よみかく分室課題部屋

1004 １０００字課題、６／１８分、Ｎｏ．１４０「鳴らない電話が鳴りまして」（３６００文字）

2004/6/18(金)13:01 - 名無し君２号 - 24376 hit(s)

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Ｎｏ．１４０
題名：鳴らない電話が鳴りまして（３６００文字）

　おお……と昇太は声を洩らした。そのまま口は開きっぱなしになる。
　見上げているのは、いまにも朽ち果てそうな木造のアパートだ。外壁の木は黒ずん
でいるし、窓のガラスもひび割れていた。
　二階の窓に人影が浮かぶ。二度、三度と引っかかりながら、窓を開けた。
　顔を出したのは、繊細そうな顔つきの男だ。薄い唇に笑みを浮かべている。
「やあ、来たね」
「おーう、友之」
　昇太は、手に持ったコンビニの袋を持ちあげ、揺らした。
「ちょっと待ってて。いま降りるから」
　窓の奥へと友之は消えた。

「しかし、すげえとこだよな」
　一歩進むたびに廊下が軋む。深く沈みそうになって、昇太はあわてて足を引いた。
「なかなか雰囲気でしょ」
　前方を進む友之は、特に引っかかることもなく、ジグザグに歩いていた。昇太はそ
の動きを注意深く見つめ、おなじところに足を乗せていくようにした。
「なんか、こう……トトロでも出てきそーな」
「ははっ。出てきたら捕まえてあげるよ」
「美味いのかな？　とっ、あぶね」
「なんとなく脂身が多そうだけどね……ここだ」
　最後にぴょんと跳びはね、友之は扉の前に立った。錆びついた音を鳴らしながら、
扉を開く。天井から、ぱらりと埃が落ちてきた。
　昇太は友之に習って、変色した床を跳び越す。部屋のなかを覗きこんだ。
　意外と普通だった。あくまで、年期入りすぎな外観や、薄暗い廊下から受けた印象
からすればだが。真新しい畳が、窓からの光に青く照らしだされていた。
「どうぞ」
　さっさと友之は上がっていく。
「おじゃましまーす」
　小声で呟き、昇太は靴を脱ぎ散らした。
　部屋に入るなり、さわやかな畳の匂いが出迎えてくれた。せま苦しい部屋の真ん中
には小さなテーブルが鎮座間している。男のひとり暮らしにありがちな、ゴミの散乱
はない。本やＣＤはきちんと一箇所に整頓されていた。
「へえ」
　ポスター類はないようだ。壁には洋服が掛かっている。
「きれいにしてんなー」
「小汚いところに住んでるのに？」
「まったく。妖怪屋敷なのに」
　昇太はコンビニの袋をテーブルの上に置く。座布団の上に腰を降ろした。ポケット
から煙草を取りだしながら、言う。
「で、用件はなんだ」
「うわー、うまか棒の納豆味だー」
　白いポリエチレン袋の中身を探っていた友之が、顔を上げた。
「用件？　……ああ、用件ね」
　友之は体をねじり、部屋の隅に手を伸ばした。友之の後ろでまとめた黒髪を見つめ
ながら、昇太は煙草に火をつける。
「これなんだけど」
　昇太の真正面にドンと置かれたのは、ダイアル式の黒電話だった。いまどき、再放
送のドラマのなかでしかお目にかかれないような骨董品だった。
　短く刈りこんである頭を、昇太はぽりぽりと掻いた。唇の端を曲げる。
「なんだよ。使えるの、これ」
「使えちゃうんだよね、それが」
　かすかに友之の声は暗い。
「ふうん。ま、いいんじゃない、レトロで。この屋敷にはぴったしだよ」
「ぼくもそう思う」
　長々と昇太は煙を吐いた。
「だったら問題ないんじゃねーの」
　うっすらともやに包まれながら、友之はじっと昇太の顔を見つめている。先に目を
逸らしたのは昇太だった。
「なんだよ」
「いや、じつは」
　そこにベルが鳴る。
　ひ、と昇太は声を漏らしてしまった。けたたましい呼出音が鳴り響く。じりりりり
りり。
「な、な、な」
「雰囲気でしょ？」
　ごくり、と昇太は唾を呑みこんだ。いまだ衝撃は体から抜けていないようだ。顔に
血の気が戻っていない。
「け、ケッコー不気味だよな」
　友之はうなずいた。こちらの顔も青白かった。
「まあ、でも、いいじゃねーか、電話なんだから、ベルだってそりゃ、鳴るさ」
「――線がつながっていればね」
　友之は電話線を持ちあげた。それは電話から十五センチほど伸びたところで断ち切
られ、中身の銅線を覗かせていた。ずたぼろの皮膜を、昇太はまじまじと凝視する。
「ねえ、昇太。お願いだから、出てよ」
　なんどか昇太はまばたきをする。ふ、と詰めていた息を吐きだした。ゆっくりと友
之を見る。満面の笑顔だった。
　じりりりりりり。
　黒電話は、いまだ神経質な音を鳴らし続けている。
「ふ、ふ、ふぅざけるんじゃないよぉ！　なんでおれが」
「来てもらったのはこのためなんだよね。いやー、さすが昇太。妖怪屋敷なんて、い
いとこ突くよねえ」
「お前あての電話じゃねえか！　お前が出ろよ！」
　いやあ、と友之は頭を撫でる。
「これ、部屋の押し入れにあったんだよ。インテリアにいいかなあ、と置いておいた
んだけど、まさか鳴るとはねえ」
　ぱくぱくと口を動かすばかりの昇太。ぽろりと煙草が落ちた。
「さ、出てよ出てよ。どうせ声だけだからさ」
「やだー！　絶対！　やだー！」
　じりりりりりり。音は鳴り止まなかった。

時間：５時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・木造アパートの古びた感（ふうん）→そこそこ
・男ふたりの駄目な会話（あはは）→あんまり
・怪奇現象の不気味さ（どきどき）→そこそこ
・主人公のお人好しさ（あはは）→あんまり
・友人のタチ悪さ（おおう）→あんまり

メモ
■一行あらすじ
　いわくありげな古い木造アパートに住む友人に呼びつけられ、鳴らないはずの電話
が鳴るという怪奇現象の解決を頼まれて困る主人公の話。友人はべつに怖がっておら
ず、ただ主人公をいぢめたいだけ。


■プロット
・おんぼろの木造アパート。遊びに来た昇太、入り口でその古さに驚く。
・二階から声をかける友之。いま行く、と言って窓から消える。
・部屋に入る場面に変わる。昇太、部屋のなかを見回す。やはり古いが、整然として
  いる。
・昇太、用事はなにかと問いかける。これなんだよな、と友之が出したのは黒電話。
・一見、普通な電話に、怪訝な表情を浮かべる昇太。いきなり電話が鳴る。昇太、び
  びる。
・すこし不気味だが、べつに電話が鳴るのは普通じゃないか、と言う昇太。友之、電
  話線がつながっていればね、と切れた線を見せる。昇太、青ざめる。
・友之、電話に出てくれるよう笑顔で頼む。鳴り続ける電話。固まっている昇太。面
  白がっている友之。


主人公の名前、田辺昇太
友人の名前、曽我部友之

〔ツリー構成〕

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