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2004/12/15(水)14:28 - 月白 - 1838 hit(s)
早瀬と雪
前面に横たわる、長々とした巨艦のようなデパート。そこから僕は目を下ろして、行き交う人波に視線を泳がせる。見つからなくて天を仰ぐと、昼前というのにどんよりとした空が視界に広がる。
で、また前に並ぶ、ウィンターセールの垂れ幕という周回コースの入り口に戻る。と、
こつん。
立ち止まったヒールの音が、横でする。
それが耳に響いて、心臓にまで届いた。
鼓動が高鳴った。
僕は、ゆっくりと顔を向けてゆく。
目端に、白いコートと肩までのさらさらの髪が映りはじめる。柔らかな「まなこ」と桜色の唇が、徐々に形になっていって。淡い笑み、その中に優しさを湛えた早瀬雪野が、そこにいた。
休み時間の、冷たい風が吹いていたベランダ。そこでいつも、独り校庭を眺めていた早瀬。
クラスに来てからまだ一ヶ月ばかり。なのに、もう来週にはまた転校していってしまう早瀬。
その彼女の口が滑らかなメロディを奏でる。
「行きましょう、東野君」
その旋律を味わいながら、僕は早瀬と一緒に歩き出した。
「あのさ、早瀬さん……」
両脇に林立する華やかな壁。その間の流れにまぎれながら、僕は隣をちらちらと見やる。
「なに?」
彼女は、僅かにこちらへ顔を向けて、物腰柔らかな声を響かせてきた。
「迷惑……だった?」
「どうして?」
「い、いや、その……」
僕がぽりぽりと頭を掻くと、早瀬は、くすっと少しだけ音を立てて笑った。
それがなんだか嬉しくて、僕も自然と笑みがこぼれてしまう。
と、早瀬が、何かいいものを見つけたという感じで、
「ね、あそこに入りましょう」
僕を促してきた。
その彼女の目線を追うと、四・五階建ての大きなショッピングモールがあった。デパートの看板も幾つか出ていて、その脇から白亜の四角柱が空高く伸びている。
俺は彼女と笑みを交わし、連れだってモール内に入った。
ウィンドウショッピングに、吹き抜けの噴水広場でのおしゃべり。アミューズメントパークでクレーンゲームに夢中になって、水族館で魚たちに挨拶して。その後、ファミリーレストランで一緒に食事をしてから、超高層ビルの展望台に上がった。
ガラス扉を開いて、早瀬と共に屋外に出る。
とたんに、吐く息が白く変わる。
吹き抜けてゆく風があっという間に手と顔を冷えつかせ、髪を流して頭皮にまで染み込んでくる。
俺はポケットに両手を入れて、自分の身長の倍ほどもある金網の前に立った。
まるで足下にあるような、米粒ほどの家屋や建物。それらは徐々に遠くなるにつれ大きな建築物の形しかわからなくなり、やがて全てが融けてただの青黒いすり流しになる。それが、地と空の境界だ。
ぼんやりと、その風景を眺めていると、
「ありがとう、東野君」
耳を打たれて、僕は隣を見た。すると、金網に片手をかけて白い湯気を口から立ち上らせながら、はるか遠くに目を馳せている早瀬がいた。
その彼女がこちらに顔を向け、優しく目を細める。
「いつも教室で、私のこと気にしていてくれて」
その早瀬の台詞で、ドキンと、心臓が震えた。
何と答えていいのかわからずに、でも視線を離すこともできなくて。早瀬に吸い付けられた僕の鼓動はどんどん高まっていき、頭の中は焼け火鉢を投げ入れられたみたいに『かあっ』と熱くなって。もう何がなんだかわからなくなりそうで。すると、
「さよなら、ね」
早瀬が、そう言葉を継いできた。
じっと見つめる僕。その前で、彼女の笑みは壊れそうなものに変わりはじめ、瞳には雫が蓄えられてゆく。
そして彼女は、顔中を震わせながら、笑みを泣き顔に変えはじめた。
きれいな面をしわしわに歪めて、それから下を向き、
「私はまた……さよなら……よ」
両手で自分の肩を抱きしめながら、途切れ途切れに言葉をこぼし落とした。
その早瀬の姿は、すごく鮮烈で。
胸に中にどんどん流れ込んできて、同時に奥の方から熱いほとばしりが噴き上げてきて。
「僕がっ、早瀬と一緒にっ!」
気づくと、そう声を出していた。
と――
早瀬の震えが止まる。
早瀬は僕の前で、片手をそっと胸にあてる。それからゆっくりと顔を上げて、指で瞳をぬぐう。そして、まだ濡れているけれど、でも素敵な微笑を見せてくれた。
その早瀬が、あ……という感じで前に手を出す。
「ゆき……」
つぶやいた彼女に、僕も上を向く。と、白灰色の小さな羽みたいなものが、ちらほらと舞い降りてくる。
どんどんそれが増えていって景色を覆ってゆく中、早瀬は、満たされてもう充分だという表情を浮かべて、自分を空へ解き放つように両手を広げた。
そんな早瀬は、すごくきれいで、すごくすてきで。
僕は、そんな早瀬を、ずっとずっと見つめていたくて。
雪が、ふってくる。
早瀬に、雪がふってくる。
静かに、しんしんとたんたんと、早瀬が、雪にとけてゆく。
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