よみかく分室課題部屋

997 生課題　NO７「ゲームセンター・美人」

2004/6/10(木)17:31 - 津荒　夕介 - 8345 hit(s)

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生課題　ＮＯ７
　津荒　夕介

　良治はゲームセンターの前に立っている。
　高校からの帰り道にある見なれたそこからは、騒がしい音が漏れていた。無計画に貼られたポスターが邪魔で、中は見えない。
「……よし」
　背中を真っ直ぐにしてから、自動ドアの前に立った。
　ドアが開く。音が一気に大きくなって、耳が馬鹿になった。クーラーの空気で、呼吸が楽になるのを感じながら、苦笑する。
　入り口の近くにはクレーンゲームなどの大型ゲームが置いてある。学生グループが二つ、そこで遊んでいた。横を通ると、笑い声がかすかに聞こえる。が、気にしない。良治は奥へと歩いていく。
　格闘ゲームの筐体が並んでいる場所についた。客は三人しかいなかった。
　通路にはみ出した椅子を、膝で蹴散らしながら歩く。デモとして自動で闘っているキャラクターが、今日は愚かに見えた。
　スキンヘッドの店長に手で挨拶してから、目当ての筐体に座った。最近入ったゲームで、近頃はこいつばかりをやっている。
　へこみだらけの灰皿をどけて、財布から出した五十円玉をゲーム機に入れた。手が勝手にキャラを選ぶ。これからしばらくは、序盤の敵が相手だ。気合を入れる必要はない。
　良治は画面の奥を見つめていた。
　――昨日、彼は後輩の女の子に告白した。同じ部活の彼女は気さくな性格で、一緒に映画を見に行ったこともある。
　彼女は自分のことを気に入っている。つきあってくれるに決まっているさ。半ば、確信していた。
　「一晩考えさせて」そう言って別れた彼女の返事は、今朝メールで返ってきた。
　目を閉じる――。
　長いため息が出てしまう。
　と、ゲームが派手な音を出した。目を開けると、誰かとの対戦モードに入っていた。
　唇をなめる。対戦は望むところだった。
　今日ゲーセンに来たのは、習慣からではない。得意のゲームで誰かを負かし、気分を明るくするためなのだ。
　相手のキャラ選びが終わった。
「いくよー！」
　向かい側から声がした。女にしては低い声で、少し掠れている。常連客の佐久間に違いない。
　良治は眉をしかめる。
　彼女は強い。かつて格闘ゲームの地区大会で、決勝戦を争った相手である。勝てるかどうかは、わからない。
　ゲームが始まる。
　最初の一手を佐久間に取られてしまった。隙のない攻撃が続く。コマンドを駆使して、どうにか逃げる。
　しかし、反撃に転じることができない。すぐにペースを奪われてしまう。
　集中する気力が足りなかった。
　指がもつれ、リズムが狂う――。
「くそっ！」
　ボタンを拳で叩いた。
　結果は２対０の完敗。最悪の結果だった。
「荒れてるねー」
　筐体の横から、顔が生えた。つややかな黒髪が垂れて、汚い床に触れそうになる。やはり佐久間だった。
「……」
　良治は視線を落とす。
　気分は軽くなるどころか、余計に重くなっていた。
　もっと弱い相手だったら勝てたのに……。佐久間の強さが、今日ばかりは憎たらしかった。
「なんかさ、弱くなってない？　遠慮しなくてもいいよ。あたしこれ結構やりこんでるからさ」
　佐久間が、前に立った。
　言い返そうと思って顔を上げると、ティーシャツを引っ張っている彼女の胸が目に入る。気恥ずかしくて、そっぽを向いた。
　佐久間がしゃがんで、目の高さが同じになる。彼女は右手に持っていたタバコを薄い唇に挟むと、にっと笑った。
「次は本気だせよー」
　良治は彼女から目線を外す。
　何度と戦っても、佐久間に勝てる気がしなかった。勝てないのなら、家に帰って寝るべきではないのか。負け続ければもっと辛くなるに決まっている。
「今日はそんな気分じゃないんだ。悪いな」
　立ちあがって、背を向ける。
　歩き出そうと足を上げ――降ろせなかった。手首を柔らかい何かが、しっかりと握っている。
　振りかえると、佐久間の笑顔。犬歯が覗くそれを、今は好きになれなかった。
「よぉし、それじゃ元気の出るプレゼントをあげましょう」
　佐久間が歩き出す。良治は段差に転びそうになりながら、後をついていった。
　握られているといっても、女の力だ。逃げることはたやすい。だが良治は、逃げなかった。逃げようとすれば、佐久間は騒ぐだろう。この場所で、面倒は起こしたくなかった。
　クレーンゲームの前で佐久間は立ち止まった。熊やら、狐やらのぬいぐるみがケースの中につめこまれている。
「どれがほしい？　好きなの取ってあげる」
「……」
　良治は犬のぬいぐるみを指してやった。別に欲しいわけじゃない。おせっかいな佐久間を困らせてやりたかったのだ。
　犬は他のぬいぐるみの下敷きになっている。簡単には取れないだろう。取れたとしても千円近く使うに違いない。
　佐久間の悔しがる顔を想像する。良治はそれを鼻で笑った。
「わんちゃんね……」
　佐久間はタバコを灰皿で潰し、笑みを消した。ゲーム機から流れる気の抜けた音楽には、全くそぐわない表情だった。
「……三枚ってとこかな」
　ぼそりと言って、彼女はジーパンのポケットに指を入れる。三枚の百円玉を取りだして、全てをゲーム機に入れた。
　良治は少し離れて、腕を組む。
　一回目。犬の上にあった二つの人形を、見事横に転がした。クレーンが犬に届くようになる。
　二回目。佐久間は、犬ではなく横にあったヘビを狙った。良治は驚いてケースの中を凝視する。しばらくしてわかった。わずかだがヘビは犬に接触していたのだ。ヘビは途中で落ちてしまったが、位置が変わった。
　そして三回目。アームは犬を抱いた。
　呆然とする良治に、佐久間が犬を投げてよこした。少しお手玉してからキャッチする。
「どう？　なかなかのもんでしょ」
「……あ、ああ」
　良治は自分が急激に恥ずかしくなった。
　せっかく心配してくれた相手に、自分は何をしたのか……。自分勝手な理由で憎んで、意地悪をしていた。
　涙が込み上げてくる。
　背中を向けていた佐久間が、顔だけをこっちに向けて言った。
「行こ」
　良治は頷いて、佐久間の後ろに続いた。

　描写したもの。

１　やさしく、あかるい、おねーさんな美人。
２　ゲームセンターな感じ。
３　落ち込んでいる主人公。

　気をつけたこと

１　キャラクターの心を正しく書くこと。