よみかく分室課題部屋

955 １０００字課題、５／２０分、Ｎｏ．１２９「たとえ負けるとわかっていても」（７２００文字）

2004/5/20(木)17:02 - 名無し君２号 - 8168 hit(s)

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Ｎｏ．１２９
題名：たとえ負けるとわかっていても（７２００文字）

　部室のなかは、熱気とざわめきで満ちていた。
　ボクシング部なのだから、当たり前といえばそうなのかもしれない。しかし、開け
はなたれた窓や戸から差しこむ陽の光は、すでにあかね色になっている。こんな時間
だというのに、部屋の中央におかれたリングを取りまく人の数は、少しずつではある
が増える一方だった。正規の部員たちも、手を止めて見つめている。
　すべての期待は、リングの上で対峙する少年たちに注がれていた。ずいぶんと体格
差がある。片方の背が高いのもあるが、もう片方が低すぎるのだ。
　背の低い少年が、ばすばすとボクシンググローブ同士を打ち当てた。だぼついた赤
いＴシャツに、制服のズボンをそのまま履いていた。裾から覗く靴は、しっかりとボ
クシングシューズだった。小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ハセガワ……覚悟はいーか？」
　睨まれた少年は、歯で紐の片方をかじり押さえ、器用にグローブを締めていた。髪
は長いが、不潔な印象はない。黒のタンクトップシャツから覗く体は、しなやかな筋
肉に包まれていた。ズボンやシューズは背の低い少年とおなじだ。ふん、と鼻で笑う。
「お前を這いつくばらせる覚悟か、イクオ」
　まわりの観客がどよめく。ぎりぎりとイクオは歯ぎしりをした。ハセガワは冷笑し
ている。
　みなが熱に浮かれたような笑顔になっているなかで、ただひとり、最前列の少女だ
けが、不機嫌極まりない表情だった。
　ぼそりと呟く。
「ったく、くだらない……」
　さっぱりとしたショートカットに、細いフレームの眼鏡をかけていた。その奥の眼
は鋭く尖って、リングの上を睨みつけている。
　少女は椅子に座っていた。にもかかわらず、後ろの男子とおなじ位置に頭があった。
長い足をだらりと伸ばしているのは、行儀が悪いというより、姿勢をよくしてしまう
とスカートの中身が見えてしまうからだろう。
　そんな大きな彼女のとなりに、こちらは普通サイズの少女が立っていた。おさげ髪
の少女はにやりと笑う。頬のそばかすが、ぎゅっと細まった。
「ハルコ。あなたのためにふたりは闘おうとしているのよ？　そんな言い方はないん
じゃなーいー？」
　どこかねっとりとしたしゃべり方だった。
　ハルコは噛みつくような勢いで横を向き、睨みつける。
「ユッコ……。なにを考えているの」
「べ、つ、にー」
　歌うようなユッコの調子だった。一瞬だけハルコの口元が怒りを示すように歪んだ
が、そのままリングに向き直る。
「イクオ！　いいかげんにしなさいよ！」
　四本のロープの向こう、リングに立つイクオは、ぎょっとして身を引いた。まわり
のざわめきすら一瞬止んだ。イクオは体勢を立て直し、ハルコへと近づいてゆく。ロ
ープをグローブで掴んだ。ゆらゆらとしなる。
「ハルコ……お前には関係ないだろ」
「そんなセリフはこれを見てから言え！」
　体を揺すると、椅子も一緒に揺れて、がたがたと音を立てた。よくよく見ると、縄
がハルコの制服に食いこんでいることがわかる。しっかりとぐるぐる巻きにされてい
た。髪がさらさらと揺れ、眼鏡のレンズを擦る。首からぶら下げている厚紙も揺れた。
　そこには黒のマジックペンで、こう殴り書きされていた。
　――「賞品」と。
　イクオは肩をすくめる。
「安心しろよ。お前なんか、石つけて返してやるから」
「それを言うならノシでしょーが。こっちだってあんたなんてお断りだし！」
　こんどは長髪の大きな少年を見る。
「ねえ、ハセガワ。いったいどうしたの？　いつもならそこのバカチビマヌケのボケ
ナスのクソガキのことなんか、相手にもしないじゃない。今回にかぎって、どうして」
「おい、チビはともかくほかのはひどくないか」
「うるさい！」
　ハセガワは真ん中でぴしっと分けた長髪の向こうから、漫才をしているふたりを見
つめていた。視線に気づいて、ハルコは軽く首をかしげる。
「……ハセガワくん？」
　静かに視線を外し、ハセガワはイクオを見下ろした。イクオも答えて睨み返す。す
たすたとリングの中央へと戻っていった。
「ちょっとイクオ、まだ話は」
「はーい、賭けた賭けたー。いまのところ、七対三でハセガワくんだよー」
　となりから聞こえる能天気な声。ハルコは恨みがましい目で睨みつけた。
「ユッコ」
　ボールペンをメモ帳に走らせつつ、ユッコはちらりとハルコを見る。
「いーじゃない。男が自分を賭けて決闘するなんて、女冥利につきるってなもんで
しょう？　はい、ハセガワに五〇〇円ね。つぎは？」
「あたしの意志が尊重されていない」
「ノシじゃなくてね。はいあなたは？　イクオに一〇〇円？　しけてるわねえ」
「だから、なにを考えているの。こんなことをする目的はなに」
　パシッとユッコはボールペンを握った。腰に両手を当て、ぐっと顔をハルコに突き
つける。
「あたしはただ知りたいだけ」
「なにを」
「ハルコが、どちらを応援するのか」
　とたんに、ハルコはいきなり尻尾をつかまれた猫のような表情になった。驚いて、
嫌がって、だけどどう反応していいかわからない顔つき。猫とおなじように、すぐさ
ま反撃する。もっともその反撃とは、顔から表情を消すことだったが。
　続いて、憮然とした表情で隠す。
「どちらも、応援したげない」
　ユッコは満足げな笑みを浮かべた。もとの姿勢に戻り、また賭けの受付を始める。
「ま、そういう選択もあるかもね……。はい、ハセガワに三〇〇円」
「せめてこの縄をほどいて」
「だって、ほどいたら乱入して、イクオくんだけをぶちのめすんでしょう」
　こっくりとハルコはうなずいた。
「当然」
「じゃ、ダメ」
「ユッコ……！」
　リングの中央では、あいかわらず睨みあっているふたりがいた。まわりの観客がお
こすざわめきが、天井で渦を巻いているように聞こえている。蛍光灯の灯りのせいで、
夕焼けの光はわかりづらくなっていた。
「イクオ……」
「んあ？」
　ハセガワの言葉に、イクオは歯をむき出しにした。一挙手一投足から目を離さない、
そんな感じの反応だった。
「お前とも長かったな」
　イクオはきょとんとした顔つきになる。
「まったくやかましい奴だった。大した実力もないくせに、つねに張り合ってきやが
って。勉強でも運動でも、なんでもだ。本当にうっとうしかったよ」
「な、なんだよ」
　言っている内容はあきらかに悪口なのだが、口調は妙におだやかだった。イクオも
どう対応したらいいのかわからないらしく、とまどいがそのまま表情にあらわれてい
る。
「どうして、オレに張り合っていた？」
「ああ？　この期に及んでなにをいってんだお前は」
　イクオの疑問には答えず、ハセガワはハルコたちを見つめた。ハルコが一方的に話
しかけ、ユッコは適当にあしらっているらしいのが、遠目からもわかった。
「オレの背が高いからか」
「なにをう？」
　ハルコとハセガワとを、視線をいったりきたりさせながら、イクオは体を揺する。
シューズがリングのマットに擦れた。
「彼女と……おなじくらいの身長だからか」
「あー、もう！　なにをいってんのかわかんねーよ！　やるのか、やらねーのか！　
どっちだ！」
　顔を赤らめながら、イクオが腕をぶんぶんと振りまわした。
　フッとハセガワは鼻で笑う。イクオを見下ろし、にたりと笑った。
「これで終わりだからな」
「あん？　なんだお前、転校でもすんのか？」
　またハセガワはハルコを見つめる。ぎり、と奥歯を噛みしめながら、しかたなさそ
うにイクオも視線で追った。こんどはハルコも気づき、いまにも飛びかかりそうな目
つきでイクオを睨みつける。縄で縛られてなかったら、本当に飛びかかっていたのか
もしれない。びく、とイクオは固まった。
　そんなふたりの様子を眺めて、ハセガワがぼそりと呟く。
「……結果のわかりきった闘いだけどな」
　口の端を曲げて、イクオが睨みあげた。
「やってみなきゃわかんねーじゃんかよ」
　深々とハセガワは息を吸う。
「――始めるぞ、イクオ」
　両腕を曲げ、腕で顔と腹を守るようにハセガワは構えた。正式なボクシングの構え
だ。
「お、おう」
　突然の変化にとまどいながらも、イクオも構えた。こちらは左手こそ構えているが、
右手はいつでも相手をぶん殴れるように振り上げられている。おまけにぐるぐると肩
を回していた。
　リング上の変化に、観客も敏感に反応した。ざわめきが強まり、すぐに静まりかえ
った。津波が来る直前、波が引いていくようだった。
　ガードの下の、ハセガワの口元が歪む。視線はイクオの素人同然の構えに注がれて
いた。
　くるりと身をひるがえす。イクオは眉に皺を寄せた。
「おい……」
「ちゃんとヘッドガードをつけよう。マウスピースもだ。危ないからな」
　すたすたとコーナーへと向かう。
　取り残されたイクオも、ぶつぶつ言いながらコーナーへと戻った。
　ハセガワはマウスピースを口に含みながら、ハルコをちらりと見る。その視線に気
づいたのは、ハルコではなくユッコだった。ハルコは不機嫌に眉を曲げながら、イク
オしか見ていなかったから。
「……辛いわね、お互い」
　ユッコが洩らした呟きを確かめるように、ハルコは横目で見る。軽く首をかしげた。
「いま、なにか言った？」
　にっこりとユッコは笑う。すべての質問を封じこめるような、おおらかな笑顔だっ
た。ハルコは目をまばたかせる。ユッコは視線をリングに戻した。
「さあ、始まるわよ、男の闘いが」
　ハルコがリングを見つめると同時に、ゴングが高らかに鳴った。

時間：７時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・素直じゃない登場人物たち（ふむふむ）→成功
・ボクシング感（どきどき）→そこそこは
・次回への引き（どきどき）→次回はあるんだろうか
・敗北がわかっていても闘うということ（どきどき）→どうでしょう

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【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪