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1192 2/16分、『ろり魔女(仮)』本文、No.4(7700文字)
2005/2/17(木)01:49 - 名無し君2号 - 4279 hit(s)

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 ろり魔女(仮)No.4(7700文字)

 小石の粒が上から降ってきた。天井ではない。天井はすでになかった。
 アシュは、ぽっかりと空いている大穴から、砂を掃いたような星空に浮かぶふたつ
の月を眺めていた。瓦礫を下敷きにした背中が、ごつごつと痛い。
 ――きれいだ。本当にきれいだ。
 鮮やかに赤い女神。深く青い男神。
 おろかな人間を、天から見おろしている。
「これほどまでに世界は美しいというのに、なぜ人々は争わねばならないのだろう?」
 ひどくアシュは哀しかった。泣いてしまいそうだ。
「なに頭の沸いたことをぬかしてんだよー」
 かたわらで瓦礫が音を鳴らす。顔を起こせば、この大惨事を引き起こした張本人が、
薄紫の月明かりに照らされていた。漆黒のマントがひるがえり、ほっそりとした足を
覗かせる。
「……」
 無言でアシュは起きあがろうとした。足下の瓦礫が崩れ、転びそうになる。緑色の
光を放つ、かつては通路の壁だったろう岩のかけらが、下へと転がってゆく。
 あたり一面、すっかり崩れさっていた。
 天井は言うにおよばず、通路の壁も吹き飛んでいた。壁をへだててあった部屋をぐ
ちゃぐちゃにして、さらにとなりの通路までを崩している。床は天井やら壁のかけら
が敷きつめられ、なだらかな山々を作りだしていた。
 そこらじゅうから、うめき声が聞こえている。生き埋めにされた騎士たちだ。
 気づいたら、アシュは鼻をすすりあげていた。
「なんだよ、なに泣いてんだよ、いきなり」
「だって、ひどすぎますよ、あまりにも」
 手で顔をこする。ぽろぽろと涙はこぼれていった。
「これ、ぜったいだれか死んでるもん。さっきのボーンで死ななくても、このままだ
とみんな死んじゃうもん。すぐにミューさまキレるんだもんなあ〜」
「うっとうしいなあもう。泣くんじゃないよ、男がさー」
「それは男女差別ですぅぅぅ、男だって泣きますぅぅぅ」
 と、アシュの手が熱い感触に包まれた。
 顔をあげると、ミューがきゅっと手でつかんでいた。大きな瞳でしばらくアシュを
見つめていたが、やがて前を向き、歩きだす。手は握られたままだった。
「べつに死にやしないよ……まあくたばったって私はかまいやしないケド、さっきの
ジジイが守ってるから大丈夫だって」
 踏みだすたびに元神殿の瓦礫でできた山が音を立てる。
「ジジ……おじいさんですか?」
 こくんとミューはうなずいた。
「『イヤーッ! ボーン』が発動する瞬間――」
「ちょっと待ってください。その『イヤーッ! ボーン』って……もしかして、さっ
きの魔法の名前ですか」
「そうだよ? それがなにか?」
 いえ……、とアシュは残っている涙をぬぐった。
 思えば、師匠の魔法はそんなのばかりだった。爆発させる魔法――最初に出会った
騎士を燃やしたやつ――は『燃え燃え〜』、衝撃波を飛ばす魔法――鬼のようなお姉
さんの服をぼろぼろにしたやつ――は『まいっちんぐ』である。
 神秘性のかけらもありゃしない!
「文句だったら魔法を作った奴に言えよな。私は使っているだけなのだし」
「もう亡くなっているんじゃないですか」
「まだ生きてるよ。さっきのババアのあれじゃないけど、齢千年を越えてまだ健在」
 ……じつに神秘に満ちた世界だ!
「でな、魔法が発動する瞬間な、あのジジイも呪文を唱えてたんだよな」
「魔法ですか? でも普通の魔道士じゃ、呪文を詠唱しながら手で印を切らければ、
魔法は使えないはずでは」
 もちろんミューは普通ではない。
「普通の魔道士じゃなかったってことだろー。吹き飛ばされる瞬間、たしかに防護壁
を張り巡らせてた。だから、あの場にいた奴は全員生きている。ホント残念だけど」
 下から染み出る騎士たちの苦痛の声を、ミューは思いきり踏みつぶした。
「魔女の弟子なら、おまえも探知ぐらいしてみろい」
 素直に従う間すらなく、アシュは手を強く引っぱられた。
「ほら、ババアが復活する前に、早くいくぞ!」
 引きずられながら瓦礫の山を駆け降りる。行く手には黒い大きな扉があった。鈍く
光を反射する扉に向かって、ミューは手を伸ばす。
 閃光と爆音が放たれた。
 アシュの目の前で、扉はゆがみ、ちぎれ飛んでゆく。
「うらァ!」
 まだ黒煙のあがるなかへと、踏みこんでいった。
 ふたりが奥へと消えたあとも、通路――かつて通路だった場所に、静けさが戻るこ
とはなかった。助けを求める声、痛みをこらえる声が、石のかけらが積み重なった山
の下から、とだえることなくあがっている。
 ――そのとき。
 瓦礫の山が、震えた。
 つぎの刹那。
 山は噴火した。瓦礫という名の溶岩のなかから、白い剣が突きでている。青い色の
空気をまとう長大な剣に続いて、金髪の影があらわれた。
 アーレスだった。
 崩れゆく山から這いでてゆく。気合いの声をあげると、左腕を持ちあげた。
「師長! タウロン師長! 大丈夫か!」
 出てきたのは、ほこりまみれの老人だった。右腕に大剣、左腕にタウロンを抱えな
がら、アーレスはたしかな足取りで瓦礫を登ってゆく。
「おぬし……ホント、凄いのう」
「タウロン師長も! おかげで死なずにすみましたよ」
 ふるふるとタウロンは首を横に振る。よれよれになった長い顎髭も振られた。
「私の力なんぞなくとも、おぬしは平気だよ」
「部下のことですよ! まだ生きているんでしょう?」
 長袖から覗いたタウロンの手は、複雑に重ねられている。魔法の印であった。
「なんとか助けることはできた。だが、このままでは遠からぬうちにおなじ結果を迎
えるな。魔法でつぶれることは防いでおるが、息が続かん。早く掘りだしてやらんと」
「魔法で呼吸させることはできないんですか?」
 アーレスの視線は、ミューたちが消えた部屋へと向けられていた。
「残念だがの、同時にふたつの魔法を使うことはできん」
「あの魔女ならば……どうですか」
「できるかもしれんなあ」
 ほっほっほ、と笑った。少し弱々しい。
「いつか聖導師と、あやつら魔道士との関係についてお訊きしたいものですね」
 タウロンをその場に置き、アーレスは聖なる杖が収められた部屋へと進みだした。
「おぬし、私の話を聞いておったか? 掘りださんと死ぬのだぞ」
「掘りだしているあいだに、聖杖は魔女に奪い去られるでしょう。我らメイルウィン
ド神聖騎士団、すでに死の覚悟はできております」
 剣を一閃させた。
「なるほど……辛いな、団長というのも」
 立ち止まる。振り向いたアーレスの横顔には、笑顔が浮かんでいた。深く深く、タ
ウロンは息をはいた。
 走りだしたアーレスの背中に、遠くからかけ声が届く。
「おーい! そこにいるのは、アレステいらりゅっひゃ……守護団長どのか!」
 いきおいよくアーレスは振り返る。大きく目を見開いていた。のろのろとタウロン
も振り向く。
 通路の奥に、騎士たちの姿が見えた。その姿には汚れひとつない。
「あれは……」
「城からの援軍です!」
 声には喜びがあった。そしてアーレスは駆けだす――騎士たちとは逆の側へ。
「タウロン師長どの、部下の件はまかせました! 彼らの手を借りて、掘りだしてや
ってください! 私は魔女と決着をつけます!」
「おーいおい、協力して戦わんのか?」
「奴と勝負できるのは……私だけです!」
 ミューが消えた部屋へと飛びこもうとした瞬間。
 なかからミューとアシュがあらわれた。
 ――ぎょ。
 どちらも顔と体を強ばらせる。最初に立ち直ったのは――ふたり同時だった。
 アーレスは剣を振りあげる。
 ミューは手の平を突きだす。
 まず赤が炸裂した。アーレスは爆発に包みこまれる。
 吹き飛ばされながらも大剣を振りおろしていた。青い残像とともに炎が断ち切られ、
たちまちにかき消える。
 着地した。アーレスの後ろ足が瓦礫にめりこみ、体は前へと傾いてゆく。たわんだ
バネが弾けるように、ミューに向かって大きく踏みこんだ。
 そこを銀色の軌跡が襲いかかる。
 アシュの剣撃を、アーレスは軽くうち払った。
「少年!」
 ――すみません!
 なぜか心のなかで謝りながら、アシュはアーレスの横をすり抜けた。おなじく逆側
を駆けたミューと合流する。
 ミューは右手を異空間につっこんでいた。ほうきが抜きだされる。
 走りながらほうきに飛び乗った。アシュも後ろにしがみつく。
「いただいたぞー! 封印された魔王ちゃーん!」
 にゃーはっはっはっ、と高笑いをあげながら、天井の大穴から空へと抜けていった。
高々とかかげた左手には首飾りが握られている。妙にぎらぎらと輝いていた。
「封印された魔王……だと?」
 夜空を旋回するミューたちを睨みつけながら、アーレスは眉間に皺を寄せた。
「魔王は地下に封印されているんだ。いったい奴はなにを言っている? そうでしょ
う、タウロン師長どの……師長どの?」
 タウロンは固くまぶたを閉じていた。
 真一文字に引き結んでいた口が開き、ぽつり、と呟く。
「見事にやられたのー」
「はぁ?」
 いまだタウロンは両手で印を作ったままだった。
「どういうことですか。魔王は神殿の地下に広がる、広大な迷宮のなかに封印されて
いるのでしょう? まさか、違うんですか」
 うん。あっさりとうなずいた。
「あやつが持っとるだろう。いや〜な感じに光っとる、不気味な首飾り。じつはの、
あれに封印されとるのよ、魔王」
 アーレスの顔からは表情が消えていた。
「……なぜ」
「下の迷宮は罠なのだな。魔王復活をたくらむやからを、まとめて折檻するための」
「いや、しかし、どうして聖杖の間なんかに」
「だってそこがいちばん安全なんだもん。だろう?」
「それは、まあ、そうかも……しれませんが」
「いやあ、まさか奴らの目的が、封印された魔王とはのー。やられたなあ」
 アーレスは聖杖の間へと踏みこむ。
 なかはそれほど大きくはない。人が十人も入ればいっぱいになる部屋の中央、四角
い台座の上に、聖王都を守護する聖なる杖があった。
 杖からは、紫色の光が、煙のように立ちのぼっている。
 台座には小さな隠し扉があった。開け放たれた中身は、見事にからっぽだった。
 覗きこんでいた城からの援軍を跳ねとばして、アーレスは外に出る。いまだ高笑い
を続けながら旋回しているミューたちを睨みつけた。
「きさま! 魔王なんぞ復活させて、いったいどうするつもりだ! そんなことをし
たら、きさまとてただではすまんのだぞ!」
 まわりにいる騎士たちがざわめきだした。
「ふん……わかったようなことをいうな、あのオバハン」
 風に吹かれながら、ミューとアシュは下の様子を眺めていた。
「ですから、アーレスさんですって」
「うるさいな、アシュ。おまえなんだってあんなババアに……」
 ぴたりとほうきの旋回が止まる。
「そっか」
「な、なんです?」
「でかいもんなあ」
「なにがですか?」
 舌打ちが響いた。うろたえながら、アシュはミューの視線を追いかける。睨みつけ
てくるアーレスに対抗するかのように、ミューは鋭く目を細めていた。
 アーレスの姿はぼろぼろだ。
 ミューとの戦いを経て、上に身につけていた青い外衣は、ただの切れはしとなって
いる。下の装備、銀色の胸当てや、鎖かたびらがうかがえる。
 なるほど、胸当てか……。
「たしかに……でかいかもしれない」
 真っ赤なポニーテールが横にひるがえる。代わりにあらわれた横顔から、小動物な
ら殺せるかもしれない目つきが、アシュに叩きつけられた。
「てめえ!」
「す、すみません!」
 ――なんであやまらなきゃならないんだろう。
 考えるよりも体が勝手に行動していた。生物に備わった防衛本能であろうか。
 そのせいか、ミューの怒りは地上へとぶつけられていた。
「バーカバーカ、いい気になるなよ! 私だってすぐにそのぐらいの体になるんだか
らな! こっちは若さまでついてくるんだからな……ちくしょーっ!」
 ほうきがすっ飛ぶ。背後に音をあげて衝撃波を放った。本日最高の速度に、アシュ
は悲鳴すらあげることすら許されなかった。ひたすら歯を食いしばり、しがみつくだ
け。



■この場面のプロット

・瓦礫の山から、なぜ魔王を復活させるのか問いかける女騎士。ミューは成熟した女
  騎士の体つきと、幼い自分の体を比較してから、教えてなんかやらないと言い放つ。
  高笑いを浴びせつつ、魔王が封印された宝石を奪い去る。

※豪快な戦闘シーン。
※アシュも突っこむだけではないことを示す。
※聖王都側の代表となる人物、女騎士を印象づかせる。
※魔王を復活させる理由を、少しだけ示唆する。


〔ツリー構成〕

【1139】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」ねっこ 2004/11/24(水)00:20 名無し君2号 (149)
┣【1140】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」あらすじ(800文字) 2004/11/24(水)00:22 名無し君2号 (1820)
┣【1141】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分(原稿用紙29枚) 2004/11/24(水)00:28 名無し君2号 (18303)
┣【1155】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分改稿(原稿用紙21枚) 2004/12/2(木)01:08 名無し君2号 (13785)
┣【1188】 『ろり魔女(仮)』プロット 2005/2/11(金)01:20 名無し君2号 (19780)
┣【1189】 2/11分、『ろり魔女(仮)』本文、No.1 2005/2/12(土)01:28 名無し君2号 (3822)
┣【1190】 2/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.2(8400文字) 2005/2/13(日)15:11 名無し君2号 (12180)
┣【1191】 2/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.3(文字) 2005/2/16(水)00:56 名無し君2号 (12167)
┣【1192】 2/16分、『ろり魔女(仮)』本文、No.4(7700文字) 2005/2/17(木)01:49 名無し君2号 (10266)
┣【1194】 2/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.5(5000文字) 2005/2/20(日)03:43 名無し君2号 (7975)
┣【1195】 2/21分、『ろり魔女(仮)』本文、No.6(10000文字) 2005/2/22(火)01:25 名無し君2号 (14776)
┣【1196】 2/23分、『ろり魔女(仮)』本文、No.7(6400文字) 2005/2/24(木)02:36 名無し君2号 (9828)
┣【1197】 2/25分、『ろり魔女(仮)』本文、No.8(5000文字) 2005/2/26(土)01:29 名無し君2号 (7024)
┣【1198】 2/26分、『ろり魔女(仮)』本文、No.9(11000文字) 2005/2/26(土)21:24 名無し君2号 (15477)
┣【1200】 3/1分、『ろり魔女(仮)』本文、No.10(3600文字) 2005/3/2(水)00:46 名無し君2号 (5197)
┣【1201】 3/3分、『ろり魔女(仮)』本文、No.11(3600文字) 2005/3/4(金)00:12 名無し君2号 (3416)
┣【1202】 No.11、ボツ版 2005/3/4(金)00:18 名無し君2号 (4173)
┣【1204】 3/5分、『ろり魔女(仮)』本文、No.12(4000文字) 2005/3/6(日)22:26 名無し君2号 (5763)
┣【1207】 3/8分、『ろり魔女(仮)』本文、No.13(16000文字) 2005/3/10(木)00:42 名無し君2号 (21483)
┣【1208】 3/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.14(17000文字) 2005/3/12(土)22:41 名無し君2号 (22201)
┣【1210】 3/14分、『ろり魔女(仮)』本文、No.15(5000文字) 2005/3/14(月)18:54 名無し君2号 (7682)
┣【1211】 3/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.16(9000文字) 2005/3/16(水)01:13 名無し君2号 (12155)
┣【1212】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.17(28000文字) 2005/3/20(日)17:01 名無し君2号 (35837)
┣【1213】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.18(7200文字) 2005/3/20(日)19:14 名無し君2号 (9870)
┣【1214】 『ろり魔女(仮)』全文統合版(124ページ、原稿用紙327枚) 2005/3/21(月)08:38 名無し君2号 (207911)

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