前の画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新の一覧〕 〔全て読んだことにする〕〔全て読んだことにして終了〕 〔終了

1208 3/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.14(17000文字)
2005/3/12(土)22:41 - 名無し君2号 - 4404 hit(s)

現在のパスワード



 ろり魔女(仮)No.14(17000文字)

 異次元の通り道は、やっぱりピンク色で、ぶよぶよしていた。
 ぬらぬらした感触にアシュは顔をしかめる。魔道協会にやってきたときとは違い、
ミューの手を借りなくても、勝手に体は頭から進んでいった。
 なにやら、引っぱられる感じ。
 そういうルゼルの魔法なのだろう、とアシュは見当をつけた。なんにせよ、気持ち
悪さはまったく変わらない。
 光が差しこんできた、ような気がした。
 アシュは顔をあげる――あわててうつむいた。
 前にはミューがいた。とげ付きの鉄球をぶん回している。アシュとおなじく、頭か
ら異次元の通り道を飛んでいた。必然的に、足の裏側をアシュに向けることとなる。
 つまり、ワンピースの裾も。
 その奥も。
 太ももの白さが、目に危《あや》うかった。それ以上に、覗きこんでいることがバ
レれば、アシュの命が危うい。
 ――肉欲。
 ぶるぶるとアシュは首を振った。いまのミューにそれはない。
 じゃあ、元の、大人のミューさまなら……?
 いままで考えたこともなかった。ぞわりとアシュの腰はざわめく。
 桃色だった視界が、明るく輝きだす。出口が近い。どこかほっとしながら、アシュ
はまばゆさに包まれた。いまは、そんなことを考えている場合じゃない。
 涼しい。
 異次元から抜けでた肌に、強く風を感じた。足の裏に地面の感触はない。あれれ、
とアシュは思った。異次元を通ったせいで、感覚がおかしくなっているのだろうか。
 瞳から光が去ってゆく。
 取り戻した視界に得たものは――
 あんぐりとアシュは口を開けた。ひきつり気味に息を吸う。
 ――ない。
 ない、ない、ない。
 地面がない!
 はるかかなたに、赤茶けた岩の底が見えた。このままなら、そこに足をついた瞬間
にアシュはぐちゃぐちゃになるだろう。まわりにはけわしく岩がそびえ立っている。
しかし五人分も手を伸ばしたところで、とても届きそうにはない。
 死んだ! ぜったい死んだ!
 悲鳴を振りしぼるあいだにも、アシュの体は落ちゆく感覚に包まれていた。
「バカめ」
 がくん、と衝撃を受けた。息がつまる。上着で胸が締めつけられていた。代わりに
落下は止まる。
 ぶらりとアシュの体は揺れた。一緒に、真下の光景も揺れた。
 ――あ、あぶなかったぁ。
「ミュ、ミューさまぁ」
 見あげた先では、ほうきにまたがっているミューが顔をしかめていた。アシュの襟
首をひっつかんでいるからだろう、力みで、おでこには軽く皺が入っている。
「お前な、飛べるんだから、自分で飛べよ」
 あ、とアシュは口を開ける。
「そ、そうでした」
 手を首に巻いたスカーフに伸ばす。この黄色い布には――
「ぬおおおおおお」
 目の前を、白髪のやけに体格のいい老人が、まっさかさまに落ちていった。
 あっというまに小さくなる。
「……助けませんと」
「ほっとけ。どうせ不死身だ」
 吹きすさぶ風音の底から、かすかにつぶれる音が届いた、ような気がした。
「……」
 決して下は見ないようにしながら、アシュはあらためてスカーフに触れる。きめの
細かい手触りの鮮やかな布には、特製の魔法がこめられていた。
 まぶたを閉じる。……閉じなければ集中できないからだ。
「ちゃんと練習しておけよなー」
 胸から腹、腰から両の足、戻って胸、そして腕に頭と、体中に意識を巡らせる。繰
り返すうちに暖かさが生まれ、それは大きくなってゆく。
 これが魔力――万物の根元の力。
 熱として感じられるほどに高まった力を、左手へと持ってゆく。指先からスカーフ
へと通した。そして唇から言葉をつむぐ。
「南より訪れし軽き風、北より――」
 ――北より尋ねし荒き風、そを受けて我は空に舞わん、山吹の翼をもって。
 呪文とは自分に対して唱えるもの。
 己の発した言葉を、どこまで信じることができるか。心から信じられれば、言葉は
現実へと変わる。信じられねば、それまで。
 ミューの教えを思いおこしていた、そのとき。
『アシュ、きみは魔法が怖いんだ』
 胸の奥から這いでてきた言葉を、アシュはむりやりに振り払う。
 散りかけた魔力を、なんとか集め直した。もういちど、呪文を唱え――
「舞え、風とともに」
 スカーフがうなりだした。
 首のまわりでぶるぶると震える。次の瞬間、音をたてて広がった。左右、ふたまた
に黄色い布は成長を続ける。あたかも翼のようなかたちとなった。
 アシュは風に乗って、その場をゆっくりと旋回する。
 すでに夜は明けていた。青空が目に痛い。
 眼下に広がる光景を見やった。
 見渡すかぎり、いろんなかたちの岩石が高くそびえ立っていた。赤さびにも似た色
の岩だった。草木ひとつ、生き物ひとつ見あたらない。
 音をたてるものは、強い風だけ。
『そこは聖王都メイルウィンドの東の岩山だよ……ちょうど、ミュー、きみの塔とは
反対の方角にあるね。近くに住むものは、決してそこに立ち入ろうとはしない。死の
牙だ』
 ルゼルの声が、風に染みいって聞こえた。
 見あげると、まだ異次元の扉はあった。空中で、輪のなかに虹色を輝かせている。
 拳《こぶし》をミューは突き上げる。
「お前な、出口が空なら、そう言えよ! あやうくアシュ、死ぬとこだったじゃない
か」
「だって、きみ、話を聞かずにいっちゃうんだもの」
 文句を言い続ける師の横で、アシュはゆらゆらと風の上を滑っていた。
「あのー、ルゼルさん」
『おや、きみから話しかけてくるとはめずらしい』
「元魔王さんの配下の人たちなんですが」
『そういえば、その元魔王はどこにいったんだい?』
 アシュはバランスを崩した。危なく落下しそうになって、どうにか体勢を戻す。心
の動揺が、そのまま魔法にあらわれてしまったらしい。
「なんか先に降りてったぞー、ひとりでなー」
『へえ。ずいぶんとせっかちなんだねえ』
「あ、あの」
 すっとぼけた顔のミューと、すっとぼけた声のルゼルに割って入った。
「配下さんたち、メイルウィンドに向かったって言ってましたよね」
『そのとおり。いまは聖王都を取り囲んでいる。聖杖の結界に阻まれて、それ以上は
進めないようだけどね』
「どうしてですか? なんで聖王都に、魔人が?」
 やや間があった。
『……さあ? 私は魔人ならぬ身だからね。もしかしたら、自分たちを封印したもの
に、復讐しにいったのかもしれない』
「んなこたどーでもいーんだよ! どこだ。魔王の魔力はどこにある」
『ふふ……きみもせっかちだね。ほら、左ななめを見おろしてごらん。もう少し左、
その奥だ。見えるかい、大きな裂け目が』
 言われるままに視線を動かすと、たしかに、地面に大きな穴が空いていた。
 ミューは近づいてゆく。ほうきのあとを、アシュもついていった。
『そこだよ。そここそが、古代の魔法使いが、魔王より奪い去った魔力を封印した洞
窟だ。魔物が守護する広大な迷宮の奥深くに、ミュー、きみの求めるもの、ゾークク
ラフトの魔力は封印された』
 魔物の守護する、広大な迷宮……。
 穴の真上から覗きこむと、闇は深く、どこまでも続いているように見えた。
「ミューさま……これはだいぶ危険な匂いが」
「ようしっ。それじゃあ、いくかっ!」
 でしょうねえ、とアシュは肩を落とした。
 へろへろと穴に向かって降り始めたアシュの耳に、かん高い声が届く。
「ふざけるな! 大声だせ! 蹴り飛ばすぞ!」
 あおぎ見ると、ミューが天に向かって両手を突き上げていた。
 ――ば、罵声?
 いや、呪文か……呪文?
 ミューさまが呪文? 呪文を必要とするような魔法?
「出てこい、うーたん!」
 右手を勢いよく下ろした。
 にゅう、と銀白色の玉があらわれる。細い手足が生えていた。
「そっちはどうした、らんたん!」
 左手とともに、おなじく玉が出てきた。
 ふたつの玉はアシュに気づいて、やあ、と片手をあげる。
「や、やあ」
「よそ見するな! お前たちの役目はなんだ!」
『くりあー、くりあー、にゅーくりあー』
 かわいい声でハモる。最後に、ふぃっしょん、とくしゃみをした。
「お前ら、なんだその大きさは!」
 腕を後ろで組んだミューに詰問され、うーん、と銀白色の玉が、細い手を顎の下に
当てた。どこが顎かはわからないのだが。
『すもーる?』
「ふざけるな! それで足りるのか?」
『さー、のー、さー』
「おかしいか、うーたん」
『さー、のー、さー』
「早く体に伝えろ! らんたん」
『さー、いえす、さー』
「三秒やる。三秒だ、まぬけ! そのままでいるならむりやり半減させてやる! 一、
二、三!」
 みるみるまに、ふたつの玉はその大きさを増した。
 互いに触れあいそうになる。
「ふざけるな! 離れろ、クズ玉! ここで核爆発を起こす気か!」
 ミューの頭ほどの大きさになったふたつの玉が、あわてて飛び退く。
「お前たちの役目はなんだ!」
『くりあー、くりあー、にゅーくりあー』
 ふぃっしょん。またくしゃみ。
「ふざけるな、聞こえんぞ!」
『くりあー、くりあー、にゅーくりあー……ふぃっしょん』
「よし、いけ! 覚悟を決めろ、思いっきりぶつかれ! さもないと半減期だ!」
『くりあー、くらあー、にゅーくりあー』
 ふぃっしょん、とふたつの玉は、順番に下の大穴に飛びこんでゆく。
 風に吹かれて、くるくるとその場をまわりながら、アシュはミューを見あげた。
「いったいなんですか、これ」
「決まってるだろ、呪文だよ、呪文。そんなことより、いくぞ」
 ほうきは下ではなく、上へと飛んでいった。
 アシュも上昇する風をつかみ、舞いあがる。
「ミューさま、いかないんですか、封印の迷宮に」
「だってもうなくなるし」
「……なくなる?」
『あいかわらずだねえ、ミュー』
 どこか笑いをこらえたようなルゼルの声だった。
『あいかわらず、でたらめだ』
「ほら、危ないからもっと離れるぞ」
「危ない!?」
 その瞬間――
 空気がけいれんを起こした。
 力が迫り上がってくる。そう感じたアシュが目にしたものは、波うつ大地だった。
 まるで、水面に大きな石を落としたかのよう。
 岩で出来ているはずの、赤茶けた地面。なのに、輪のような波を広がらせている。
輪の中心には、ふたつの玉が消えた大穴があった。
 波の上にそびえた岩山が、次々と崩れてゆく。
 ついには地面全体が沈み始めた。
 ああ。
 声にならない声を、アシュは洩らした。
「なんていう……」
 言葉にもならない。
 残ったのは、巨大なくぼみだった。
 先ほどまでの光景は、もはやどこにもない。天をついていた岩は崩れ去った。地形
自体が変わってしまった。
 にゃははははーっ、とミューはバカ笑いをあげている。
「まあ、召喚魔法の一種……なのかなぁ。うーたん、らんたんが合体するとだな、核
分裂を起こしてだな、結果として膨大な熱量が発生してだな……ほら、帰ってきたぞ、
子供が」
 砕けて、敷きつめられた岩のすきまから、銀色の煙が立ちのぼった。ゆらゆらと揺
れながら、ミューとアシュがいる上空まで、昇ってくる。
「触るなよ。子供のふぉーるあうとくんだ。放射能っていってな、エグい毒を持って
る」
 親とおなじく、玉のかたちをとった煙は、アシュに向かって片手をあげた。
 やあ。
「や、やあ」
 ミューには敬礼をする。そのまま空高く上昇していった。
「……どこにゆくんでしょうか」
「太陽まで。そこなら安全だし」
 空で輝くまばゆい光に、煙は重なった。目で追いかけられなくなって、アシュは顔
を伏せる。くらむ目で下を向いた。
 死の牙から、死のくぼみと変わってしまった地上。
「いくらなんでも、これはやりすぎでは」
「だってめんどくさいだろー、迷宮なんか探索するのは」
「どうするんですか、魔力の封印は。これじゃあ、とても取りになんて」
 助けを求めるように空を見ると、すでに異次元の扉はなくなっていた。さすがのル
ゼルも呆れたのかもしれない。
 あ。
「ミューさま! 元魔王さんは!」
「あ」
 小さな口をぽかんと開けた。
 眼下を覗きこむ。そこら中から煙のあがる、死の光景だった。
「あー……やっちゃったかな」
「やっちゃいましたよ、殺っちゃいましたよ! うわあ、どこにいるかもわからない」
「まあ、大丈夫だろ。不死身だし」
「不死身ならなにをやってもいいってわけじゃあないと思います」
 またもや地面が揺れ始めた。
「深い迷宮だったみたいだしなぁ。奥底でも崩れているんだろ」
「奥に封印はあるんでしょう? 掘りおこすのがすごい大変じゃないですか」
「だれが掘りおこすと言った。吹き飛ばせばいーんだよ。にゃは」
「無茶ですよ! でたらめですよ! そんなんだからお師匠さまに呪いをかけられる
んですよ!」
「アシュ、お前な……」
 地震は収まるどころか、さらにひどくなっていた。
 大きなクレーターの中央が、膨れあがりだす。
「うーん? マグマでも刺激しちゃったかな?」
 なにをのんきな、とアシュが口を開けたとき。
 地上が噴火した。
 いや、灼熱の溶岩は吹きだしてこない。代わりに、真っ赤な塊が飛びだしてきた。
 大きい。アシュを十人前は簡単に呑みこめるほどでっかい、いびつな物体だった。
ぐにゃりとかたちを変えた赤い塊から、おなじく赤い触手が何本も飛んできた。
 鞭のようにしなり、ミューとアシュを捕らえる。
 絡みつく触手に、無数の吸盤があることにアシュは気づいた。そう思って塊をよく
見てみると――睨み返された。
「い、生き物?」
 うねる赤い体に、ふたつの黒い目玉がついている。本来ならば感情なんか読みとれ
そうもない、黒真珠じみた眼球から、なぜか明確に伝わってくるものがあった。
 すなわち、怒り。
 しかし、こんな生き物がいるのだろうか。どこが頭でどこが体かわからない。頭か
ら、直接触手が生えていた。まるで悪夢を絵に描いたようだ。
「タコだ! 大ダコだ! こんなのが封印の守護者かよ!」
「タ……ふぁこぉ?」
 顔にまで足がへばりついてきた。
 頭上では、ミューが化け物の足から逃れようと、空中で踊っている。小さな体にも、
ほうきにも足は巻きついていた。
「海の幸! 食べるとおいしいんだが……くそっ」
 逆に食べられそうですぅ、とアシュは足に覆われた口をもがもが動かした。
「うわ、この、てめえタコ、どこ触ってやがる!」
 足がしゅるしゅるとミューの体を這いまわっていた。腕に体に足に絡みつき、先っ
ぽがすきまへと入りこもうとしている。黒いマントを割って入り、ワンピースの胸元
を探り、さらには――ほうきに絡んでいた足が、ミューの細い太ももをぐるぐる巻き
ながら、奥を目指していた。
 ぐびり、とアシュは唾を呑みこむ。
 ミューがもがくのを止めた。まぶたを閉じる。
「うぅぅぅぅ、イヤァァァァァ」
 光が爆ぜた。――『イヤーッ! ボーン』発動。
 まばゆい閃光に、間近にいたアシュも呑みこまれる。
 そのまま吹っ飛んだ。回る視界、回る体。どうにかスカーフで風をつかみ、体勢を
立て直す。
 師の名を呼ぼうとして、ふさがれていることに気づいた。口のまわりから、大ダコ
の足をひっぺがす。
「ミューさまぁ!」
 大ダコは悠々と空に浮かんでいた。吹き飛ばされた数本の足は、なんとすでに再生
している。誇示するかのように、うねうねと動かしていた。
 そんな魔物のまわりを、ほうきにまたがったミューがゆっくりとまわっている。
 タコに向かって、まっすぐに腕を伸ばした。
 指先から、赤い光線が放たれる。大ダコの頭に吸いこまれた。
 ――が、なんともない。
 元魔王の頭すら吹き飛ばした怪光線が、大ダコには通用しない!
「怪光線じゃなーい! 魔法だ、魔法!」
「あ、ぼく、口にだしてました?」
「こんのタコ助、抗魔法の術法が施されてやがる。ちょっとやそっとの魔法じゃ、ち
っとも効きやしない」
 足が飛んできた。ミュー、アシュともにどうにかかわす。
 爆発が起きた。
 煙の向こうで、ミューが手のひらを突きだしていた。タコの足の、先端が消し飛ん
でいる。
「足は壊せる。だが――」
 すぐに再生を始めた。じゅくじゅくと泡だち、たちまちのうちに伸びて、元のとお
りになる。
 アシュは唇を噛みしめた。
「これじゃあ、意味がない!」
「そのとーり! アシュ! お前、時間稼ぎできるか」
 ええ、ぼくですか? とアシュは自分を指さした。うなずかれて、こんどは手を横
に振る。
 無理です!
 ミューの目が、にんまりと細くなった。
「私が呪文を唱えるあいだだけだよ。なにもいまのままで、とは言わないし」
 ざわりとアシュの肌が粟だつ。
「ア、アレですか? アレは……ちょっと」
 おかまいなしで、ミューは指先をアシュに伸ばす。
「それを使うと、あとがきついんですよ! 体、バキバキになるんですぅ!」
「あとよりいま、明日より今日だろ! このままだとバキバキに食われるぞ!」
「わかりますけどぉ」
 泣き言が、笑い声に遮られた。
 豊かな低音に満ちたその声は、まるで地の底から湧き上がってくるように聞こえた。
 ――地の底?
 本当に地上から声はあがっている。
 大ダコがあらわれた大穴のすぐそばで、小さな爆発が起きた。舞う土ぼこりのなか
から、人影が飛びだしてきた。
「ふはははは! 魔王、復・活!」
 そのままの勢いで、下から大ダコに突っこんだ。風船じみたタコの頭のてっぺんが、
ぼこりと浮きあがる。
「復活……まさか、元魔王さん、魔力を取り戻した?」
「違うな。見ろよ、ほれ」
 ひしゃげたタコの、足のすきまからゾーククラフトが落ちてきた。
 そのまま落下するかと思いきや、タコの足の一本をつかむ。這い上がっていった。
タコの頭にかじりついたその姿は、白髪、白髭、皺の深い顔と、とくに変化がない。
「……あれ?」
「体を復活させたってだけだよ。まったく人騒がせなジジイだ」
「でも、でもでも、凄いですよ。あの化け物と真っ向から渡りあってますよ」
「肉体は魔人だからな。魔力なしでも、本来、そのぐらいの力はあるんだよ」
 ゾーククラフトは大ダコを殴りつけている。ぼよんぼよんと拳《こぶし》は跳ね返
されていた。
 一方、大ダコも負けてはいない。足を絡ませ、締めつけていた。
 かたや不死身の魔人。かたや再生能力を持つ化け物。
 ――勝負つくのかな、これ。
「でてこーい! コメット・ブレット!」
 ぎょ、と振り向くと、ミューが腕を横に振っているところだった。腕の軌跡をなぞ
って、炎の球が次々とあらわれる。
 知っている。アシュはこの呪文を知っている。
 魔女ミュ・シャ、単体攻撃魔法のうち、最強のひとつ。
「――って、ミューさまぁ! 元魔王さんごと、吹き飛ばす気ですか!?」
「お前たちはなんだ!」
 アシュの叫びもそのままに、ミューは炎たちに怒鳴りつけた。
『炎の精霊っす。諸源の炎っす。すべてを灰に化すっす』
 めらめらと燃えあがる。
「私はなんだ!」
『ミュ・シャさまっす。おれたちの支配者っす。マジ最高っす』
「聞こえないぞー! 私の名前はなんだ!」
『ミュ・シャ! ミュ・シャ! ミュ・シャ! マジ最高っす!』
 炎たちが、ぼんぼんと燃えあがりながらコールを返す。
「攻撃準備! 目標、前方距離ちょい遠め、大ダコ!」
 ついでにジジイ、と小声で呟いた。ような気がアシュにはした。
 指示に従い、炎たちは伸ばしたミューの腕のまわりをぐるぐると回り始める。
「……三、二、一、発射ァ!」
 炎の輪が、白く輝いた。
 極太の光の奔流が、大ダコ目がけて撃ちだされる。
 見事に命中した。
 閃光のなか、へこみ、つぶされる化け物の顔。巻きこまれる白髪の老人。すべてを
呑みこんだ光はさらに膨れあがり――
 大・爆・発。



『いやあ、マジすんませんでした』
 小さな家ほどの大きさもある、赤い頭を下げた。うねうねと何本もの触手じみた足
を動かしながら、タコの化け物はべたりと地面につぶれている。
 どうやら土下座しているつもりらしい。
 戦いの影響で――というより、ほぼミューのせいで小岩の山と化した大地に、化け
物はひれ伏していた。その前では、ミューが腕を胸元で組んで立っている。
「ふん……このドスケベダコが」
 まだ体を足でまさぐられたことを根に持っているようだ。
『いやあ、姐さんにはかないません。これほど強い魔法使いと戦ったのなんて、久し
ぶりでございます』
 三本の足で頭をかく大ダコを、アシュは真一文字に結びながら眺めていた。
「言葉、喋れるんだ」
「まったく、なんという女だ!」
 文句はアシュの腕のなかから聞こえた。
 首だけになったゾーククラフトが、アシュに抱えられていた。
「すみません……あ、魔王さん、なんだか再生が遅いですね?」
「全身を燃やし尽くされたのだぞ! 灰と化したのだぞ! 時間とてかかるわ!」
 ひたすらアシュは頭を下げた。
 あたりには、なにやら食欲をそそる匂いが漂っている。
 匂いの元はいま土下座していた。さすがに抗魔法処理を施された怪物であっても、
ミューの最強攻撃魔法にはこんがり焼かれたようだ。
『危うく、タコ焼きにされるところでした』
「おべんちゃらはいい。それより魔力だ。ここに封印されてただろ、魔王の魔力」
『へえ、たしかに封印されていました』
 んん? とアシュは首を傾ける。腕のなかのゾーククラフトも傾いた。背中ごしに、
ミューも首を傾けているのがわかった。赤いポニーテールが揺れる。
「なんだよ、封印されていたって。それじゃまるで」
『そのとおりで。いまはありません』
 一瞬、空気が固まる。
 ゆっくりとミューは息を吸った。肩が持ちあがる。はきだすとともに、肩はなだら
かになった。
 右手をタコに突きだす。
「よし、タコ焼きを完成させてやろう。おなかすいたろ、アシュ」
「えー、ぼくが食べるんですか?」
『ま、待ってくださいよ姐さん! 本当なんです、ここにはないんです! かなーり
前に、魔法使いたちがやってきて、魔王の魔力は持っていったんです!』
 あたふたと八本の足を踊らせる大ダコ。タコ踊りとでもいえばいいのだろうか。
「魔法使いたちだぁ?」
『へえ、たしか……性奉仕とかいってまして』
「なんだよそのいやらしげな名前はよ! ドスケベダコが、浄化してやろーか!」
「待ってください、ミューさま!」
 胴体まで復活したゾーククラフトを抱えながら、アシュはミューのとなりに並んだ。
「もしかして……聖導師のことじゃないですか。せいほうし、せいどうし」
「エセ導師だと」
 視線を交わしあう。
 そのとき、記憶の底から沸きあがってきた言葉があった。
『例の魔人たちだけど、聖王都に向かったよ』
 ミューとアシュ、同時に唇を開く。
「メイルウィンド!」
 白いブーツでミューは大地を思いっきり踏みしめる。小石が砕け散った。
「そうか、そうだ。あいつら……ゾフィルども、魔王の魔力を手に入れにいったん
だ! くそ、ルゼル、まーた肝心なことは教えないで……うがーっ!」
 ぬぬぬぬぬ、と手足もうっすらとかたちをなしてきた魔王が、うめき声をあげた。
「いかん、いかんぞ! このままでは、愚かどもの手に、我の力が」
「うるへー! 言われなくてもわかってらー!」
 おなかのポケットから、ミューはほうきを取りだした。細い足をあげ、またがる。
「いくぞ、アシュ! 全速力だ!」
 背中に飛び乗ろうとして、アシュは、はたと止まった。
「なーにやってんだよー!」
「いや、あの、ミューさま。元魔王さんは……どうしましょう」
 アシュの手のなかで、まだゾーククラフトは胴体までしか復活していなかった。
 舌打ちしながら、ミューはポケットに手を突っこむ。
 赤い紐をだした。
「うりゃ!」
 ゾーククラフトの体に向かって、紐が伸びた。蛇が獲物に飛びつくような動きだっ
た。しゅるしゅると胴体を回る。
 ミューは手のなかの紐を、ほうきに縛りつけた。
「よし、アシュ、手を離せ」
「ちょっと待たぬか。まだ我は完全に再生を」
「飛びながらやれ。時間がねー!」
 八重歯を剥きだしにしたミューの剣幕に、アシュはおとなしく元魔王を地面に置い
た。いそいそとミューの背中にしがみつく。
「あ、こら、少年。待て、待たぬか」
「うらーっ!」
 ほうきにまたがったミューとアシュを中心として、空気が吹きだした。小石が飛び、
転がったゾーククラフトにぴしぴしと当たる。
 バネじかけのおもちゃが跳ねたかのように、ほうきは飛び上がった。
 思いっきり引っぱりあげられ、ゾーククラフトは悲鳴をあげながら一緒に舞いあが
った。
 三段階の衝撃波を起こしながらすっとぶミューたち。
 アシュのか細い悲鳴と、元魔王の重々しい悲鳴が尾を引いた。
 クレーターの底で、大ダコが八本の腕で手を振っていた。



■元のプロット

○4、封印の洞窟

 封印の洞窟
・グランドキャニオンのような風景。崖の底に空いている大穴。どうしようか悩む魔
  王とアシュ。ミューはためらいもなく呪文を唱え、強大な破壊魔法を穴へとぶちこ
  む。
・大地震を起こし、崩壊する大穴。
・あきれるアシュに、いちいち探索するのがめんどくさいとミューはあっけらかん。
・地響きが止まらない。崩れた岩を吹き飛ばして、封印を守護する魔物、大ダコがあ
  らわれる。

※ミューのとんでもなさ。魔王に自分よりやることが酷いと称させる。

・怒り心頭のタコは八本の足を使って襲ってくる。ミューの攻撃魔法も、柔らかい体
  で跳ね返してしまう。
・タコに通用する攻撃魔法を使うには、ある程度の時間、呪文を詠唱しなくてはなら
  ない。ミューは魔王に協力を頼む。
・しかたないと受け入れる魔王を、ミューはタコに向かって蹴り飛ばす。迷宮の奥に
  ずっといたから、さぞかし腹が減っているだろう。案の定タコに食われる魔王。
・食い応えのある魔王に夢中になる大タコ。魔王の悲鳴が響くなか、ミューは大魔法
  を完成。タコをブチのめす。
・首だけになってしまった魔王。魔力がないので再生が遅い。ミューはタコの足を一
  本斬り落として与え、さっさと再生させようとする。嫌がる魔王に無理矢理食わせ
  る。また悲鳴が響く。
・ボロボロのタコを、ミューは魔法を使って自分の配下にする。さっそく、自分が壊
  した迷宮の瓦礫をどかして、封印をとってくるように命令する。
・できないと答えるタコ。もう一本、足を取ろうかと脅すミュー。タコはあわてて、
  すでに封印はここにはないと明かす。
・封印は聖王都にあった。ミューは、魔王の配下が聖王都に向かった理由を理解する。
  あわてて飛んでゆく。

※魔王の配下は、魔王の魔力を手に入れようとしていた。どうして魔王が自分の魔力
  の在処に気づかなかったかといえば、魔力がまったくないため、感知する能力も消
  えていたから。強引かも。



■言い訳

 プロットどおりに進まなーい。
 原因はわかっています。プロットを立てた段階で、登場人物の性格をしっかりと把
握していなかったからです。情報屋なんてまったく変わってしまったし。

 ただ、当初の思惑どおりに話は進んでいます。
 細かい部分は違えど、「なにを描きたかったのか」はちゃんと書けているはずです。
ここだと「主人公のとんでもなさ」だったりします。


〔ツリー構成〕

【1139】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」ねっこ 2004/11/24(水)00:20 名無し君2号 (149)
┣【1140】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」あらすじ(800文字) 2004/11/24(水)00:22 名無し君2号 (1820)
┣【1141】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分(原稿用紙29枚) 2004/11/24(水)00:28 名無し君2号 (18303)
┣【1155】 2号長編、「天帝の騎士(仮)」冒頭部分改稿(原稿用紙21枚) 2004/12/2(木)01:08 名無し君2号 (13785)
┣【1188】 『ろり魔女(仮)』プロット 2005/2/11(金)01:20 名無し君2号 (19780)
┣【1189】 2/11分、『ろり魔女(仮)』本文、No.1 2005/2/12(土)01:28 名無し君2号 (3822)
┣【1190】 2/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.2(8400文字) 2005/2/13(日)15:11 名無し君2号 (12180)
┣【1191】 2/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.3(文字) 2005/2/16(水)00:56 名無し君2号 (12167)
┣【1192】 2/16分、『ろり魔女(仮)』本文、No.4(7700文字) 2005/2/17(木)01:49 名無し君2号 (10266)
┣【1194】 2/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.5(5000文字) 2005/2/20(日)03:43 名無し君2号 (7975)
┣【1195】 2/21分、『ろり魔女(仮)』本文、No.6(10000文字) 2005/2/22(火)01:25 名無し君2号 (14776)
┣【1196】 2/23分、『ろり魔女(仮)』本文、No.7(6400文字) 2005/2/24(木)02:36 名無し君2号 (9828)
┣【1197】 2/25分、『ろり魔女(仮)』本文、No.8(5000文字) 2005/2/26(土)01:29 名無し君2号 (7024)
┣【1198】 2/26分、『ろり魔女(仮)』本文、No.9(11000文字) 2005/2/26(土)21:24 名無し君2号 (15477)
┣【1200】 3/1分、『ろり魔女(仮)』本文、No.10(3600文字) 2005/3/2(水)00:46 名無し君2号 (5197)
┣【1201】 3/3分、『ろり魔女(仮)』本文、No.11(3600文字) 2005/3/4(金)00:12 名無し君2号 (3416)
┣【1202】 No.11、ボツ版 2005/3/4(金)00:18 名無し君2号 (4173)
┣【1204】 3/5分、『ろり魔女(仮)』本文、No.12(4000文字) 2005/3/6(日)22:26 名無し君2号 (5763)
┣【1207】 3/8分、『ろり魔女(仮)』本文、No.13(16000文字) 2005/3/10(木)00:42 名無し君2号 (21483)
┣【1208】 3/12分、『ろり魔女(仮)』本文、No.14(17000文字) 2005/3/12(土)22:41 名無し君2号 (22201)
┣【1210】 3/14分、『ろり魔女(仮)』本文、No.15(5000文字) 2005/3/14(月)18:54 名無し君2号 (7682)
┣【1211】 3/15分、『ろり魔女(仮)』本文、No.16(9000文字) 2005/3/16(水)01:13 名無し君2号 (12155)
┣【1212】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.17(28000文字) 2005/3/20(日)17:01 名無し君2号 (35837)
┣【1213】 3/19分、『ろり魔女(仮)』本文、No.18(7200文字) 2005/3/20(日)19:14 名無し君2号 (9870)
┣【1214】 『ろり魔女(仮)』全文統合版(124ページ、原稿用紙327枚) 2005/3/21(月)08:38 名無し君2号 (207911)

前の画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新の一覧〕 〔全て読んだことにする〕〔全て読んだことにして終了〕 〔終了

※ 『クリックポイント』とは一覧上から読み始めた地点を指し、ツリー上の記事を巡回しても、その位置に戻ることができます.