よみかく分室課題部屋

985 １０００字課題、５／３１分、Ｎｏ．１３４「隣の芝生が青く見えすぎちゃった」（６０００文字）

2004/5/31(月)16:00 - 名無し君２号 - 8513 hit(s)

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Ｎｏ．１３４
題名：隣の芝生が青く見えすぎちゃった（６０００文字）

　ふんふんふんと、なんとも楽しげな鼻歌だった。
　我が家へと続く道をゆきながら、直春は前方から流れる音色に耳を澄ましている。
夕陽の真っ赤な光のなか、奏でているのは妹の夏生だった。セーラー服姿のシルエッ
トが、逆光のなかでまばゆい。まわりの家並みや道路はあざやかなあかね色だという
のに、夏生の姿だけは薄暗かった。
　燃える日差しが目に染みて、直春は顔を伏せる。夏生の足元からは長い長い影が伸
びていた。ちょうど腰のあたりを直春は踏みつけながら歩いていた。黒い学生ズボン
の裾と、薄汚れたスニーカーの紐とを眺めてみる。
　無意識のうちに、鼻歌のリズムと歩調をあわせていることに気づいた。
　さっきから夏生が熱心に奏でているのは、女性ボーカリストの曲だ。たしか実力派
と呼ばれていたんじゃなかったかな。名前すらあやふやで、曲名だってまったく覚え
ていない。それでもテレビを見てれば、サビの部分はむりやりに覚えさせられてしま
うもの。
　普段なら頭のなかをすり抜けてゆく、毒にも薬にもならないミディアムテンポのそ
の曲が、なぜかいまこのときだけは、やたらと体に染みてゆく。
　おだやかな時間だった。。
　それも、無遠慮なはしゃぎ声が来るまでだ。直春の横を、ランドセルを背負った子
供たちが駆けぬけてゆく。巻きおこった風が頬をくすぐり、直春は肩にかけたスポー
ツバッグを、なんとなく持ち直した。苦笑色のため息をひとつ、顔をあげる。
　濡れたような瞳と、輝く黒髪が待っていた。
　夏生が立ち止まり、振り向いている。直春は何でもないような顔して、歩きだした。
妹のとなりに並び立つ。
「ごきげんだねえ、ホントに」
　へっへー、と夏生は笑った。手に持った長方形の袋を持ちあげ、振る。
「ありがとね、アニキ」
　それは大型ＣＤショップの袋だった。夕陽とおなじくらい赤いビニールが、四角い
かたちに、薄く盛りあがっている。直春はおおげさに肩をすくめた。
「おかげで、始まったばっかだっつーのに、もう今月ピンチだよ」
「だってそれはアニキが悪いんじゃん？」
　ふたりは並んで歩きだした。
「わかってるよ。でもな、おれもすげえ足痛かったんだぞ」
「ＣＤはもっと痛かったと思うよ」
　いたずらそうな笑みを、夏生は浮かべた。
「なんてったってバラバラ」
「床に置いてたお前も悪い」
「はいはい、ありがとうございました」
　わざと大きな音を立てて、直春は舌打ちする。
「兄に対する態度じゃねーよな」
　夏生は笑い声をころころと転がした。いきなり直春の腕にしがみついてくる。引っ
ぱられ、立て直す。生き物の重さが心地よい。
「へへっ。尊敬してますって」
「どーだか」
　たがいの輪郭をひとつに合わせたまま、ふたりは夕陽に向かって歩を進めた。
　どちらも無言で、のんびりと五〇メートルほども歩いたろうか。
　するりと、夏生が絡めた腕をほどく。急になくなった温もりに、直春は物足りなさ
を感じて、思わず自分の腕を撫でた。早く温もりを消すためなのか、それとも温もり
を残すためなのか、どちらなのかは直春にもよくわかってはいない。
　夏生はひとりでするすると歩いていった。立ち止まり、手をあげる。
「ねえねえ、アニキ、早く早く」
　近づいてみると、そこは児童公園の入り口であった。車両止めのためのＵ字型パイ
プが、互い違いにみっつ並んでいる。なかにはもうすでに夕闇が忍びこみ始めていた。
まわりを囲んでいる木々も邪魔で、子供がドッチボールをやるにも狭いだろう空間の、
すみずみまでを見通すことは出来なかった。
「なつかしいよねー、昔さあ、よく遊んだよね」
「まーな」
　生返事を返して、直春は歩きだす。
　すぐに止まった。振り向く。夏生はまだ公園の入り口に立っていた。
「どした？　早く帰ろーぜ。もう腹がぺっこぺこになっちまったよ」
「ちょっと寄ってかない？」
　げぇ、と直春は大げさな声をあげた。
「なんでだよ」
「いーからいーから、ほらほらほら」
　ぐいぐいと引っぱられて、直春は公園のなかに引きずりこまれた。
「おーまーえーなー」
　どん、と体が体に当たった。なんだ？　と直春が見ると、夏生は立ち止まり、訝し
げな表情でなにかを見つめている。
「おい、夏」
　夏生の見ている方向を見ようとした瞬間、いきなり突き飛ばされた。よろめきなが
ら、どうにか体勢を立て直そうとしたとき、また押される。たまらず手をついてバラ
ンスと取ると、こんどは頭を押さえつけられた。
「お前、これ」
　あげく口までふさがれた。もがもごむが。夏生の目が、沈黙を強いる。睨みかえし
て抵抗した。せいぜい不機嫌そうな顔をして、うなずく。そっと手が外された。
「なんのつもりだよ、おい」
　なるべく押さえて喋ったつもりなのに、夏生はしぃ、と人さし指を突きたてて自分
の唇に当てた。そのまま身を伏せたまま移動し始める。
　どうやら遊技用の壁に隠されたようだ。真横から見ても波うつ曲線を描き、真上か
ら見ても波うっている曲線の壁。たぶんコンクリート製だと思われる色とりどりの壁
は、子供の背丈ほどの高さしかなかった。こんなので遊んで、なにが楽しいのかは知
らない。壁の向こう側を夏生は覗きこんでいる。
　直春は夏生の頭の上から、そっと顔を出してみた。視線を追う。
　右側にブランコが見えた。制服姿の少女が座っている。漕ぐともいえない速度で、
ゆったりと揺れていた。制服は夏生のものとおなじだった。そのとなり、ブランコを
ぶらさげている脚部に、おなじく制服姿の男が寄りかかっている。
「うん？」
　男の顔に見覚えがあった。いつも無表情で、なにを考えているのかよくわからない、
あの顔つき。もっとも、女子から言わせればクールでかっこいいんだそうだが。
「アニキ、知ってるの？」
「男のほうはな」
　直春のクラスメイトだった。名前は高宮秋吉。とはいっても名前と、どれだけもて
るのか、ということしかしらない。挨拶を交わしたことすらなかった。かいつまんで
説明する。
「……高宮さん？」
「なんだ、知ってるのか」
「女のほうはね」
　彼女の名前は高宮芙由美というらしい。夏生のクラスメイトで、こちらはたまにお
話しぐらいはするらしい。異性に人気があるのは、秋吉とおなじだ。
　高宮。おんなじ名字。
「ということは、兄妹か？」
「かも」
　あらためて見てみる。遠目かつ薄闇に覆われているなかではあるが、たしかに似て
なくもないかもしれない。ただ、兄は普段と変わらず暗いままだが、妹のほうはころ
ころと表情を変えている。
「あんなに笑う子じゃないんだけど」
「へえ」
　それ以外、なんと答えていいのかわからない。
　高宮兄妹のおしゃべりは際限なく続くかのように見えた。ねじれた体勢に腰が音を
あげる。夏生の横に手をついた。結果的に、体をもたらせかけることになる。
「うわ、ちょっと、アニキ」
「いつまでこうしてるんだよ。覗き見趣味があったのか」
「わかってるよ……。芙由美が彼氏とデートなのかな、って思ったからさ」
　すこし言い訳がましい響きがあった。苦笑しつつ、直春は立ちあがろうとする。が、
すこし遅かったようだ。先に高宮兄妹のほうが動いた。
　いきおいをつけた芙由美が、ぽん、とブランコから飛ぶ。
　見事に着地して、こちらに背を向けた。両手を後ろで組み、秋吉に向きなおる。
　ひぃあ、と夏生が声にならない声を漏らした。
　直春も漏らしたかった。かわりに目を見開いた。
　夏生とおなじ制服の少女が、秋吉の胸のなかに吸いこまれている。ためらうことな
く、秋吉は抱きしめている。
「あれ、あれ、あれ……」
　いわんとすることはわかる。兄妹のスキンシップにしちゃ、ちょっと。しかし、直
春の思考が現実に追いつく前に、高宮兄妹はつぎのステップに移行していた。
　芙由美が秋吉を見あげる。
　秋吉の顔が、ゆっくりと降りていって――。
　また、夏生はひぃあああと声を漏らしていた。こんどは直春も漏らした。しっかり
ぴったり、高宮兄妹の輪郭はひとつに混じり合っていた。
　それからしばらく、直春は反射的に行動していた。
　時間にしてみればわずか数秒だったろうそのシーンを凝視し、ようやく終わった高
宮兄妹が、しっかりと手をつなぎながらこちらに向かってくるのにあわてて、それで
も音を立てず、うまくタイミングをあわして壁の向こう側に隠れることに成功した。
　ようやく我に返ったのは、まわりに植えられた木の隙間ごしに、高宮兄妹を見送っ
たあとだ。
「なんか……すごかったね」
「ああ」
　もうだれもいない道を見つめながら、直春は返した。
「すごかった」
　そこで、直春は夏生の二の腕を掴んでいたことに気づいた。あわてて離す。
「す、すまん。悪い」
「や、やだなぁ。いいよ、べつにさ」
　目と目を合わせて、あまりに間近にいたので、同時に顔を逸らした。同時に距離を
取る。
「は」
　はーはっはっは、と直春は笑った。どこかやけっぱちなのは自覚していた。夏生は
笑わない。うつむいていた。笑い声もしぼんでしまう。
「……帰ろっか」
「……そだね」
　高宮兄妹とおなじ場所から出ていった。仲良く手をつないでいたあちらと違って、
こちらの距離は微妙なままだったが。
　お互いの足音しか聞こえなかった。ときおり流れてくる夕食の匂いがわびしい。
「勘違いかも、しれないよな」
　直春は言ってみた。かなりの勇気が必要だった。
「……なにが？」
「ほら、あれだよ。目にゴミが入っていたとかさ」
「あ、ああ。あるね、あるね」
「だいたいにしてだ、ホントに兄妹なんて、わからないじゃん。たまたま名字が一緒
なだけかもしんないし、そうだ、いとことか」
「そ、そうだよね。うん、そうだ」
　無理矢理なはしゃぎ声は、やっぱり無理だった。直春は視線を落とす。夏生がさげ
たＣＤの袋が、なんとも頼りなげに揺れていた。そっとため息をついた。

時間：６時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・かわゆい妹（ほのぼの）→ぼちぼち
・仲よい兄妹（ほのぼの）→ぼちぼち
・夕暮れ、帰り道、公園（へえ）→最低限は
・覗き見（どきどき）→ぼちぼち
・なんか気まずい（どきどき）→成功

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【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪