よみかく分室課題部屋

995 Ｎｏ．１３６「眼鏡っ子同盟」、２号削り版

2004/6/9(水)23:23 - 名無し君２号 - 8874 hit(s)

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「離してよ。離してったら。一条。ねえ、きーてんの？　おーい」
　立花麻里は、今日何度目かの哀願をした。前方を歩く男は振り返りもしない。麻里
の手首をひっつかんだまま、ぐいぐいと引っぱってくる。
　まわりの視線が、頬に熱かった。
　夕方の商店街は、買い物客と、放課後の暇をつぶす学生とでにぎやかだった。手首
にかかった、温もりある手錠がどうにも恥ずかしい。
　学校でガチャリと手首をつかまれた。そのまんま徒歩十分、ずっと拘束されたまま、
麻里は人ごみのなかを連行されている。
「逃げたりなんか、しないからさぁ」
　彼の名は一条英和。麻里のクラスメイトだ。
　歩幅にあわせて、茶髪の頭が揺れている。凝視しようとしたら、自分の前髪が邪魔
になった。自由な右手で払いのける。
　これはわざと伸ばしているものだ。なるべくなら眼は見られたくないから。麻里は
目を細めた。
　――麻里ちゃん、目が怖いよ。
　胸の内に湧きあがってきた、とても重い言葉。麻里は下唇をぎゅっと噛んだ。
「ここだ」
　一条の言葉に、あわてて麻里は顔をあげる。連れられたのは一軒の店だった。なん
だかくたびれている。元は白かったろう外壁には、うっすらとひびが入っていた。古
びた看板には、こう書かれている。
　めがねのイチジョー。一条？
「ここ……」
「おれの実家」
　こともなげに言った。一条がかけている細長い眼鏡、その奥にある瞳が、やさしげ
に曲がっていた。
「実家って……きゃっ」
　引っぱられるままに、麻里は店内に連れられる。後ろで扉が、からんからんと乾い
た鈴の音を鳴らしていた。
　外見とは違って、なかはこざっぱり、こぎれいとしている。棚やテーブルの上に、
いろんな種類のフレームが並べられていた。いろいろと見てみる間もなく、ぐいと奥
のカウンターまで体を持っていかれた。
「おーい、先々代！　連れてきたぞ。上玉だ！」
　一条の声は、狭い店内のみならず麻里の体も震わした。
「おう……三代目。来たかよ」
　しばらくしてから、開けはなたれていた戸からのっそりと姿をあらわしたのは、き
れいにまっ白な頭のお爺さんであった。豊かな量の毛髪を誇っている。なんだか、老
海賊という印象を麻里は受けてしまった。かといって顔に傷があるわけじゃないけれ
ど。
　普通、お爺ちゃんというのはもっと小さいものじゃないだろうか。なのに、妙に立
派な体格なのだ。
　鋭い目でお爺さんが見つめてきた。麻里は身をすくませながら、やっぱり一条に目
つきが似ているな、なんて考えていた。
　お爺さんはあごひげに手をあてている。髪の毛とおなじく、まっ白だった。
「さすがは三代目。たいした眼力だ」
「ちょっと、さっきからなにを」
　するり、と一条のつかんでいた手がほどけた。じんわりと手首に血が戻ってくるの
もまたず、こんどは麻里の両肩に手が置かれる。
「眼鏡だよ、立花」
「はぁ？」
「立花は美しい」
「な、なにを」
「しかしながら、まだ不完全だ」
「えええ？」
　眉間に皺を寄せさせたり、目を大きく見開かせたり、あげく細めさせたり。
「な、なんだよぅ。なんなんだよぅ」
　ぐい、と一条は顔を寄せてきた。レンズごしでも、一条の視線は熱かった。なんだ
か胸が熱くなったのは、その熱が移ったからだろうか。
「だから、眼鏡なんだよ。立花に足りないのは眼鏡なんだ」
「だから、なにを言ってるのかちっとも」
「論より証拠さ。あとはまかせたぜ、先々代」
「うむ」
　いつのまにか、お爺さんが側にまで来ていた。一条家の男はふたり揃って、にやり
と凄みのある笑みを浮かべた。

「――どうだい、お嬢ちゃん」
　世界が一変した。
　麻里を取りまいていた世界。いま目の前に広がる世界と比べたら、眼鏡をかける前
は、まるで薄い膜で包まれていたようなものだった。
　なんて透きとおっているんだろう。
　なんて鮮やかなんだろう。
「どうだ、立花」
　一条は楽しげな笑みを浮かべていた。麻里は、一条の頬にひとつにきびがあるのを
発見した。それすらも微笑ましい。
「立花の目つきが悪かったのはそのせいだ。視力が低下しているのに、無理にものを
見ようとするから、ぎりぎりぎりって目が細くなるんだ。ほら」
　鏡を差しだしてきた。油断していたせいで、麻里はもろに自分の顔を見てしまう。
「もう、なにも歪みはない」
　つややかに瞳が輝いていた。――さらにうるんでいってしまう。麻里は鼻をすすっ
た。
「あ、ありが……とう。で、でも、どうして？　なんでこんな……よくしてくれる
の？」
「それは、おれが眼鏡っ子同盟――ザ・ガール・フー・ハズ・カバード・グラッシー
ズ・アライアンス、通称ＷＣＧＡの会長だからだ。眼鏡っ子の原石を見つけてしまっ
たら、磨かざるを得ない」
　ぴったり十秒、麻里は固まった。一条は真顔だった。
「……はぁ？」
「ちなみに爺さんが初代会長。親父が二代目だ」
「よろしゅうな」
　握手しようとお爺さんが伸ばした手を、麻里はだまって見つめることしかできなか
った。

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【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181)