
 ――島の子、だよな。友だちになれないかなぁ。
 うしろ姿になった少女が、離れていく。
 将矢はハッとした。少女が行ってしまう。
 あとを追いかけて歩きだした。
 話しかけるつもりだった。
 ――仲良くなって、付き合っちゃったりして。手をつないで浜辺を走ったりとか。親密になったり、とか、するかも。
 つい顔がニヤけてきた。んふっと鼻で息をする。
 すると少女が振り返った。
 驚いた顔をしている。少女の手がふっくらした胸元に置かれた。
 将矢はといえば固まっていた。
 チャンスがやってきたというのに、話しかけるどころではない。動けなくなっていた。
 少女もじっとしている。ほどよく焼けた顔に表情はない。けれど、警戒しているのは伝わってきた。
 おだやかな波の音が、しつこいくらいくり返されている。
 ――な、なんか言わなきゃ。こんにちは、じゃ変か?
 少女の長いまつげが何度もまばたいた。
 ――早くなんか言わないと。どうしよう。えーい、この際だ、こんにちはでいいや。
 しかし将矢の口は、言葉を出せずにいた。
 女の子と話したのなんて幼稚園以来になる。自分から話しかけたことになると皆無だ。そしてこのたびは、初めて会った子が相手である。
 早く話しかけなきゃと気ばかり焦るが、なにも言えない。
 少女の顔に、不審そうな表情が見てとれた。
 なおさら焦った。
 さっきまでとは違う、冷たい汗をかく。
 勇ましく話しかけたかったのだが、情けない気分になっていた。
 少女のまなざしまで冷たく感じられる。
 ――だめだ。
 体中の力が抜けてしまった。気おくれしてうつむく。
 少女がどんな顔をしているのか気になった。だが、いったん目をそらせてしまうと、なかなかもとには戻せない。
 将矢は黙って、足元の縮こまった影に視線を落としていた。
 透明な波が白い砂を洗っていた。すずやかな波の音がしている。
 将矢の視界には、少女の素足も入っていた。
 かわいらしい小ぶりの足だった。
 少女の視線に気おくれした将矢は、うつむいている。顔を上げることができないでいた。
 日焼けした右足がそろそろと下がり、くるっと向きが変わる。色の違う足の裏が見えた。その足がサンゴの混じった粗い砂を踏む。
 将矢はとっさに顔を上げていた。
 ――やばい。
 ヘンな奴だと思われたに違いない。困ったなと思った。
 乙女チックに、はにかんでいる場合ではない。
 少女を引きとめて、ヘンな奴じゃないことを説明しなければならない。
 今度こそ声をかけるのだ。
 そうしているうちに、少女が歩きはじめた。
 髪がそよぐ。つやのある黒髪はやわらかそうだった。それなのに重々しく見えるのは色のせいかもしれない。
 ワンピースは身体の線にそっていた。ノースリーブの肩から紺の水着がのぞいている。あれはスクール水着だろう。
 ぎゅっとしまった身体をさらに水着が引きしめる。その姿がパッと頭に浮かんできた。
 想像したのと寸分たがわない長い脚が交互に踏みだされている。
 ――と、止めなきゃ。
 止めるためには声をかける必要があった。情けないことに、そこでブレーキがかかる。
 いっそのこと、腕をつかんで引きとめようかとも考えた。
 映画並のかっこいい出会いだけれど、到底ムリだ。
 ムリだけれど、このまま行かせたくもない。
 仲良くなりたかった。
 そのためには、なにがなんでもやりとげるという強い気持ちを必要としていた。
 いつの日か、手をつないで海岸を走りたい。
 痛そうな砂の上を、しぶきをあげながら、手を取り合い微笑み合いして、ふたりでかけていきたい。
 将矢はありったけの勇ましさをかき集めた。
「麻衣ちゃんに、似てるよね」
 なかなしの勇気をふりしぼったわりには、間の抜けたことを言ってしまった。似ているなと思っていたせいだろう。
 少女の歩みが止まる。
 おもわずやったと手を握った。
 麻衣ちゃんは、人気急上昇中のアイドルだ。似ていると言われて、わるい気はしないはずだ。
 やや間をおいて、少女の頭がしずかに回った。それに合わせて、体の向きも変わる。
 ほどなく、とまどった表情があらわれた。
 瞳が将矢へ向けられる。
 なにかをうったえかけられているのだと感じた。
 将矢は、なに? というつもりで首をかたむけた。
 ぷっくりした唇が開かれる。
「……似てないもん」
 声にはふてた調子が込もっていた。
 将矢は少女を見つめていた。
「似てる似てるって。にぃにぃもねぇねぇも、おじぃもおばぁも――この間、知らない観光客にまで、言われた」
 不満たらたらの口ぶりだった。
「私、そっくりさんじゃない」
 少女がうつむいて、砂をけった。けり方が軽かったので、砂がちらばることはなかった。
 その砂を全身にかぶせられた気がする。
 ――なぁにやってんだろ。仲良くなりたかったのに、これだ。
 はーっと息を吐き出した。それから深く息を吸いこんだ。
「ごめんっ」
 おもいっきり頭を下げた。ただの思いつきで嫌な気分にさせてしまったのだ。心底申し訳ない気持ちだった。
「ほんっとごめん。よろこぶかなぁーなんて思ったんだよね」 
 少女の様子をうかがいながら、おそるおそる頭をあげた。
 きょとんとして聞いている。そんなことで喜ぶとでも思ったのかという顔つきだった。 全身から汗が吹き出してくる。
「お友だちになれたらなって……」
 汗ばむ手を組みつほぐしつした。Tシャツの裾で手の汗をぬぐう。それからまた、両手の指をからませた。
「あ、の。おととい、引っ越してきたばかりで」
「知ってる」
 さめた口ぶりだった。
「知ってる、の?」
「島中が知ってる。東京から来たんでしょ?」
 少女は得意げだった。
 なんのことはない、狭い島だということだろう。
 けれどもそのおかげで機嫌がなおったことに、内心ホッとする。
「名前は将矢だよね。よろしく、将矢」
 いきなり呼び捨てなのにはびっくりした。けれど嫌ではなかった。なんだか、くすぐったかった。
「私、ひとみ。将矢と同い年だよ。将矢はもっと年上に見えるね。なんでかな。あんまり日に焼けてないせいかな。島の子はみんな真っ黒だからね。だけど、将矢もすぐに焼けて真っ黒になるだろうな。ふふ」
 おとなしく見えたのだが、話しだすと止まらないらしい。
「ねぇ、将矢。星の砂って知ってる? 星の形をした砂なんだよ。おもしろいでしょ? 見たことある? ふたりでとりに行こうよ」
 手を握ってきた。驚く将矢の顔をのぞきこんでくる。
「ね、行こ」
 将矢の手が両手で握られた。
 左右に振られる。それから強く引っぱられた。引っぱられて歩きだし、やがて小走りになった。
「将矢ってば、早く早くぅ」
 急激な変化に、とまどいを隠せなかった。しかし、そんなことにはおかまいなしで、振り返っては笑顔を見せてくれる。
 ――うーん、これってなんか、どっかで。
 将矢は顔がニヤけてくるのを感じた。
 春がきたのかもと思う。
 水際をパシャパシャさせ、しっかりと手を取り合って走った。
 ぎらぎらした太陽が、ふたりが走る砂浜を照りつけている。春どころが、陽気はすでに夏だった。


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