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1047 競作課題 「ボーイミーツガール」 、春日作「儀式」(2240字) 8月3日 作成 |
2004/8/4(水)00:00 - 春日 - 2373 hit(s)
「儀式」
和哉を含む、陸上部の先輩たちが並ぶ前で、新入部員の挨拶が始まった。
ハキハキ言う奴もいれば、緊張で固まる奴もいる。
ひとり、ふたり……と自己紹介が行われるなか、ふと和哉はひとりの少女に目をとめた。
小さな顔に大きな瞳。背中にかかるかどうかという長さの髪を、頭の右と左で括っている。身長は、百五十センチもないだろう。小学生と言っても通りそうな――女の子。
体操着からすらり伸びる、少女の足を和哉は見た。転んだだけで折れてしまいそうな、日焼けもしそうにない足だ。
と、顔を上げたところで彼女と目が合った。
あ。という形に唇を開くと、見る間に彼女の頬は赤く染まった。それまでの表情が強張り、目が泳ぐ。うつむいてしまった。
……どうやら、足を見ていたことがばれたらしい。
どうにも気まずく、和哉も視線をそらした。顔に火照りを感じる。隣では隆志が顔にニヤニヤ笑いを貼り付けていた。
「おまえさ、あんな娘が好みなんだな。いや、分かるぜ」
「…………ふん」
数秒の沈黙の後、和哉は鼻を鳴らした。
「お、図星〜」
「…………」
その後も隆志はあれやこれやと言ってきたが、和也はことごとく無視し続けた。
女の、うわずった声が聞こえてきた。
「あ、あの、ええっと……神谷小春といいます。希望種目は走り高跳びです」
高跳びと聞いて、和哉は声のほうを見た。
再び、目が合う。
よ、よろしくおねがいしますねっ――言い終えると、彼女はすぐに下を向いてしまった。
隆志が、やったな、と脇腹を小突いてきた。
グランドを三周ジョギング。準備体操を済ませ、種目別のグループに分かれた。
走り高飛びの新入部員は男四、女一の計五名。
部員たちの中央。五人の視線を受けて、和哉が言った。
「んー、まずは基本動作からやってもらう。基本動作って分かるか?」
男子が顔を見合わせるなか、おずおずと端っこで手が挙がる。
「じゃ、神谷」
「は、はい……あの、基本動作というのは基本の動きといいますか。具体的にいうと、腿上げとか……」
和哉はひとつ頷くと、続けた。
「そうだな。あとはスタートの練習とか、その辺も基本動作だ。ま、基礎練習ってことだな。これから二週間は、それと補強――あ、筋トレな――をやってもらおうと思う。実戦形式の練習はそれからになるな。五月の頭くらいにインターハイの地区予選があるから、あまり構ってはやれないと思うが」
一度五人を見渡し、言った。
「ここまでで質問は?」
練習が始まると、短距離走のグループと合流した。基礎練習において、ふたつは一緒に練習することが多い。
神谷小春も走っていた。
小さな身体を精一杯伸ばして、足を上げ、手を振り、走っていた。
和也はそれを見ていた。自分の指導に答えようとする姿。
太陽の位置が変わり、西日が差してきた。
グランドの隅でへたりこんだ彼女のところへ、和哉は近づいていった。
上下する背中。べとついた髪。うなじには汗が浮いていた。声をかける。
「神谷」
「あ、先輩……」
「そのままでいい」
立ち上がろうとする彼女を制して、和哉は隣に座った。それでも頭ひとつ分、彼のほうが高かった。
彼女が何か言うより先に、和哉は切り出した。
「なんで高飛び、やってみようと思ったんだ?」
神谷は目を大きくした。
「え! その、いやはや、それはですね……あ、憧れがありまして」
彼女はぽつり、ぽつりと言葉を落とす。
「わたし、子供の頃すごい病弱でして。中学になる頃にはけっこう普通になっていたのですけど、大事をとって、あんまり運動してなかったんです。両親も心配してましたし。わたし自身、それでもいいかなって、思ってました。でも、二年前、この学校の前を通ることがあったんです。その時に、ですね」
彼女声はそこでほとんどつぶやくように小さくなり、和哉にはよく聞き取れなかった。
と、彼女は空を見上げた。額から白い頬を伝って、汗が流れ落ちる。
「高く……高く跳びたいなぁって」
「――やめたほうがいい」
目をやわらかく細める彼女に、和哉は水をさした。
「え?」
彼女の頬から赤みは消え、唇がきゅっと引き結ばれた。瞳が揺れている。
和哉はため息をついた。
「神谷、君はおそらく本当に高飛びをやりたいんだろう。それは分かる。だけど、だからこそ俺は君に言っておかなければならない。やめたほうがいい」
「どうして」
「それは、君が一番よく分かっているんじゃないか?」
風が吹いていた。爽やかなそよ風。春の息吹。
だが、濡れた肌には冷たい風だ。
汗とは違う色の、塩水。
(ここまでか……)
目を閉じる。
そして。
乾いた音が、響いた。
「なんでそんなこと言うんですか! どうしてあなたが言うんですか! わた、わたしはそりゃ確かに背が低かったりします。力もないです。走りだって遅くて、今日もみんなにいっぱい、いっぱい迷惑かけてしまいました。でも――でも。だからって、そんなこと言うのは侮辱だっ!」
言い捨てて、彼女は走り去った。後姿が部室の影に消える前に、和哉は仰向けに寝転がった。茜色の空だ。平手打ちされたばかりの頬がじんじん痛む。
自分が一年だった頃のことを思い出す。あの頃は、今より頭ひとつ分は背が低かった。さらに言えば、足はクラスで一番遅かった。
「あの時」。自分は彼女ほど勇敢に振舞えていただろうか?
「やばい」
声に出して、和也はつぶやいた。
「惚れた」
気がつくと、隆志がニンマリと笑ってこちらを見下ろしていた。
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