よみかく分室課題部屋

945 １０００字課題、５／１１分、Ｎｏ．１２７「ノラ少女」（３６００文字）

2004/5/11(火)14:09 - 名無し君２号 - 8078 hit(s)

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Ｎｏ．１２７
題名：ノラ少女（３６００文字）

　女の泣き声にも似た、コヨーテの遠吠え。
　哀しげなその鳴き声は、土ぼこりの匂いに満ちたこの納屋にも飛びこんできていた。
　ひび割れ、薄汚れたままの窓ガラスを通して、さえざえとした月明かりがなかに差
しこんできている。青白い光に浮かびあがった道具たちは、すでにがらくたになって
しまっているようだ。錆びきった藁用の大きなフォーク、車輪の外れた手押し車、な
にが入っているかもわからない麻の袋、そのほか、机だのタイヤだの缶だのが、ご
ちゃごちゃと押しこめられている。
　コヨーテも鳴くのに飽きたようだ。
　静けさが訪れて――こんどは規則的な呼吸音が聞こえてくる。
　遠い場所からではない。すぐ近く、この納屋のなかだ。
　部屋の隅で、影がかすかな動きを見せていた。
　呼吸音にあわせて、輪郭が膨らみ、縮む。うずくまっているらしい生き物は、人ほ
どの大きさがあった。
　いきなり影が起き上がる。
　まるで山猫のような姿勢で、四つんばいのまま頭を高くもたげていた。ふたつの目
が、にぶく光を反射している。
　視線は木の壁を捉えていた。壁自体というよりは、見えないはずの向こう側を睨み
つけているといった感じだった。ゆっくりと、頭ごと視線を動かしてゆく。
　扉を向いて、動きは止まった。闇のなか、ぼんやりとしか見えない扉を凝視してい
る。ぴくり、と体を震わした。
　軋みながら扉が開く。同時に影はその場に伏せる。
　隙間から入ってきた穏やかな光が、納屋に満ちていた薄闇を切り裂いていった。蒼
い夜を背中にまわして、草地の広がる外からやってきたのは、金色の髪を持つ、まだ
あどけない顔つきの少年だった。
「いるかい。ぼくだよ」
　なかを伺いながらの少年の問いかけに、おそるおそるといった様子で、影が起き上
がった。ジーンズに水色のシャツを着た少年の姿を、じっと見つめている。
　少年はほっと息をつき、影に微笑みかけた。
「おなか空いたろ。ちょっと待ってね」
　彼は、左腕になにやら白い布で包んだものを抱えていた。その指先にはランプが引
っかけられている。屈みこんで、乾いた土に汚れている床に、ランプを置いた。
　擦る音。マッチに火を灯した。
　揺らぐオレンジ色の光に、影の顔が、うっすらとだが浮かびあがる。
　ぼさぼさの長い黒髪の下には――人の顔があった。それも、少女の顔が。
　彼女はつりあがった瞳を大きく見開き、小さな鼻の下にある厚ぼったい唇を軽く開
いていた。どうも炎が気になるようだ。
　火のついたランプを置いたまま、少年はまず納屋の扉を閉める。ふう、とひと息つ
いて、四つんばいの少女に向きなおった。
「これでよし」
　ランプを拾いあげ、少年は奥へと進む。
　物と物とのすきまを、体を横にして通った。飛びだしている棒を屈んでくぐり抜け
る。途中でなんどかシャツを引っかけながらも、どうにか少女が待つ小屋の隅へと辿
りついた。
「今日はね、けっこうごちそうだよ……あ」
　少年は顔を背けた。その頬は赤い。
　ランプの灯りに、少女の体が照らされていた。揺れる灯火の下、彼女は揺れる影以
外、なにもその身にまとっていなかった。白い肌が、ぬらりと浮かびあがっている。
「ご、ごめん」
　なるべく少女を見ないようにしながら、少年は抱えてきたものを床に広げた。白い
布につつまれていたのは、パンにコーンの山、それとローストビーフだった。金属製
の水差しと、木のコップもある。
　少女が鼻をひくひくとうごめかした。まじまじと食べ物を見つめている。体も揺す
り始め、どうにも落ち着きがなくなった。
「ほら、食べていいんだよ」
　その言葉が終わるより早く、少女は手を伸ばしていた。赤い断面を覗かせている肉
をひっつかむと、口元に持ってゆく。音を立てながら食べ始めた。
　四つんばいで次々に食べ物を平らげてゆく少女を、少年はそっと横目で見つめてい
る。
「ゆっくり食べなよ。喉につまるよ」
　しかし少女の勢いは止まらない。肉をすべて胃の中に落としこむと、コーンを両手
ですくってむさぼり喰らう。少年はため息をついて、水差しからコップに中身を注い
だ。白い液体が満ちてゆく。
「ミルクでも飲んで。はい」
　ぴた、と少女の動きが止まる。
　素速い動きで少年の手からコップをさらい、両手でつかんであおった。口元から白
い筋が流れて、顎から首へとつたってゆく。
「あ、あ、だめだよ、汚しちゃあ」
　思わずといった動きで、少年が止めに入る。シャツの袖で、少女の口元から首筋ま
でを拭っていった。
　そこで少年は固まる。
　少女は顎をあげたままの体勢で、目をぱちくりとさせていた。
「……そうだよね。汚れたら拭かなきゃね」
　うつろな口調で呟いた少年の視線は、少女の胸元に注がれていた。
　揺れる影のなか、やけにはっきりとした輪郭は、ゆるやかな隆起を描いている。ラ
ンプの炎にあわせて、白い肌がゆらゆら、見えたり見えなかったり。
　少女の体からは、草と土の匂いが立ちのぼっていた。
　少年は唾を呑みこむ。あまりにも大きくて、少女がびくりと体を震わすほどだった。
　静かに少年は腕を沈めてゆく。少女の胸に近づくほど、小刻みな震えは大きくなっ
ていった。
　最後に、自分の体全身を震わして、少年は止まる。
　袖の部分が、少女の胸のシルエットを、わずかに押しつぶしていた。
　ぎこちなく上下させる。
　少女の唇が、かすかに開いた。
「う……」
「うわあ！　ごめんなさいごめんなさい！」
　いきおいよく少年は後ろに飛びすさり、そこにあった大きな箱にぶつかった。うめ
きながら後頭部を抱えて、屈みこむ。
　少女は軽く首をかしげ、きょとんとした表情で、痛みをこらえる少年を見つめてい
た。
　涙目になった少年は、素速く十字を切り、両手を組む。
「神様もごめんなさいぃ」
　少女は口をへの字に曲げながら見つめていたが、やがて顔を横に向け、残った食べ
物に襲いかかってゆく。噛みしめる音や啜る音に混じって、少年の懺悔はずっと続い
ていた。

時間：８時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・納屋らしさ（へえ）→そこそこ
・アメリカっぽさ（ふうん）→少年が外国人ってだけかも
・原始少女（ほほう）→裸ってだけかも
・少年の情けなさ（わはは）→成功
・えっちぽさ（うふふ）→モロはよくないと思った

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【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪