よみかく分室課題部屋

1007 生課題　NO８「歯医者でショック」

2004/6/22(火)18:25 - 津荒　夕介 - 9090 hit(s)

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　生課題　NO８「歯医者でショック」
　津荒　夕介
　

　友也はクラシックが流れる歯科の待合室で、頬をさすっていた。アイスがしみる左奥歯を、舌でつついてみる。やはり、つつく程度では痛くない。
　虫歯……なのかなぁ……。
　友也は腰を深くソファに沈めて、小学生の頃の虫歯を思い出す。右奥歯は、ただそれだけで痛かった。　
　その虫歯を境に、友也は歯を磨くようになった。だから歯医者に来るのは十年ぶりだ。
　歯を削る音が、唐突に穏やかな旋律を貫く。
　友也は眉をしかめて、ため息をついた。
「西藤様、お待たせしました」
　診察室につながる扉が開き、丸い襟の服に、エプロンをつけた歯科衛生士さんが現れた。厚い生地のその服は、嫌に色っぽかった。
「はい」
　友也は腰を上げながら、衛生士さんの可愛い笑顔を、頭に焼きつけるのだった。
　
　
　治療を受けている患者二人を通過して、一番奥の小さな診察室に通された。
　看護婦さんは椅子に座った友也にエプロンをつけ、しばらくお待ち下さいと言い残すと行ってしまった。彼女のお尻を見送った後、友也は一息ついてから、部屋を見まわした。
　診察台は一つしかなく、かわりに重そうな黒いテレビと、サイズがばらばらの本が押しこまれている本棚がある。
　本棚の隣には机があり、ノートパソコン、顕微鏡、それから顔の人骨模型が置いてあった。少しごちゃついていのが、いかにも医者って感じだ。
「おまたせ」
　声が聞こえて、あわてて視線を前に向ける。
　椅子がきしむ音を聞いてから、友也は右を向いた。
　白衣を着た女医が座っていた。すっきりとした黒髪で、丸く小さい眼鏡が知的に光る。
　うわ……すげ、らっきー……。
　友也は笑顔になりそうになるのを、必死にこらえた。
「それじゃ、見ましょうか。上げますよ」
「あ、はい」
　答え終わる前に、椅子は動き出した。足が持ちあがり、背中が倒れる。ベッドに寝ているのと似たような姿勢になった。
　頭の右にマスクをつけた女医が、左に年配の衛生士が立つ。目の上にライトがやって来て、目を刺した。
「はい。あーして」
　女医は、銀の棒を友也に近づける。
　彼は言われた通り口を開けた。開けながら、なんだかちょっと泣きたくなった。美人の前で、一番間抜けな面をせにゃならんとは……。
　女医の薄いゴム手袋に覆われた指が、容赦なく唇をひっぱる。ゴムのなんとも言えない味が広がって、眉をしかめたいところだったが、平然を装った。
　女医の顔が近づく。
　……まいったな。
　友也は眼のやり場がなくて、しかたなく目を閉じた。
　口の中には、先に小さな鏡のついた銀の棒と、先端から水の出る棒が入っている。虫歯の具合を見ているのだろう。
　ふと――右の耳の横に、温かいものが触れた。なんだかやわらかい……。
　おわっ、うお……。
　友也は少しにやける。唾が大量に出てしまった。
「……もっと大きく」
　にやけたせいで、口の開きが甘くなったようだ。急いであごに力を入れなおした。
　しばらくして診察が終わり、椅子を元に戻された。友也はぬるい水で口をゆすぐ。触られたからか、歯が浮いているような、妙な気分だった。
　女医は後を向いてカルテを書いていたが、すぐに立ちあがって、机から歯の模型を持ってきた。
「ええと、西藤さん？」
「はい」
　さすがに真剣になって、友也は手と手を握り締めた。
「虫歯は、ないですね。……綺麗でした。歯茎の状態も悪くありません」
「そうですか。それは良かっ……」
「ですが――ここ」
　女医は歯の模型を、器具がおいてある台に乗せる。そして右の奥歯を指した。
「ここ。冷たいものを食べるとしみるんですよね？　さっき水を当てたときも痛いって言ってましたし」
　友也は瞬きする。
　虫歯がないのなら、もう問題は、ないではないか。
「……はあ、そうです。でもちょっとだけですよ。痛くて寝れないーとか、そんなこと全然ですから」
「眠れないようなら完全に手遅れです……。いいですか、この奥歯一帯は知覚過敏になってるんです」
「あー……あ――しってます。テレビでよく言ってますよね」
　友也は微笑んで答えた。
　歯磨き粉のＣＭで聞いたことのある単語だ。詳しくは知らないが、歯磨き粉で治る程度の病気らしい。大したものではないだろう。
「こほん」
　医師は軽く咳きばらいして、眼鏡を押し上げる。
　彼は慌てて口を引き締め、背筋をのばしてみせた。
「西藤さんの場合、知覚過敏は初期症状です。放っておけば悪化して歯が抜けます」
「え？」
「奥歯の噛み合わせが悪いんです。いいですか」
　言って彼女は歯の模型を持つ。
「奥歯は普通こんな風に噛み合わさります。が、西藤さんの歯は」
　模型の上を少しずらして、下に合わせた。下の歯に上の歯が被さるように重なる。
「こういう感じなんです。この噛み合わせのせいで、横からの圧力が歯にかかってしまう。それで歯の根元が露出し、知覚過敏になってるんです」
「……はぁ」
　女医が何を言っているのか、イマイチわからなかった。歯が抜けるなんて、なにやら大変なことになっているらしいのだが……。
　ああ、だがまて、知覚過敏は歯磨き粉で治るんじゃないか。
「でも先生。それって歯磨きで治るんですよね？」
　女医は怪訝な顔をして、
「……治りませんよ。現状維持がせいぜいです」
「え、え？」
「実感がわきませんか。それじゃあこれ持ってください」
　小さな手持ち鏡を持たされる。
「鏡を口の前に持って来てください」
　椅子が倒れ、ライトがつく。先端に小さな鏡のついた棒が、口に入ってきた。彼が手に持つ鏡に、口に入った小さな鏡が反射して自分の口内が見える。
「見えますか？」
「ふぁい」
「……ここです。歯の先が急な斜面になってるでしょう？　噛み合わせが悪いために、歯が削れてるんです」
　友也はじっと鏡を見つめる。
　鏡には毎日見なれた、自分の口……。
　指摘通り――右下の奥歯は、横が鋭く削れていた。
　口から棒が抜かれ、椅子が元に戻り始める。それと同時に、友也はじわじわと現状を理解していった。
「……先生」
　トーンの落ちた声で訊く。
「これ、治るんですか？」
「治します」
　医師は当たり前だと言わんばかりに、即答した。

　描写で書こうとしたもの。
　１　主人公が、調子にのっている様子。
　２　主人公が、一気に落ち込む様子。
　３　医師の美人な感じ。
　４　舞台が、歯科である感じ。

　歯医者
　葉崎　怜
　歳　２８歳　
　趣味　音楽鑑賞・読書
　彼氏は、いる
　真面目
　小学生の時、折れた歯を治してもらって、歯医者になりたいと思うようになった
　眼鏡

　主人公
　後藤友也
　歳　１６歳　高校生
　趣味　漫画とゲーム
　調子に乗りやすいが、小心者。
　ほとんど、津荒自身です。
　