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1264 「犬と猿と」 短編の後編 6/5 まこと |
2005/6/6(月)00:14 - まこと - 2743 hit(s)
「犬と猿と」 短編の後編 6/5 まこと
チラシ配りの日、友則は駅の改札口に立っていた。役員はひとりも姿をあらわさない。学園祭の準備で忙しいのだろう。
自動改札機の向こうに電車が見えている。黄色い車体がすべる感じで動きだした。ブレザーやらセーラー服やらの群れが、改札へとやってくる。
大勢の人にチラシを配るには、駅の改札だという読みが当たった。持ってきた紙袋から急いでチラシを出す。ねらいどおり制服を着た学生が多かった。
自動改札機を通った人に、チラシを渡そうとする。
相手も同じぐらいの年だ。なんだか気恥ずかしかった。詰襟の男子をねらって、ためらいがちにチラシをさしだす。
すると目を合わさずに無視して行ってしまった。向こうも気恥ずかしいのは同じらしい。
プレザーの女子がふたりで話しながら歩いてきた。友則を見てなにか耳打ちしている。目が合った。
とたんに動けなくなってしまった。横目で見ながら通り過ぎていった。渡せば受け取ってくれたかなと後悔する。彼女たちの姿を見送り、改札に目を戻した。
あっという間に、改札口から人がいなくなっている。
「まずいな。次は絶対、渡すからな」
気合を入れて次の電車を待った。
ほどなく電車はやってきた。電車は人をはきだす。
はきだされた人たちが、改札を抜ける。少年たちも少女たちも、友則に興味はしめす。かといって、友則からチラシを受け取ってはくれなかった。
ひとりで紙をくばっている友則は、どんなふうに見えているのか気になってきた。
小太りの男子学生が遅れて改札を通った。とろそうな子だ。下ばかり見て歩いている。チラシをさしだしてみた。
なんと受け取ってくれた。明るい気持ちになる。男子学生のようすをうかがった。
彼は足を止めて、顔面にチラシを近づけた。
それからもしゃくしゃにして、ごみ箱に向かってポイッと投げた。チラシはごみ箱に届かなかった。
次の電車が入ってきた。友則は改札を見ようともしなかった。
ごみ箱の近くに、丸まったチラシが落ちている。拾うためにかがんだ。突き出した尻を、ぶたれた。
「すみません!」
ジャージ姿の女子だった。細長い布包みに荷物をぶらさげている。バタバタと走り去っていった。
「つっ」
両手を冷たいコンクリートにつけ、チラシを探した。バラバラになったチラシを集めていると、女の子の忍び笑いが後から聞こえてきた。振り返らず、汚れたチラシと破れたチラシをごみ箱に捨てた。 それから、駅員さんに声をかけた。
「このチラシ掲示板に貼りたいんですけど」
「ああ、いいよ。あそこに貼りな」
年配の駅員さんは駅舎の外にある掲示板を指した。友則は掲示板のそばに行ってみる。掲示板はポスターだらけだった。チラシを貼るスペースなど、どこにもない。しばらく立ち尽くしていた。大きくうなずいて、掲示板の後に回った。
紙袋からセロテープを出す。白く塗装された板に、チラシを貼りつけた。
「見る人は少ないかもな」
それでも、貼らずにはいられなかった。ポスターと並べて見劣りするよりかは、ましだと思うことにした。
ふっと電信柱が目に入った。迷い犬のチラシが貼ってある。スペースもあまっていた。
巻きつけてある金属の板にセロテープ止めした。
「君、そこに貼っちゃダメだよ」
さっきの駅員さんだった。竹ぼうきで街路樹の下を掃いている。
「あのね、電信柱に無許可でチラシ貼ると、捕まっちゃうんだな」
「そう、なんですか?」
良い場所を確保できたと思っただけに、がっかりしてしまった。知らんふりをしようかなと迷う。
電信柱との間を、自転車がすり抜けていった。おまわりさんだ。がに股で自転車をこいでいる。とっさにチラシをひっぺがしていた。
チラシを丸めながら、駅前通りを歩きだした。
「なんとかなるさ」
そのうち商店街にさしかかった。多くの店が入り口にガラス戸を使っている。そこに貼ってもらおうと考えた。
最初に目についたお店の前に立った。床屋さんだ。自動ドアが開く。
「すみませ――」
ぎゃわわわんと、白い毛皮が床を跳ねてきた。
「ぎえぇぇぇぇっ、助けてーっ」
吠えつづける毛皮に押し戻された。店のおじさんが、きょとんとしている。
「ご、ごめんなさぁい!」
どたどたとさがって、尻もちをついた。ガラス戸が自動で閉じる。ふさふさのマルチーズが両肢でガラスをかきむしっている。
頭がツーンとした。尻にもジーンと痛みを感じる。しっかりチラシを抱えこんで目を閉じていた。今度は、チラシを一枚も無駄にしなかった。
「ひでぇよ。犬、こえぇよ。なんなんだ。俺がなにしたっていうんだ。チラシを配るのもダメ。貼るのもダメなのかよ」
立ち上がって尻をはたいた。チラシは紙袋におさめる。
床屋の窓に目をやると、犬が牙をむいていた。
空がオレンジ色をおびている。
友則は学校へ向かって足を踏みだした。重い足さきが、交互に踏みだされる。それを見ながら歩いた。
「なにしてるのよ」
頭から冷ややかな声を浴びる。顔を上げると藤沢英子が立っていた。両足を開いて、腕組みをして、にらんでくる。
「なにって、そりゃぁ……」
「見せて」
小走りに近づくと、紙袋に人さし指をかけて引っ張った。友則は紙袋をぐいっと脇に寄せた。
「勝算があるからって、チラシ配りを提案してきたんじゃないの? 少しは減ったの? チラシ」
英子が紙袋をつかもうとした。
「むぅっ」
友則は体を捻った。紙袋を体でかばう。そして、くちびるの輪郭を際立たせた。
「何枚減ったのかしらぁ。数えてあげるから。それ、こっちに、よこしなさいよっ!」
英子が両手で紙袋を奪い取った。
強引に剥ぎ取られて、頭がパッと熱くなった。
「なにすんだ!」
「あら、思ったよりずっと減ってるじゃない」
英子は友則に背中を向けていた。
「よくやったわね」
そう聞こえた。
うしろ向きだから、聞き違えたのかもしれないと思った。
「たいしたものだわ。さすが言い出しっぺよ」
肩越しに笑いかけてくる。
「じゃ、ラストスパートよ。行きましょっか」
英子はあごをしゃくって三つ編みをゆらした。背をまっすぐにして、堂々と歩いていく。
「ああぁ、の」
隣に並んだ友則は、胸にチラシをの半分を叩きつけられる。もたつく友則をよそに、すたすた進んでいく。
スーパーにさしかかると足を止めた。
「ここよ。おばさんねらいでいくからね。若いお姉さんと、男の人は除外よ。学園祭には来ないでしょ。でもね、おばさんはバザーにつられてやってくる。だからねらいめなの。いくわよ」
英子は出てきたおばさんに頭を下げた。気をとられたおばさんの手もとに、チラシをさしだした。おばさんはチラシを受け取った。重い買い物袋を持ち上げてチラシを読んでいる。英子はすぐに次のおばさんに移った。そっちも受け取ってもらえた。
「わかったわね。おばさんは物をもらうのが好きなの。だから、手もとにチラシを出されると受け取っちゃうわけ。やって」
「ん、ああ」
さっきの失敗が頭にあった。気は進まなかったが、真似してやってみた。
おばさんに頭を下げてから、チラシを手もとにさしだす。
「はいはい」
両手がふさがっているのに、チラシを受け取ってくれた。見もしないけど、握ったまま駐輪場のほうへ歩いていく。チラシをどうするのか気になった。自転車のカゴに荷物を置くと、チラシを見ていた。
英子に隠れて、握った拳を振った。
「あたしはあっちの出入り口で配るわ。こういうのってね、どっちからもらったらいいのか迷わせちゃうから、ひとりずつ配ったほうがいいの。経験上ね」
「へ、え。もしかしておまえ、やったことあんのか?」
「うん、うち、パーマ屋さん」
通り過ぎようとしたおばさんに、英子はチラシをつかませた。
その動作に続けて、歩きだした。
「おい、ちょっと待てよ」
英子が振り返った。眉を上げて首をかしげる。メガネ越しの大きな瞳が見つめてくる。
「えぇと、いや、その。今日は、手伝って、もらって」
「カン違いしないように。副会長として当然のことをしたまでですから」
メガネを直した。細いくびすじを見せて背を向ける。
「あそっ」
友則の口もとが、ゆるんだ。眉間にしわを寄せて微笑む。
英子の足もとはまったく乱れることがない。一直線に進んでいった。
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「一行コンセプト」
ムカついていた同級生に、思いがけず励まされ、ホロッとさせられる少年の話。
転(1600)
・駅の改札口でチラシ配りをはじめる主人公
・知らない人にチラシを手渡すのは、意外と恥ずかしい
・なかなか受け取ってもらえない
・やっと成功するも、直後にポイ捨てされる
・じゃまにされた拍子によろけ、チラシをばら撒く
・汚損の激しい何枚かを捨てるはめに
・配るのは断念し、チラシ貼りに変更する
・貼るのもなかなか大変、ひとりで奮闘する主人公
・無許可で怒られたり、貼るスペースを確保できなかったり
・嫌いな犬に追いかけられと散々
・気がつけば日が傾きはじめている
・とぼとぼ学校へ向かう主人公
・目の前に仁王立ちした女子があらわれる
・気おくれする主人公に、イヤミを言ってくる
・悔しいが反論できない主人公
・チラシの量を皮肉って、強引に奪い取る女子
・主人公は声を荒げる
・背中を向けた女子が、思いがけず、主人公のがんばりをねぎらう
・しかもチラシ配りを手伝うと言う
・驚きで言葉をなくす主人公
結(400)
・市役所の並びのスーパーでチラシ配りをするふたり
・女子にはチラシ配りの経験があった
・手際が良い
・女子に礼を言おうとする主人公
・あくまで生徒会のためと憎まれ口をたたく女子
・苦笑する主人公
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