よみかく分室課題部屋

974 １０００字課題、５／２５分、Ｎｏ．１３２「その手は食いませんから」（３５００文字）

2004/5/25(火)12:04 - 名無し君２号 - 8868 hit(s)

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Ｎｏ．１３２
題名：その手は食いませんから（３５００文字）

　道場のなかは薄暗かった。開けはなたれた窓や戸からは、外のまばゆい光が差しこ
んではいたが、広い道場のすみずみまでを照らすことは出来ないようだった。天井に
は蛍光灯も備えつけてあったが、明かりはついていない。
　黒ずんだ木の床の上で、ふたりの少年が対峙していた。
　片方の少年のほうがやや背が高い。ほっそりとしているが、空手着から覗いた腕に
は、しっかりと筋肉がついていた。逆立った髪や鋭い目つきのせいで、生意気そうな
印象を受ける。
　一方の少年は、五分に刈った丸い頭に太い眉のおかげで、逆に真面目っぽい。身長
のかわりに、腕や足はこちらのほうが太かった。
　どちらも、緊張に顔がこわばっている。ただひとりにやにやと笑っているのは、少
年たちの間に立つ女性だけだった。
　彼女は胴着ではなく、長袖のシャツにジーパンを履き、逆光のなか、しなやかな体
のラインを浮かびあがらせている。髪は後ろでまとめ、ポニーテールにしていた。
「カズ、トシ。覚悟はいーい？」
　視線が、カズのときには上背のある少年を、トシのときにはがっちりした少年を捉
えていた。
　カズが吠える。
「いつでもいいぜ、タコねーちゃん！」
　トシは静かに語る。
「お願いします、タコ先生」
　タコ姉さん――ちなみに名字が多古だからそう呼ばれている――は、化粧気のない
顔のなか、自然に赤い唇を、きゅっと引き締めた。
「ほい、はじめ」
　呑気な声のゴングと同時に、ふたりは構えた。
　カズは背を伸ばし、左足をやや後ろに引く。斜めになった体で、自然と右手が前に、
左手は後ろになる。
　トシは体をぐっと丸め、前のめりの姿勢になっていた。両腕を、顔を守るようにあ
げている。
　じりじりと間合いが詰まっていった。
　タコ姉さんは、口元に笑みを浮かべながらふたりを眺めている。
　――なかなか面白い。
　構えだけを見れば、カズは間合いをとって、離れた位置で闘うタイプ、トシは逆に、
接近戦に強いタイプに思える。道場での練習ぶりから考えても実際その通りなのだが、
トシは気の強い性格からか、あえて間合いを離そうとはしていない。
　物覚えがいいのはカズだったけど、さあて……？
　まず先にカズが動いた。
　下段蹴りを飛ばす。それほど威力は強くない。相手の出方を探るための蹴りを、ト
シは前に出て受けた。そのまま突き進み、一気に自分の間合いに持っていこうとする。
　カズは下がらない。
　立て続けに拳を放った。ガードをすり抜け、顔や腹に何発かが当たる。
　しかしトシは止まらない。細い目をさらに糸のようにして、カズのふところに潜り
こんだ。こうなれば、カズは長い手足がかえって邪魔をして、有効打を与えることが
できない。タコ姉さんは思わず身を乗りだした。
　カズの体が後ろにずれる。
　くの字のちょうど曲がった部分に、トシの拳がめりこんでいた。さらに二発、三発
と拳が叩きこまれてゆく。
「ゼァッ！」
　声をあげたのはカズだった。声とともに、膝をトシに突きたてていた。頬をかすめ
ただけだったが、さすがのトシも動きが止まる。生まれた隙を逃さず、カズは大きく
後方に退いた。投げた石が水切りするように、カズは板の上を跳ねてゆく。
「な、なめてた」
　ちくしょう、とカズはあえぎ、咳きこむ。それを見据えながら、トシは左頬を手で
ごしごしとこすっていた。タコ姉さんはカズを睨みつける。
「カーズ。あんたにそんな技を教えた覚えはないぞ」
　へへへっとカズは笑う。
「テレビ見て覚えた」
　タコ姉さんは顔をしかめる。
「もーそれ禁止ね。つぎにやったらおんなじ技をブチこんじゃるから」
　ちぇ、とカズは笑いながら舌打ちをした。
「かまわないですよ、べつに」
　トシの言葉に、カズの笑みは固まった。
「じゃないと、あっさり負けちゃうだろうから」
　またカズは笑みを浮かべる。ただし、こんどは獰猛な獣を思わせる笑みだった。
「てめえ……ちょっと調子にのりすぎじゃねえか。おれがホンキだしたらな」
「だしたらどうだい？　いつものように、ちょこまかと逃げ回ればいいじゃないか」
　カズの顔から血の気が引く。目と歯をむき出しに、体をわなわなと震わした。
　口元に笑みを浮かべているのは、タコ姉さんだ。
　――やるじゃん、トシ。
　侮っていたせいで、カズは痛い目を見た。普通ならばこれで冷静になり、いつもの
闘い方に戻るはずだ。ところがトシはそうさせない。挑発して、怒りに我を忘れさせ
た。これでカズはまた接近戦を挑むだろう。トシは自分の土俵で闘うことができるよ
うになる。
「その丸い頭、四角くしちゃる！」
　はたして、カズは真っ正面から飛びこんでいった。
　トシも前に身を乗りだす。ぶつかり合う一歩手前で、カズが身を沈めた。トシはガ
ードを固める。攻撃を食らいながら前進するつもりだろう。身を沈めたカズは、飛び
上がり――。
　ぽん。
　丸いトシの頭を、カズの手のひらが軽く乗った。そのままカズは、足を大きく開い
てトシを飛び越えてゆく。まるで跳び箱を跳ぶかのようだった。
　いきおいよく身をひるがえしたトシの目の前で、カズはにたにたと笑っていた。
「バーカ。んなみえすいた手に引っかかるかよ」
　思わずタコ姉さんは口笛を吹いていた。
「へっへっへーだ。おら、つかまえてみろよ、ハゲ」
　表情ひとつ変えず、トシは構えをとった。笑みを残しながらも、カズも構える。じ
りじりとふたりの距離が近づいていった。

時間：５時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・格闘シーン（どきどき）→わかりませぬ

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