よみかく分室課題部屋

946 弟切、描写練習、「男性二人」

2004/5/12(水)01:50 - 弟切　千隼 - 4119 hit(s)

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描写練習「男性二人」
　　　　　　　　　　　2004/05/12　弟切千隼


　夕方、駅前の商店街を、学生服の少年が二人、歩いていた。
　一人は細面で眼鏡をかけている。もう一人はあごが張って、眉が太い。二人とも身
長は同じくらいで、手に鞄を下げていた。
　さほど大股ではないのに、眼鏡をかけているほうが歩くのが速い。眉が太いほうの
少年は、きょろきょろしながら歩いていた。
　前を行く少年が立ち止まった。すぐ横の店へとあごをしゃくる。
「ここ」
　後ろの少年も立ち止まった。
　店の前面は大きなショーウィンドーになっている。その前にたくさんの鉢植えが置
かれていた。花の咲いているものも、咲いていないものもある。
「こんなとこに花屋があったんだ。知らなかった」
「通学路だろ。毎日通ってるじゃん」
「俺、花なんて興味ねえし」
　眼鏡の奥で、少年の目が笑っていた。黄緑色の樹の鉢植えを避けながら、彼は店へ
と入っていった。
　もう一人の少年は、太い眉をちょっとひそめた。ためらいがちに、店へ足を踏み入
れる。
　店内には、青臭い匂いが満ちていた。
（花屋って、もっと甘い匂いがするもんだと思ったけど……これって、草の匂いだな）
　遅れて入った少年は、ぐるりと店内を見渡した。
　平たい菊みたいなピンクの花があった。何本も、円筒形の容器に入れられている。
その隣にも、よく似たオレンジ色の菊もどきがある。どちらの花も、一本一本首の回
りをセロファンに包まれていた。
　円筒形の容器の列は、奥まで続く。黄色い小さなラッパ型の花や、米粒みたいな白
くて細かい花や、薄紫の蝶に似た形の花もあった。
「どうする？　耕平はどんな花がいいと思う？」
　隣から声をかけられて、耕平は眉をぴくりと上げた。
「だからー、俺は花なんてわかんないんだって。何のためにお前を連れてきたんだよ、
直哉。お前が決めろよ、部長の俺が許す」
　耕平は、隣に立った少年―直哉の横顔を眺めた。直哉の視線は、花々の上にあるよ
うだ。
「花の種類なんかわからなくても、イメージってもんがあるだろ。ぱっと見て、先輩
がたのイメージに合った花を選べばいいんだよ。せっかくの卒業祝いだぜ」
「んなこと言われても」
　耕平は、ポケットに突っ込んだ手をもぞもぞさせた。壁沿いに視線をさまよわせる。
　壁際の大きなガラス器のところで、視線が止まった。
「あー、あれ。去年の文化祭で、お前が写してた花だよな？」
　耕平が指したのは、ガラス器に入った花だった。太い緑の茎の上に、白い厚紙が一
枚、くるんと巻かれたような花がある。
「そう、あれ。カラーっていうサトイモ科の花でね。カラーは水揚げが悪くて、花屋
でもなかなかいい状態のがないんだけど、ここは管理がしっかりしてるからね。撮る
しかないって思った」
　直哉は、色白の頬を上気させていた。こういう時の直哉は微笑ましい、と耕平は思
った。
「あれなんかいいんじゃねえ？　シンプルで、男が持っても変じゃなさそうだぞ」
「だからカラーは水揚げが……ああごめん、水揚げってのは、切り花の水の吸い上げ
具合のことで、要するに、カラーはしおれやすいの。やめたほうがいい」
　耕平は小さく鼻を鳴らした。
「じゃ、面倒くさいこと考えんのやめだ。薔薇でいいよ薔薇で。ほら、そこの、ピン
クのやつなんかどうよ」
　耕平は、足もとにある八重咲きの花を指した。
　二秒ほど、直哉が固まった。ついで、笑い声が爆発した。
　耕平が眉根を寄せた。
「んだよ、何笑ってんだよ」
　直哉の口から、ひっ、ひっという声が漏れる。
「ごめん、笑ってごめん。それ、チューリップだよ」
　耕平のあごがだらりと下がった。
「えええー！　なんでこれがチューリップ？　花びらがいっぱいあるじゃんかよ」
「チューリップにも、八重咲きの品種があるの。それは、そういう品種なの」
　直哉は、眼鏡を外して袖で目をぬぐった。上目遣いに耕平の顔を覗く。
　耕平は、口をへの字にひん曲げていた。
「もう、わかった。任せる。お前が選べ、直哉」

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