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1265 「犬と猿と」 統合版(修正有) 6/7 まこと |
2005/6/7(火)17:29 - まこと - 2731 hit(s)
「犬と猿と」 統合版(修正有) 6/7 まこと
会長の友則がミーティング開始を宣言した。学園祭が近づいている。いろいろ取り決めをしなければならない。それなのに役員はおしゃべりに夢中だ。会長の言葉など聞いていない。
友則は副会長の藤沢英子に睨まれていた。なんとかしろと目で催促されている。
「学園祭の看板制作は、毎年恒例と、えー、なってます」
友則が去年の議事録を指でたどっている。
「会長。書記と学年委員長がバカ話してるわよ。止めたら?」
英子がメガネを直した。英子は、友則の幼なじみだった。
背筋をきっちりと伸ばしている。たどたどしい会長よりよっぽど威厳があった。
友則は答えず、続けた。
「今年は、看板制作の他に、チラシ配りもしたいんですが。賛成の人」
議事録から顔を上げた。会長を見ているものなどひとりもいなかった。
会場の机は正方形に並べてある。正面には女子が集まっていた。グループをつくって話しこんでいる。右側では書記と学年委員長が叩き合いをはじめた。左側では男子がいねむりをしている。ミーティング開始から、十分とたっていなかった。
「だれも聞いちゃいないわよ。まぁ、チラシ配りなんて、聞いたら即反対だろうけど」
友則が反論する前に、爆笑が巻き起こった。
「うっそー、やばいじゃん」
学園祭と関係ない話題をしているのは分かっている。友則は注意するのをためらっていた。
「うるさいわよ! そこっ」
藤沢英子が机を叩いて立ち上がった。女子のグループに、ぴったりと人さし指を向けている。
全員の動きが止まった。
音も止んだ。呼吸する音だけは聞こえていた。
「今年の宣伝活動は全員で仮装するから。街頭でパレードよ。そのつもりでいてね」
「はー? なに言ってんのー」
女子のひとりが腕組みをした。
「そうだよ、藤沢。宣伝はチラシ配りって言ったろ、俺――」
「会長のあんたがだらしないから、こういうことになるんでしょ。しっかりしなさいっ。猿」
友則の口があうあうと動く。
「今のはひどいと思いまーす。私ー、会長のチラシ配りに賛成でーす」
腕組みしていた女子も立ち上がった。
「たしかに、ひどい」
書記と学年委員長もうなずいている。
「ぼ、僕も。チラシ配り、賛成です」
いねむり男子もおずおずと手を挙げていた。
「ふん」
英子がおとなしくイスに座った。女子も腰かける。荒れた雰囲気を残したまま、ミーティングは再開された。友則がせき払いをして、去年の議事録に目を落とした。
その後はたいした混乱もなかった。友則の意見がとおり、チラシ配りもすることになった。役員を二チームに分け、看板班とチラシ配り班にした。会長の友則がチラシ班のリーダー、副会長の英子は看板班のリーダーだった。
スムーズに事は運んでいた。そこまでは順調だった。友則は安心して、チラシ班に召集をかけた。
しかしチラシ作成の日、生徒会室には友則の姿しかなかった。
「おっかしいなぁ」
集合時間を三十分も過ぎている。しかたなくひとりでチラシを作りだした。学園祭の日時を上質紙にレタリングしていく。レタリングは得意だった。
ガラガラと音がして、引き戸が開かれた。
「ごっめーん、会長。吹奏楽の練習、どーしても抜けられないのー。えみっちとゆっぴいもなのよー。悪いんだけど……」
細い隙間から女子が頭だけを出していた。英子とやりあった女子だった。
「しょーがねぇなぁ。じゃ、いいよ」
「あとぉ、松村と金子も。クラスの出し物に引っ張られちゃったんだって。ごめんねー。ほんと、申し訳ない。悪い」
最後は両手をこすり合わせていた。
女子が行ってしまうと、友則は上質紙の上でペンを倒した。文字は中ほどで途切れていた。
それでもなんとかチラシを完成させた。チラシは大量に必要だ。印刷をかけなければならなかった。
印刷機があるのは職員室の隣だ。準備室と呼ばれる小部屋にある。友則はチラシを片手に、準備室へ移動した。
準備室は長ひょろかった。窓がひとつもない。印刷機は奥にある。教卓ぐらいの大きさだった。スイッチを入れると、低くモーター音をさせた。友則の好きな音だった。
印刷機はかなり古い型式で、すぐにエラーをだす。
会長の友則は印刷物を扱うことが多い。エラーの解消には慣れている。
ガラス面にチラシを載せて読み込ませる。さっきとは違う、金属的なモーター音をさせた。それから、自動的に印刷を開始した。リズミカルに印刷物をはき出していく。
印刷機の表示窓に、枚数のカウントが増えていった。問題なく終了するかと思われた。その直後、印刷機がブルブル震えた。そして静かになった。友則の肩が下がる。
しゃがんで前面パネルを開く。中のドラムを引っ張り出して、ようすを見た。
友則の背後で引き戸の開く音がした。
英子が立っている。よく見ると、すました鼻先に赤いペンキが付いていた。
「印刷機、壊したの?」
友則の顔が、めんどくさげな表情になった。
「ねぇ、ちょうどいいわ。チラシを配るのは止めなさい。ひとりじゃ大変よ。貼りましょう。枚数少なくてすむし、終わるのも早いんじゃないかな。いいわね、わかった?」
押し付けがましい、お姉さん口調だった。
「うるせー」
「うるせーじゃないでしょ」
「おまえはいいから、戻って看板やってろ」
英子のメガネが光った。
「人が心配してあげてるっていうのに、その態度はなあに?」
「それは悪うございました。よけいなお世話をどうもありがとう」
「なんですって? あぁ、損した。ちょっとでも手助けになればって、思ったのに」
「お節介」
「もうっ。ぜぇったい手伝ってなんか、あげない!」
引き戸をバチーンと閉めた。友則は閉じた引き戸に顔をしかめて見せた。
チラシ配りの日、友則は駅の改札口に立っていた。役員はひとりも姿をあらわさない。学園祭の準備で忙しいのだろう。
自動改札機から、セーラー服を着た少女たちが出てきた。あとからあとから人が出てくる。
チラシを配るには、駅の改札だという読みが当たった。持ってきた紙袋から急いでチラシを出す。狙いどおり制服を着た学生が多かった。詰襟の男子に、チラシを渡そうとする。
相手も同じぐらいの年だ。なんだか気恥ずかしくなった。ためらいがちにチラシをさし出す。すると、受け取らず行ってしまった。向こうも気恥ずかしいのは同じらしい。
プレザーの女子がふたりで話しながら歩いてきた。友則を見てなにか耳打ちしている。
目が合った。とたんに動けなくなってしまった。横目で見ながら通り過ぎていく。
改札に目を戻した。あっという間に、改札口から人がいなくなっている。
「まずいな。次は絶対、渡すからな」
気合を入れて次の電車を待った。
しかし結果は同じだった。不審に見えるのかな、と思う。
小太りの男子学生が遅れて改札を通った。下ばかり見て歩いている。チラシをさし出してみた。
なんと受け取ってくれた。ようすをうかがう。もしゃくしゃにして、ごみ箱に向かってポイッと投げた。ごみ箱には届かなかった。
次の電車が入ってきたが、改札を見ようともしなかった。
チラシを拾うためにかがむ。突き出した尻を、ドンと押された。
「すみません」
ジャージ姿の女子だった。バタバタと走り去っていく。
「つっ」
冷たいコンクリートに両手をついていた。チラシを探す。バラバラになったチラシを集めた。汚れたものと破れたものをごみ箱に捨てる。
それから、年配の駅員さんに声をかけた。
「それで、掲示板に貼りたいんですけど」
駅員さんは、駅舎の外にある掲示板に貼るように言ってくれた。
だけど、掲示板はポスターだらけだった。空きはない。掲示板の後に回ってみた。
スペースはあった。紙袋からセロテープを出し、チラシを貼りつけた。
「見る人は少ないかもな」
それでも、貼らずにはいられなかった。
ふっと電信柱が目に入った。迷い犬のチラシが貼ってある。スペースもあまっていた。
巻きつけてある金属の板に、チラシを貼った。
電信柱にチラシを貼ってはいけない、と聞いたことがある。
自転車が友則のうしろを通った。おまわりさんだ。とっさにチラシをひっぺがしていた。
「なんとかなるさ」
駅を離れ、商店街に向かった。多くの店が入り口にガラス戸を使っている。そこに貼ってもらおうと考えた。
最初に目についたお店の前に立った。床屋さんだ。自動ドアが開く。
「すみませ――」
ぎゃわわわんと、白い毛皮が床を跳ねてきた。
「ぎえぇぇぇぇっ」
吠えつづける毛皮に押し戻された。店のおじさんが、きょとんとしている。
「ご、ごめんなさぁい!」
どたどたとさがって、尻もちをついた。頭がツーンとした。尻にもジーンと痛みを感じる。
ふさふさのマルチーズが両肢でガラスをかきむしっている。ブルッと震えた。犬は苦手だ。
「なんなんだよ。チラシ配りも、チラシ貼りも、とんでもないじゃんか。だれなんだよ言い出しっぺは」
立ち上がって尻をはたいた。チラシは紙袋におさめる。
空がオレンジ色をおびていた。
友則の足が学校へ向う。
「なにしてるのよ」
頭から冷ややかな声を浴びる。顔を上げると藤沢英子が立っていた。両足を開いて、腕組みをして、にらんでくる。
「見せて」
英子が紙袋をつかもうとした。
「なによ、偉そうにチラシ配りだなんて提案しといて。どれだけ配ったのよ」
友則は体を捻った。紙袋を体でかばう。
「何枚減ったのか数えてあげる。それ、こっちに、よこしなさい!」
英子が両手で紙袋を奪い取った。
強引に剥ぎ取られて、頭がカッと熱くなった。
「なにすんだ!」
「あら、思ったよりずっと減ってるじゃない」
のぞいた紙袋から目を上げる。
「よくやったわね」
そう聞こえた。
「たいしたもんね。さすが言い出しっぺよ」
微笑みで見つめてくる。
「じゃ、ラストスパートね。行きましょ」
「お、おう」
英子は背をまっすぐにして、堂々と歩いていく。隣に並ぶと、英子の背が高く感じられた。
スーパーの前で足が止まった。
「ここよ。若いお姉さんと、男の人は除外ね。おばさん狙いでいくわよ。学園祭のバザーに来てくれるから」
英子は出てきたおばさんに頭を下げた。気をとられたおばさんの手もとに、チラシをさし出す。チラシは受け取ってもらえた。重い買い物袋を持ち上げて、チラシを読んでいる。英子はすぐに次のおばさんに移った。そっちも受け取ってもらえた。
「おばさんは物をもらうのが好きなの。だから、手もとにチラシを出されると受け取っちゃうわけ」
「ん、ああ」
「あたしはあっちの出入り口に行くわ。もらう人を迷わせないように、ひとりずつ配ったほうがいいの。経験上ね」
「へ、え」
英子が背中を向けて走りだす。
「ちょっと待った」
立ち止まって、くるっと振り返った。
「えぇと、いや、その。今日は、手伝って、もらって」
「カン違いしないで。副会長として当然のことをしたまでですから」
メガネを直した。細いくびすじを見せて背を向ける。
「あそっ」
友則の口もとが、ゆるんだ。眉間にしわを寄せて微笑む。
英子の足もとはまったく乱れることがない。一直線に進んでいった。
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修正箇所
・前編のラスト、言い合いの場面
・後編、全体的に無駄に長いので、余分な文章をカット
・全文を通して、いらない文はカットしてあります。
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