前の画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新の一覧〕 〔全て読んだことにする〕〔全て読んだことにして終了〕 〔終了

1207 3/8分、『ろり魔女(仮)』本文、No.13(16000文字)
2005/3/10(木)00:42 - 名無し君2号 - 4448 hit(s)

現在のパスワード



 ろり魔女(仮)No.13(16000文字)

 薄暗い室内に入ったとたん、アシュは懐かしさを覚えた。
 甘いなかに、どこか苦さを秘めた匂い。以前、いちどだけミューに連れられたとき
と、おなじ香が焚かれているのだと気づいた。
 ――あのころはまだ、ミューさまも普通の姿だったなあ。
 いまの自分よりも大きいぐらいだった。大人だった師を思いだしながら、ずかずか
と奥に入りこむ小さな背中を見守る。
「おーい、ルゼルー」
 闇を切りとって、ぼんやりと丸いテーブルが浮かびあがっていた。
 照らしだしているのは、上に置かれた丸い水晶球だ。その青い光は、周囲に並べら
れた椅子までしか届いていない。さらに外側に目をやっても、いろんな色の薄布が二
重三重にまわりを囲んでいるのが、うっすらと見えるだけだった。
 どこを見ても、人の姿はない。
 ちぇ、とミューが舌打ちをした。
「こんどはかくれんぼかぁ?」
 座るもののないテーブルへと近づいていった。静かに光る水晶球の上で、握り拳を
作る。
「とっとと出てこないと、暴れるぞ」
「あいかわらず乱暴だね……きみは」
 声はすぐ後ろから聞こえた。
 瞬時にアシュは振り返る。思わず腰の剣に手を伸ばしていた。そんなアシュの目に
飛びこんできたものは――
 白い山だった。ぷるるん、と震える。
「やあ……かわいいお弟子さん」
 皿にのった特大のミルクプリンの影から、女性が顔を出した。
 薄闇のなか、鮮やかなほどに肌の色が白かった。長い前髪をおでこの真ん中で分け
ている。くせのない黒髪が、顔の両脇を通って長々と垂れていた。背はアシュよりも
高い。かつてのミューとおなじくらいだろう。
「ひさしぶりだね、アシュ」
 塔の主人が、切れ長の目をさらに細めた。
 あ、ごぶさたさまでしたとアシュは返す。遮って、ミューが飛びこんできた。
「おひさしぶりじゃなーい! ルゼル、お前のせいで私はひどい目にあったんだぞ
ー! そこんとこ、わかってんのか」
「わかっているよ……すべて視てたから」
 よいしょ、とルゼルはテーブルの上に大きな皿を置いた。巨大プリンが横揺れを見
せる。邪魔だな……と呟き、こんどは真ん中にある水晶に手を伸ばした。
 両脇のやや離れた場所に手のひらを構える。まるで抱えるかのようなかたちをとっ
た。
 そのままで両手を上にあげる。
 触れてもいないのに、一緒に水晶球も持ちあがった。
 高々とルゼルは両手を掲げた。手から離れても水晶球は上がり続ける。空中に留ま
り、おだやかに下のテーブルを照らした。
 空いたテーブルの真ん中に、プリンの大皿を動かす。
「さあ、みなさん、どうぞ」
 勧められる前に、ミューはすでに椅子に座っていた。ゾーククラフトが続き、最後
にアシュがそろそろと腰かける。
 ルゼルは濃い紫色の、ワンピース仕立ての服をまとっていた。厚めのきらきらした
布地で、袖も裾も長く、ゆったりとしている。幅の広い、腕が三本くらいは入りそう
な左袖に右腕を差し入れて、なにやらもぞもぞと動かしていた。
 まず小皿が四枚取りだされた。
 ついで、プリンを取りわけるためのおたま。さらにスプーンが四つ。
「なんかきちゃなくないか、それ」
「ミュー、きみのようにおなかから出すよりは、ましだと思うよ」
 どっちもどっちだと、アシュは思った。
 ミューやルゼルが使っているのは、異次元へとつながる収納ポケットだ。大人の背
丈よりも長いほうきが入るほどに余裕があり、食器を並べられるほどに整頓が利く、
らしい。もちろんアシュは使えないので、具体的なことはわからなかった。
 そういえば……。
 塔に来るまでの道中、出会った三人の魔道士を思いおこした。
 鳥の仮面をつけ、体は黒い羽毛で覆われた男。とげ付きの全身鎧をまとった女性。
唯一表情がわかったのは、着ぐるみから顔を出していた少女だけだった。ゾーククラ
フトを魔王だと見抜けなかった魔道士たち。
 あの人たちは、どこに取り出し口をつけているんだろう?
 取り出し口はあるていど自由に変えられるらしい。ミューはおなかのポケットから
よくほうきなどを取り出したりするが、べつに服を着替えたからってポケットをつけ
替えたりはしない。新たな服のポケットをそのまま使っていた。どこを取り出し口と
するのかは、人によってさまざまだろう。
 しかし、鳥、鎧、きぐるみ。
 そもそも、本当に魔道士なのだろうか。彼らとくらべれば、師たちのほうがはるか
にまともだといえる……のだろうか。
「――こんなことやっているひまはないんだよな」
 しっかりとミルクプリンを三回おかわりしてから、ミューが言った。
「うむ。一刻も早く我の魔力を取り戻さねば」
 言いながら、ゾーククラフトは五回めのおかわりをしようと、おたまで白い山を崩
しにかかっていた。
 魔道士は甘いものに目がないのだろうか。
 そんなことを考えているアシュも、すでに二杯食べていた。
 たしかにそれだけのものはあった。濃厚なコクがありながら、ひかえめな甘みのお
かげか、後味はしつこくはない。つけあわせの香草がさわやかだ。
「これ、ルゼルさんが作ったんですか」
 目を糸のように細めて、静かにルゼルは微笑んでいた。
 彼女の前の皿はきれいなままだ。人が食べるのを眺めているが好きらしい。
「喜んでもらえたかな。まだあるけど、おかわりするかい」
 かん高い金属音がかきん、かきんとあがる。
「もういらーん。さっさと魔王の魔力がある場所を教えろい」
 皿をスプーンで鳴らしながら、ミューはぎろりとにらみつけた。
 ふふ……とルゼルが静かに笑った。
「まあまあ、落ちついて。これからちょっとお勉強をしなければ」
「ああーん? お前のヨタ話につきあってる余裕はな、こっちにはなー」
「アシュ。きみ、疑問があるだろう?」
 スプーンをくわえたまま、アシュは目をぱちくりとさせる。
「ひ、ひつもんですか」
「魔人がなんなのか、知りたがっていたじゃないか。つい、さっき、そこで」
 思いだした。
 となりでたまらぬ……と呟きながら、熱心にスプーンを口に運んでいる元魔王の、
『我も人なのだぞ』というひと言から生まれた疑問だった。
 ――でも、知りたがっていたの、塔の外なんですけど。
「そ、そうです。そもそも魔人って、なんなんでしょうか。魔人と魔道士って、なに
やら因縁があるような、関係があるような。そういえば……天空都市、えーと、ば、
ば?」
「ヴァルガ」
 ルゼルが助け船をだした。
「そのなんとかの話が出たとき、元魔王さんは『かつて魔道の中心だった』と言って
いました。でも魔道の中心ってことは……ミューさまやルゼルさんたち、魔道士の中
心ってことでもありますよね? どうして元魔王さんの口からそんな言葉がでたのか」
「少年、答えは簡単だぞ。我も元は魔法使いだったからな」
 六杯めに取りかかろうとおたまを持ちながら、元魔王がこともなげに言った。
 残ったプリンを総ざらいしているゾーククラフトを、アシュはまじまじと見つめる。
「だから勉強しろっていったじゃんか」
 ミューは両肘をテーブルについて、重ねた手に顎を乗せていた。
「でもな、いまはお勉強をしているひまはなーい。あとでじっくりと――」
「やらないだろう、きみのお弟子さんは」
 ルゼルの言葉はぴしゃりとアシュの胸を打った。
「いい機会じゃないか、ミュー。なんといっても……まず歴史を知ることこそが、魔
道士の修行の第一歩なのだから」
「う……んー、まあなー」
 ずりずりとミューの顔の位置が下がる。
「それに、きみたちはこれから、魔人を四人も相手にしなくてはならないのだろう。
魔人の特性を知ることは、闘わねばならない彼にとって大切なことだよ」
「べーつに。あいつらをかたづけるのは、ジジイにやってもらうもん」
「言われずとも。裏切り者どもの始末は我にまかせてもらおう」
 自信に満ちた笑みを元魔王は浮かべていた。口からはスプーンの柄が出ていたが。
「なるほど、魔王さんにまかせる。いいだろう。じゃあ、そのあとは……?」
 まるで覗きこむかのように、ルゼルが目を細めた。ぺたんとテーブルに頬をつけて
いたミューは、口の端を曲げながら見返している。
 ふたりの様子を、アシュはちらちらと見やった。
 ――その、あと。
 魔王の魔力を復活させて、配下を倒して、そしてそのあとは……。
 そうか、と気づいた。
 完全復活してしまった魔王はどうするんだ?
 ミューの唇が、への字になった。
「アシュ!」
「は、はい!」
 まだテーブルの上でだらりとしているミューに向かって、アシュは真っ直ぐに背筋
を伸ばした。
「知っている範囲でいーから、答えてみろ。そうだなぁ、まずは」
「私たち魔道士と、聖導師について、でどうかな」
 ルゼルの勧めを、ミューは顎をしゃくって受け入れた。
「はい。ええと」
 アシュは瞳を宙に泳がせる。
「魔道士と聖導師は、もともとはおなじでした。ただの魔法使いだったんです」
 まわりの反応を確かめた。とくに変化がないのを見て、続ける。
「それがあるとき、当時のえらい人……権力者さん、ですか、その人たちが弾圧を始
めます。追いつめられた魔法使いは、ふたつの道を選ばざるを得なくなりました。権
力者の手から逃れるか、それとも従うか」
 ミュー、ルゼル、ゾーククラフト、全員がアシュに視線を集めていた。
 ――もっとしっかり、勉強しておけば。
 唾を呑みこむ。
「え、ええと――逃れて、ここ、異次元に魔道協会を作ったのが、ミューさま、ルゼ
ルさんたち、魔道士です。で、権力者に従い、当時の王を――その、聖王として、聖
導師会を作ったのが、いわゆる聖導師たちです」
 拍手が起こった。
 手を叩いていたのはルゼルだった。ミューは『当然だろ』といった醒めた目つきを
して、ゾーククラフトはにやにやと笑っていた。
「なるほどな。我が封されてから、世のなかはそんなことになっておったのか」
 笑いながら皿を持ちあげ、ぺろりと残った汁を舐めた。
 ルゼルが拍手を止める。
「うん。ちゃんとわかっているじゃないか。じゃあ、どうして魔法使いが、当時の権
力者たちから弾圧を受けたのかはわかるかな?」
 う。
 アシュはミューを見た。三角形になった目でにらみ返された。
「ま、お前はそんなもんだよなー」
 じろりとルゼルを見やる。
「ルゼル。お前もさ、わかっているくせに訊くなよ」
 ふふふ……とルゼルは笑う。
「いじわるだったかな」
「ったくよー。アーシュー、となりにいるだろー、その原因がよー」
 となりを向くと、汁を舐め終え、皿から顔を外した元魔王にぶつかった。
 微笑みながら視線をミューに戻す。
「やだなあ、ミューさま。冗談がすぎますよ」
「んがっ! 嘘ではないぞ、少年!」
 元魔王は皿を荒っぽく置いた。
「残念だけどさー、ホントなんだよねー」
 ミューはテーブルの上に顔を置いていた。いまにも眠りそうだ。
「残念だけれど、そのとおりだよ」
 ルゼルは微笑んでいた。ひとり楽しそうに見えた。
「お前ら、その残念というのはなんなのだ」
「魔法使いはね、それなりに普通の人たちとうまくやっていたんだ……あるとき、こ
んなことを考えるものがあらわれるまでは」
「だから無視するなというに」
「彼らはこう考えた。『どうして、偉大な力を使える私たちが、魔法のひとつも使え
ない普通の人間どもなどと、仲良くしなければならないんだ?』。こうも考えた。
『力なきものは、力のあるものに従わねばならない』。だから彼らは挑んだ。……人
々に、戦いを」
 元魔王が鼻で笑いだす。
「くっく……そのとおりだ。魔法の使えぬクズ、そんな愚かものが王だなどと、まっ
たくもって片腹痛いわ。王の称号を抱けるのは、力あるもののみ。そう、偉大なる魔
の力を持った、我らこそがふさわしい。ゆえに我らは名乗ったのだ。魔道の王、魔王
とな」
 と、ゾーククラフトはおたまで、大皿に残ったプリンの汁をすくいながら語った。
おたまが皿に当たって、硬い音をたてていた。
「はぁ、そうですか」
 暖かくもなく冷たくもない、いわゆるなま暖かい笑顔をアシュは浮かべた。ぽん、
と肩に手が置かれる。ルゼルがうんうんとうなずいていた。
「気持ちはわかるよ」
「で、だ。とーぜんケンカを売られたほうは買うよな。でもさ、やっぱり魔法を使え
ないやつらじゃ相手にならねーの。普通の人間たちはボコボコなわけよ」
 つまらなそうにミューが続けた。
「それを見かねた一部の魔法使いが、人間たちの側に立った。彼らがともに戦ったこ
とで、双方の力はほぼ互角となった」
「互角などではないぞ。あのままならば我らの勝利であった」
 ぴちゃぴちゃ音を立てながら、ゾーククラフトはプリンの汁を舐めていた。
「そう……じりじりと形勢は魔王側に有利になっていたんだ。そこに、第三の戦力が
加わった。人間側にね」
「第三者って……か、神さまとか」
「バーカ」
 ミューは大きくあくびをした。目尻に浮かんだ涙をこする。
「そんなもん扱いするなよ……ジジババどもをさ」
「……ジジババ?」
「すべての魔法使いが、この争いに加わっていたわけじゃないんだ。むしろ戦ってい
たのは少数だと言っていい。人間を支配しようとする魔王側、人間の味方をする側。
でも、大多数の魔法使いは……我関せず、勝手にしろって立場だった」
「勝手にしろ、ですか。それは――」
 テーブルにつっぷしている師を、アシュはちらりと見た。
「なんだかわかるような」
「ふふ……そうだよ。私も含めて、本来、魔法使いというのは自分勝手なものだから」
 えーと? アシュは首を傾げた。
「自分勝手な魔法使いたちが、どうして普通の人間たちの味方になったんですか」
「決まっておる。勝利を目前とした我らに嫉妬したのだ」
「魔王の態度がクソ生意気だったからだって伝わってるけどな」
 歯ぎしりするゾーククラフトに、ぼそりとつっこむミュー。
「ともかく、彼らが参戦したことで、勝負は決した――かのように見えた」
 頬の横を垂れている前髪に、ルゼルは手櫛を入れた。
 切れ長の目で、すっとアシュを見つめる。
「追いつめられた魔王側の魔法使いたちは、驚くべき手段にでたんだ」
「いったいどんな――」
 問いかけようとしたアシュは、テーブルにへたっていたミューが、そのままの体勢
で手を動かすのを見た。
 人差し指が立つ。ゾーククラフトの顔面を指した。
「えいっ」
 指先から赤い光線が放たれる。光は、ゾーククラフトのおでこに吸いこまれた。
 ふっとぶ頭。
 首から上が、きれいになくなった。
「うあおあおっ! なにやってるんですか、ミューさまぁ!」
 椅子を蹴飛ばしながら立ちあがったアシュの横では、元ゾーククラフトが首から煙
をあげていた。残された体が、ゆらゆらと揺れている。
「ま、落ちつけ」
「これが落ちついていられますか! なんで、どうして……ああ……」
 にやにや笑うミューのとなりで、ルゼルまでもがにこにこと微笑んでいた。
「いくらなんでも、いきなり人を……魔のつく人ですけど、殺っちゃうなんて!」
「ほーら、始まったぞ」
 なにがそんなに楽しいんだろう、と思いながらアシュはミューの視線をたどった。
 目をひん剥く。
 煙をあげていた首のあたりが、なにやらぼやけていた。どんどん色は濃くなり、か
たちがはっきりとしだす。
 みるみるまに、皺だらけの顔があらわれた。
 ゾーククラフトは、皺だらけの眉間に、さらに皺を寄せる。
「いきなりなにをするのだ。驚くではないか」
「驚いたのはこっちです!」
 アシュは元魔王の顔面をひっつかんだ。
 たしかに触れた。本物だ。幻ではない!
「見てのとおりだよ、アシュ。それが『魔人』なんだ」
 静かにルゼルが語りだした。
「魔王側の魔法使いは、劣勢を挽回するために、己の肉体を変化させた。魔力を数倍
に増やし、筋力、持久力、反射神経、五感、すべてを強化した。なによりも恐るべき
は、そのとおり、不死身だということだよ」
 まじまじとアシュは白髪の顔を見つめた。手に力がこもる。
「い、痛いぞ、少年」
「たとえ肉体すべてを消滅させたとしても、残された魂が、大気中の魔力を元にして
肉体を再生させる。つまり、どうやっても殺せないってことなんだ」
「それじゃあ」
 ルゼルがうなずく。
「人から外れた魔の存在、ゆえに魔人。魔王とその配下の魔法使いは、全員が己の肉
体を変化させ、魔人と化した。それからはまさにつぶしあいだった……長い長い戦い
を経て、ようやく人間側の勝利で終わったときには、魔法使いの数はわずかなものと
なっていた」
 力なく、アシュは魔人の頭から手を離した。
 顔をしかめ、つかまれてた頬をさするゾーククラフト。それを見ているアシュのみ
ぞおちに、ずんと重いものが沈んできた。
「わかったかな、アシュ。どれだけ『魔人』が恐ろしいものか。きみたちがどんなも
のを相手にしなくちゃいけないのか」
 ふはあああ、と間の抜けた声が、部屋の緊張を壊した。
「そんなビビんなくてもいーよ。倒す方法はある。じゃなきゃ戦争、終わんない」
 体を起こしたミューは、大口を開けてあくびしながら、両腕を上げ、背筋を伸ばす。
「ひとつ。封印する」
 マントに手を入れ、銀の首飾りを見せた。
「ま、これはいまいちすっきりしないけど。もひとつ、魔人同士で戦わせる」
「元……」
 白い顎髭を撫でているゾーククラフトを見やる。
「……魔王さんに、戦ってもらうってことですか。でも、相手も不死身じゃあ」
「魔人にはさ、倒した相手の魂を吸収する能力があるんだ。ほれ、高位の魔法使いな
ら、死んだやつも魔法で甦らせることができるだろ」
「ええ! できるんですか」
「おーばーかーさーんー。できるの。いっとくけどな、私だってできるんだぞ……こ
んな体になる前だったら、だけどな。ちぇ」
 唇を尖らせる。
「私もできるよ。儀式に十日ぐらいかかるけど」
 少し自慢げに、ルゼルが微笑んだ。前髪が揺れる。
「んで、だ。倒してもいちいち復活するんじゃ、いつまでたっても埒があかないだろ
ー? 事実、そのせいで魔王たちとジジババどもの戦いは長引いたらしいし。だから
そんな、魂を吸収するなんて能力を持ったらしいけど……それを利用するのよ。魂が
なくなっちゃあ、いくら魔人だって復活できないってわけだ」
「な、なるほど」
 でも、とアシュは思った。
 そうして四人の魔人を倒すのはいい。
 ――そのあと、残った最強の魔人は、いったいどうするんですか?
 そんなことはまったく心配してない様子で、ミューはにへら、と笑った。
「気づいてるか、アシュ」
「え」
「魔王との戦争のとき、人間側に立ったやつら……途中まで、知ったこっちゃないっ
て立場だったやつら……なんか思い浮かばないか」
 人間側……我関せず……。
「あ」
「正解だよ、アシュ」
 静かにルゼルが椅子から立ちあがった。
「魔王を無事に封印したのちも、人間には、魔法使いに対する恐れが残った。やがて
恐れは、権力者による、魔法使いへの弾圧へと変わった。そして、人間側に立った魔
法使いは、聖導師として残ることを選び……我関せず、いわゆる自分勝手な魔法使い
は、さっさと逃げて、異次元に移り住んだ。それが私たち、魔道士」
 はあ、とアシュは長く息をはいた。
 ――だからミューさま、さっきからジジババ呼ばわりしていたんですか。
「人に歴史あり……ですねえ」
「そしてこの歴史は、魔道士がまず最初に学ばねばならない教えとなった。かつてど
んな戦いがあったのか。我々はどんな選択をしたのか。決して……魔人などにはなら
ぬように。魔法という強大な力を手に入れる前に、教訓として、ね」
「お前は覚えようとしなかったけどな」
 いやあ、とアシュは頭をかいた。
「だってぼく、そんな強大な力なんて縁がないですよ。魔法の才能、ありませんから」
「それはどうだろうね」
「え?」
 さて、とルゼルが両手を広げた。
 ゆったりとした袖から覗いた手が、頭上へ掲げられる。その先では、水晶球が静か
に光っていた。
「お勉強もすんだところで、いよいよ本題に入ろうか」
「ホントにいよいよだよ」
「必要なことだった。彼にも……きみにもね」
 ぐきぐきと首を鳴らすミューに、ルゼルは落ちついた口調で返した。
「魔王を封じたのは偉大なる始祖の魔法使いたちだ。彼らの施した強力な封印を解い
たんだ……魔力はほとんど底をついていたはずだよ」
「はいはい、おかげでだいぶ回復しました。だからさっさとやってくれ」
 薄くルゼルは笑みを見せた。
 水晶球に向かい、目を細める。ふ、と息を小さくはいた。
 腕を交差させる。長い袖が広がり、あたかも鳥が翼を重ねたかのように舞った。
「光あれ!」
 言葉とともに、水晶がまばゆく輝いた。
 ルゼルは重ねた腕を振りおろす。
 水晶の輝きが、ルゼルの動きにあわせて、光の帯となって飛びだした。ぐるぐると
螺旋を描き、ルゼルのまわりを幾重にも取りまいてゆく。
 重なっていた腕をルゼルは離した。両側に大きく開く。
 光の帯に指先を伸ばした。
 人差し指の触れたところが削られてゆく。なにかの文字のようにも見えたが、ア
シュには読めなかった。
 文字の刻まれた帯を、ルゼルはひょいっと手にとる。
 ふむふむとうなずいた。
「魔王の魔力の封された場所は……なるほど。これはアルハイム大陸だね」
「どこだ」
 身を乗りだしたミューに、ルゼルはにんまりと微笑み返す。
 手のひらを上にして伸ばした。ミューに突きつける。
「お前のせいでこんな不良品の魔王を復活させちゃったんだぞ! サービスしろよ」
「魔王は魔王だったじゃないか。間違ってはいなかったもの」
 ぎりぎりと歯を噛みしめるミューに対して、にこにこと笑っているルゼル。
「この守銭奴め……」
 言いながら、ミューは胸元に手を突っこんだ。
「ああ、それはダメ」
 上を向いていた手のひらが返り、ミューの顔へと広げられた。銀色の首飾りを取り
出そうとしていたミューの動きが止まる。
「なんでだよ。魔王を封じていた封具だぞ。レアだぞ、レア」
「ともかくダメだよ。ほかのものにしてくれ。なんなら……」
 アシュに向かって、意味ありげに目くばせした。
「それこそダメだ」
「三日でいいんだけど。ちょっと過保護じゃない?」
「うるさい。これがダメなら……うーんと」
 黒いマントの合わせ目を開き、ミューは両手をおなかに差し入れた。黒いワンピー
スにつけられたポケットをさぐる。異次元への格納ポケットだ。
 ルゼルは、ちら、とミューを見て、さらにちら、とアシュを見た。
 なぜか満足そうに目を細める。
「冗談だよ、ミュー。たしかに不完全に魔王を復活させてしまったのは、私の情報が
不完全だったからだ。特別にサービスしてあげるよ」
「そーれーがー、当たり前だろーが!」
「じゃあもうひとつサービスしよう。ミュー、きみは今回、必ずや元の姿を取り戻す
だろう。必ずだ」
 おなかのポケットから、とげ付きの鉄球を鎖でつないだ鉄の棒やら、指にはめて撲
殺力を強化する鋼鉄の板やらをつかみだしていたミューが、そのままで固まった。
「元の姿……だと」
 一緒に固まっていたアシュが、先に我を取り戻す。
「ミューさまミューさま! よかったじゃないですか! ルゼルさんがそうおっしゃ
ったってことは、もうぜったい間違いないですよ!」
 ふるふるふる、とミューは首を横に振る。
「し、信じないぞ。なにか穴があるに決まってるんだ。あのぶどうはすっぱいんだ!」
「ミューさま、落ちついてください」
「さらにサービスしてあげよう。例の魔人たちだけど、聖王都に向かったよ」
 え、と反応したのはアシュだけだった。ミューはなにごとかをぶつぶつ呟いている。
ゾーククラフトはなんのことかわからないようだった。
「えーい、もってけドロボウ、魔力が封印された地まで、送り届けてあげよう」
 光の帯に囲まれたままのルゼルが、ぐいと帯の外へと腕を伸ばした。
 手のひらから、光の輪が放たれる。
 輪は広がりながら飛び、人ひとりがくぐれるくらいの大きさになって、その場に留
まった。輪のなかが虹色に輝きだす。
「……ルゼル。お前、なにを企んでる?」
 開いた時空の扉を、ミューはにらみつけていた。手にしていたモーニングスターを
揺らして、鎖を鳴らす。
「なにも。そうそう、きみのお師匠さんには会っていかないのかい。淋しがっていた
よ。どっと老けたように見えた」
「エルフが老けるかバカー!」
 勢いよく鉄球を振り回し始めた。叫ぶ。
「嫌なやつを思いだしちゃったじゃないか……ううう、いくぞ、アシュ、そしてジジ
イ! さっさと魔力を取り戻して、さっさと呪いを解いて、さっさとバカ魔人どもを
ぶちのめして――」
 わかってるな、とアシュに鋭い眼光をぶつけた。
「いっくぞー! うらうらうら!」
 左手にメリケンサックをつけ、右手ではモーニングスターを振り回し、虹色に輝く
輪へと飛びこんだ。
「ミューさま……どこに行くのかもわからないのに」
「我の魔力! ふはははは、いまこそ取り戻すぞ!」
「と、ちょっと、元魔王さん、押さないで、うわあ」
 押されるままに、アシュとゾーククラフトも入った。
 輪が消える。
 残されたルゼルは、くすくすと笑いながら、食器の後かたづけを始めた。



■元のプロット

 情報屋
・螺旋状のエスカレーターが続く、変な建物。奥には情報屋がいる。文句をつける
  ミュー。適当にあしらう情報屋。
・魔王は肉体と魔力、それぞれべつの場所に封印されていると告げる情報屋。続きを
  せがむミューに、後は有料だと手を出す。ミューは指輪や腕輪等、アクセサリーを
  代金として渡す。
・魔王の魔力は、洞窟の奥深くに封印されていると映像を見せる。怖ろしい魔物が徘
  徊していること、最奥の封印は異形の魔物が守っていることを教えて貰う。
・おまけとして、魔王の配下が聖王都に向かったことを教えてくれる。まったく興味
  を示さないミュー。適当に聞き流して、封印の洞窟へと向かう。



■言い訳

 どうして上記のプロットで、こんなクソ長くなるのやら。
 説明するのが下手だからです。どういう世界なのかを説明して、これからどういう
展開なるのかを説明して。そんなことをやっていたらこの量。修行が足りない。


〔ツリー構成〕

【1139】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」ねっこ 2004/11/24(水)00:20 名無し君2号 (149)
┣【1140】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」あらすじ(800文字) 2004/11/24(水)00:22 名無し君2号 (1820)
┣【1141】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分(原稿用紙29枚) 2004/11/24(水)00:28 名無し君2号 (18303)
┣【1155】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分改稿(原稿用紙21枚) 2004/12/2(木)01:08 名無し君2号 (13785)
┣【1188】 『ろり魔女(仮)』プロット 2005/2/11(金)01:20 名無し君2号 (19780)
┣【1189】 2/11分、『ろり魔女(仮)』本文、No.1 2005/2/12(土)01:28 名無し君2号 (3822)
┣【1190】 2/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.2(8400文字) 2005/2/13(日)15:11 名無し君2号 (12180)
┣【1191】 2/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.3(文字) 2005/2/16(水)00:56 名無し君2号 (12167)
┣【1192】 2/16分、『ろり魔女(仮)』本文、No.4(7700文字) 2005/2/17(木)01:49 名無し君2号 (10266)
┣【1194】 2/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.5(5000文字) 2005/2/20(日)03:43 名無し君2号 (7975)
┣【1195】 2/21分、『ろり魔女(仮)』本文、No.6(10000文字) 2005/2/22(火)01:25 名無し君2号 (14776)
┣【1196】 2/23分、『ろり魔女(仮)』本文、No.7(6400文字) 2005/2/24(木)02:36 名無し君2号 (9828)
┣【1197】 2/25分、『ろり魔女(仮)』本文、No.8(5000文字) 2005/2/26(土)01:29 名無し君2号 (7024)
┣【1198】 2/26分、『ろり魔女(仮)』本文、No.9(11000文字) 2005/2/26(土)21:24 名無し君2号 (15477)
┣【1200】 3/1分、『ろり魔女(仮)』本文、No.10(3600文字) 2005/3/2(水)00:46 名無し君2号 (5197)
┣【1201】 3/3分、『ろり魔女(仮)』本文、No.11(3600文字) 2005/3/4(金)00:12 名無し君2号 (3416)
┣【1202】 No.11、ボツ版 2005/3/4(金)00:18 名無し君2号 (4173)
┣【1204】 3/5分、『ろり魔女(仮)』本文、No.12(4000文字) 2005/3/6(日)22:26 名無し君2号 (5763)
┣【1207】 3/8分、『ろり魔女(仮)』本文、No.13(16000文字) 2005/3/10(木)00:42 名無し君2号 (21483)
┣【1208】 3/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.14(17000文字) 2005/3/12(土)22:41 名無し君2号 (22201)
┣【1210】 3/14分、『ろり魔女(仮)』本文、No.15(5000文字) 2005/3/14(月)18:54 名無し君2号 (7682)
┣【1211】 3/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.16(9000文字) 2005/3/16(水)01:13 名無し君2号 (12155)
┣【1212】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.17(28000文字) 2005/3/20(日)17:01 名無し君2号 (35837)
┣【1213】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.18(7200文字) 2005/3/20(日)19:14 名無し君2号 (9870)
┣【1214】 『ろり魔女(仮)』全文統合版(124ページ、原稿用紙327枚) 2005/3/21(月)08:38 名無し君2号 (207911)

前の画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新の一覧〕 〔全て読んだことにする〕〔全て読んだことにして終了〕 〔終了

※ 『クリックポイント』とは一覧上から読み始めた地点を指し、ツリー上の記事を巡回しても、その位置に戻ることができます.