よみかく分室課題部屋

972 生課題NO４　「新古本屋での話。　その２」

2004/5/24(月)19:49 - 津荒　夕介 - 7531 hit(s)

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　生課題NO４
　「新古本屋での話。その２」　
　津荒　夕介
　　

　太った中学二年生――酒井正男は、全国チェーンの新古本屋の前で自転車を止める。
　肉がゆれる顎から、汗がぽたりと落ちた。酒井の青いティーシャツは脇の所が紺色になっている。肌に吸いつくようで最悪だった。
　彼は鎖状の鍵を自転車につけながら、粘つく唾を吐き出す。
　後輪を蹴り飛ばして、店に向いた。
　新古本屋――ブックオンは、趣味の悪い黄色で全体が塗装されている、長方形の一階建てだった。
　ため息をついてから、出入り口に立つ。
　自動ドアが開き、冷たい空気が噴き出した。
　体中を冷気が包む。熱が皮膚に浮き出し、飛んでいった。汗がひんやりして、背筋が爽快になる。思わず、にやりと笑ってしまった。
　店内には歌が流れていた。最近ラジオで良く聞く歌で、レンタルしようと思っていたものだった。
　「いらっしゃいませー！」が、広々とした店のいたる所から聞こえてくる。
　酒井はむすっとしたまま、少年マンガの棚に向かった。体からはみ出ている肉を考慮した動きで、立ち読み客を避けていく。
　目当ての本を見つけた彼は、唇を舐めた。指をズボンの右前ポケットに差し込む。残金から何冊買えるかを確認するつもりだった。
　指先はすぐに何かに当たり、酒井はそれを取り出した。
　が――ポケットティッシュだった。
　唇を尖らせて、もう一度ポケットに指を入れる。だが、何にも当たらなかった。
　指を抜いて、上からポケットを見る。財布が入っているとは思えない薄さだった。
　舌打ちしてから、残りのポケットも調べる。……やはり見つからない。
　少し考えると、思い出した。
(あー……玄関に置きっぱなしか……ちくしょう)
　回れ右をしかけた時――笑い声が聞こえてきた。少年達の声で、馬鹿っぽい声だった。
　酒井は急いで、本棚からマンガ本を取り出す。真ん中辺りを開き、読んでいる振りをした。
　声は酒井の隣に立つおっさんの向こうで止まった。
　瞳だけを左に動かす。おっさんの体に遮られ、茶髪しか見えない……。
　と、おっさんが一歩下がった。
　本を物色している茶髪の顔が見えた。耳には棒のようなピアスをしていて、鋭い目をしている――
　酒井は目を見開くと、マンガに顔を埋めた。苦労して唾を飲みくだす。冷たい汗が腹を通った。
（うそだろ……）
　茶髪のあいつは、小学生時代、彼をいじめた張本人なのだ。
　小学生時代の苦しい日々がフラッシュバックする。
　中学からは私立の学校だったから大丈夫だったが、もし見つかったら……！
　本を棚の一番近い場所に戻し、酒井は右を向いた。
　手を硬く握りしめる。足を素早く動かして、成人向けマンガコーナーに突っ込んだ。普段ならば恥ずかしくて目も向けられない場所だったが、今はどうでもよかった。――ただ前だけを見る。
　「ありがとうございましたー！」の声と共に、自動ドアが開く。その速度が、嫌に遅く感じられた。
　ブックオンを飛び出す。
　もつれる指で暗証番号を合わせるが、二回失敗した。
　この店には二度と来ないと心に決めて、酒井は全力でペダルを踏んだ。