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1239 3500字「ラブレター」(6時間)
2005/5/15(日)09:10 - 魚住雅則 - 2884 hit(s)

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「これ、キミがくれたの?」
 とつぜん校舎裏に呼び出したにも関わらず、篠崎先輩は放課後すぐにやって来てくれた。制服のポケットからのぞく封筒は、僕が彼女の下駄箱に忍ばせておいた手紙だ。
「あ、えっと、はい。僕です」
「そう……」 
 先輩のとまどったような表情を見るのが辛くて、だんだん視線が定まらなくなってくる。人気のないこの通路には冬枯れのケヤキと、降り積もった落ち葉がときおり風に流されているくらいで、僕らの他に人影もない。
 もっと告白用の雰囲気とかそういうのが必要だったんじゃないのか。よりにもよってこんな寂れた場所でなくとも。体育倉庫の錆びついたドアが目に入り、いっそ中に逃げ込んでしまいたくなる。
 冷たいものが唇にあたる感触、しばらくしてそれが自分の指先だと気づいた。口を押さえるクセがいつから出ていたのか分からない。あわてて腕を下ろしつつ、拳で自分を殴りたくなる。ヘンな癖だと思われただろうか。いまの自分はどれくらい顔を赤くしているだろうか。誰でもいい、この数分間の僕を消してくれ。やり直させてくれ。
「それで、」
 先輩が本題を切り出してきた。顔を見ていることもできなくて、先輩のタイリボンに視線を固定する。嫌な想像しか浮かんでこない。今にも、ごめんなさいと頭を下げられそうな。
「これが、返事なんだけど」
 右手が制服の胸ポケットにもぐり、すぐに差しだされた。その指に挟まれていたのは細長い紙。まるで映画のチケットのような――え? これはまさか、アレですか? デート、ですか? OKってことですかマジですか。
「あ……」
 半開きの口からは掠れた声しか出なかった。のどが乾いて息をするたび痛い。ただ、顔をあげて篠崎先輩を見つめた。
 さっきまで目を合わせることもできなかったのに、今はひたすら彼女の仕草を追いかけている。
 少しだけうつむいて、じっとチケットに視線を注いでいる篠崎先輩。頬にかかった髪を指先ですくいあげ、耳の後ろに流す。長いまつげが小刻みに震えている。頬にはほんのり赤みがさしていた。
 いまが現実なのか分からない。というか、このさい夢でもいい。ずっと覚めるな。それでもうぜんぜんオッケーだ。神様愛してる。ケヤキも愛してる。みんな愛してる。
 僕は震えの止まらない指をチケットに近づけていき――その腕を力強く、捕まれた。
「捕まえた」
「へ?」
 彼女がさっと顔を上げ、僕を見返した。うってかわって鋭い光をたたえた瞳に射抜かれる。
「なかなかの役者ね。わたしに目をつけただけのことはある」
 唇の端をつりあげ、挑戦的な笑顔を浮かべる篠崎先輩。えっと、すみません何がなんだか。
「とっくにわかってるのよ。で、仲間はどこに隠れているの? あ、もしかして体育倉庫? さっき見てたもんね」
「いや、あの……わっ」
 篠崎先輩は僕の腕をつかんだまま、強引に体育倉庫の方向へ引っ張っていく。細い腕には意外なほど強い力がこもっていたが、それよりなにより先輩に腕を捕まれていることに理性がついてこない。ぶっちゃけ嬉しい。嬉しくて死ぬ。嬉死。
 がしゃんがしゃんとドアを引いたり押したりして鍵がかかっていることを確かめていた篠崎先輩だったが、ひとしきり暴れて納得したらしい。くるっと振り向いてまた笑顔。
「まあ、当然フェイクよね。バレバレだもの。わかってたけど、一応ね」
 眉毛がぴくぴくと動いていた。ひょっとすると動揺してるのかもしれない。
「もしかして、イタズラとかそういうことを疑われてるんでしょうか?」
「んなワケないでしょ」やれやれと首をふる先輩。
 安心した。じゃあ何だというんだろう。まあこの状況に嬉しさも感じているのだけれど。
「イタズラなんて低俗なもんじゃない。れっきとした真剣勝負よ!」
 ずびし! と音がしそうな勢いで指をつきつけられた。
 ……マジすか。
「まさかミステリ研部長に就任した直後、このタイミングで挑戦状を受け取るとは思わなかった。よくうちの内情まで調べたわね。褒めたげる」
 おもむろに人差し指と中指でポケットの封筒をつまみあげ、裏返しにしてみせる先輩。
「でもね、差出人にこんな名前書いてよこすなんて、いくらなんでも馬鹿にしてない?」 
 彼女が指さした先、その差出人欄にはこう書いてある。
 ――横溝正司。
 先にことわっておくが僕の本名だ。父が有名な推理作家をもじってつけたらしい。つまり、
「この名前から判断して、ええと、挑戦状だと?」
「ロコツなおびき寄せよね。あなた見たところ推理研でもないようだけど、同好会?」
 膝が、がっくりと折れた。
「まあ何でもいいわ。どういうルールか知らないけど受けてたつ……って、どうしたの? どこか痛いの?」
 頭上から篠崎先輩の声がする。ありがたいけど僕は地面を凝視するのに忙しくてそれどころじゃないのです。希望は、希望はどこに落ちていますか。あ、アリンコだ。君も大変だな。落ち葉とか通行の邪魔だったらどけようか?
「大丈夫?」
 耳に息がかかりそうな近さ、気遣いのこもった声。いつのまにか僕の隣にしゃがみこんでいた先輩が、心配そうにこちらをみていた。さっきまで勝ち気に上がっていた眉尻がいまはちょっと下がっている。
 冷たい両手のひらで頬をはさまれ、じっと目をのぞきこまれる。「保健室いく?」
「あ……え……」
 まただ。顔が瞬間沸騰する。ああ、そうだよ。僕は逆らえない。篠崎先輩に逆らえない。
「ゆ、油断しないほうがいいですよ」
「え?」
 今度は先輩が疑問符を出す番だった。
 僕は一瞬だけ躊躇したあと、ついさっき生まれたばかりのアイデアを口にした。
「このヘタな演技で、あなたの注意を引きつけているのかもしれない」
「なっ」
「はい。罠だったらどうしますか? ということです」
 篠崎先輩は目を見開き、上半身を後ろにそらせた。
「わ、罠なの? ってホントに罠だったらこんなこと聞いてる時点でアウトじゃない!」
 精一杯の努力によって皮肉げに細めた目を先輩にむける。
「いえ、今回のはただの宣戦布告ですよ。本公演は次の機会にご期待あれ」
 ああ、焦っている先輩も可愛いなあ。と内心で思っていることは悟られないように。 
「む。いいわ。正式に受けて立ちましょう」
 前髪をかきあげ、しっかりと僕を視界の中心におさめて宣言する先輩。 
「ひとつだけ言っておきたいことがあります」
「ん? 何かしら」
 ぼくは彼女の目をまっすぐ見つめて言う。
「横溝正司は、僕の本名です」
「ほんと?」
 はい。本当です。それが、きょとんとして小首をかしげている先輩を見れて幸せな、あなたのライバル(本日就任)の名前です。
 僕はサイフの中身を思いうかべる。今日の帰りは本屋によって、ありったけの推理小説を買いこむつもりだ。


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