よみかく分室課題部屋

1037 １０００字課題、７／２６分、Ｎｏ．１４７「秘技・すいか斬り」（５８００文字）

2004/7/26(月)23:47 - 名無し君２号 - 25287 hit(s)

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Ｎｏ．１４７
題名：秘技・すいか斬り（５８００文字）

　ぎらぎらと輝く太陽が、海を、砂浜を照りつけていた。絶好の海水浴日和、本当な
ら家族連れや若い男女の、とても楽しげな声で満ちているはずだった。
　なのにビーチでは、戸惑いにあふれたざわめきが砂にまみれて漂っている。
　郷田真理は所在なげに腕を組んだまま、自分の脇腹を撫でた。可愛さよりも機能性
を重視した、セパレートタイプの水着。そのちょうど露出した肌には、うっすらと汗
が浮いていた。指先がさらりと濡れる。
　いま、あたしはどんな風に見られているんだろう――？
　自分たちを遠巻きにしている海水浴客の不安げな顔を眺めて、真理は静かなため息
をついた。
「さあ、真理、見事にそのすいかを割ってみせよ。おぬしの腕がなまっておらんかど
うか、この爺に見せてみい！」
　大音声を響かせたのは、やや離れた場所に立つ、白髪の老人だった。
　雄々しい。古木ながら、しっかりと大地に根を張り、いまだ空に向かって幹を伸ば
している、そんな印象を受ける老人だった。純白の六尺ふんどしが目にまばゆい。
（おじいちゃん……）
　真理はまたため息をついた。
　祖父の隣には、だらだらと汗をかいているオールバックの男がいる。盛りあがった
大胸筋の前で、丸太のような腕を組んでいた。ぎらりと光る、大きく古いデザインの
サングラスは、おしゃれというよりは威圧感を与える役に立っている。汗に濡れて輝
く体にぴちぴちのビキニパンツときて、まるでボディービルダーだった。
　真理の父、郷田大治郎だ。
　こみあげてくる苦い感情を、真理はぎゅっと唇を噛みしめてこらえた。そんな気も
知らず、母の静佳はパラソルが作りあげた影の中で、にこにこと微笑んでいる。大き
めのＴシャツのすそから、紫色の水着と、豊かな太股があらわになっていた。年甲斐
もなくなのかまだ年相応なのか、真理には判断がつかなかった。
　そういえば、ママって何歳なんだっけ。……まてよ、そもそも誕生日を祝った記憶
が無いぞ？　あの人はいったい――。
「どうした真理ー！　ビビってんじゃねえぞー。なんならおれが代わってやろうか
ー？」
　人の名前を大声で叫ぶんじゃねえ、と真理は末の弟を睨みつけた。中学生のくせに
頭を金髪に染めている末弟、郷田悟は、真理の殺気をまともに浴びて、のど仏をぐび
りと動かした。蛇に睨まれた蛙状態の弟の横で、ふたりの兄が笑っている。
「おいおい、真理。気合いを入れる相手が違うんじゃないのか」
　そう言って、長男の郷田慶一は口元についたビールの泡を太い腕で拭った。足下に
はすでに無数のつぶれた空き缶が転がっている。あれだけ呑んでいるというのに、ぽ
っちゃりとした体は少しも赤くなっていない。
「……ふんっ」
　手に持った缶を慶一が握りつぶした瞬間、腕に胸に、鋼を束ねたような筋肉が浮か
びあがった。すぐにまた元通り、柔らかな体型に戻る。足下につぶれた缶が落ちた。
　慶一の頭の上から、新たなビールの缶が降りてくる。
「に、兄さん。び、ビール」
　長男の背中ごしに、次男の宗次が長い腕を伸ばしていた。長男とは逆で、宗次は上
に大きい。かといってひょろ長いわけでもなく、引き締まった体つきをしていた。
「おう、ありがとうよ、宗次」
　長く波打った黒髪の向こう側で、宗次の瞳が鋭く光っている。アマレス選手のよう
な水着を着て――だけど横に縞模様が入っているから、まるで囚人だ――どこか底冷
えする笑みを浮かべていた。もっとも、真理は二番目の兄がこういう表情をするとき
は、とても機嫌が良いのだと知っている――周りの海水浴客がどう見ているのかはと
もかくとして。
　宗次が真理を見た。泣いている子供がさらに引きつけを起こしそうな笑みだったの
で、真理はびくっと体を震わしてしまった。
「が、頑張れ……ま、真理」
　宗次の声援を、真理は力の無い笑顔で受ける。
　そうだ。あたしはただ一家勢揃いで海水浴に来ているだけなんだ。これだってそう
だよ。ただのすいか割りなんだ。
　ふぅ、と息をはいて、真理は足下の物体を見下ろした。
　氷の角柱が、熱い日差しにきらめいている。その中に浮かんでいるのは一個のすい
か。氷づけのすいか。
　そう。これを、角柱ごと素手で割るんだ。
（やっぱ普通じゃないよなあぁぁ）
　眉間に深々とした皺をくっきり浮かびあがらせた真理の耳に、周りの海水浴客のざ
わめきが洩れ聞こえた。
『やっぱりヤクザだよ』
　ふざけんなよ。
『でも入れ墨がないじゃない』
　そうそう。わかってるじゃん。
『アレだよ。企業ヤクザだから墨は入れないんだよ』
　あのね。
『それに最近のファンデーションは高性能だからな。塗れば隠せるんじゃないの？』
『どっちにしろヤクザなんだ。やだ、こっわーい』
『なんでこんなところに来るんだろうねえ。こら、目を合わせちゃいけませんよ』
　……。
「うん、どうしたんだ真理。頭を抱えたりなんかして、まさか熱射病か」
　ビール缶をちゃぽちゃぽ鳴らしながら、慶一が心配そうに唇を曲げた。
「んな可愛げが真理にあるわけねーじゃん、慶一アニキ。だいたいにして」
　余計なことを喋りそうな悟に、真理は容赦ない殺気をぶつける。太陽に灼かれる砂
の上で、かっちりと悟を凍りつかせた。ふたりの兄は苦笑する。
　真理は深くゆっくりと息をはいた。
　目を細め、脇をしめて拳を腰の横につけた。うすく筋肉の浮いた腹部が、呼吸にあ
わせてゆったりと波打つ。
（やるわよ……やればいいんでしょう）
　いろんな怒りが渦巻いている。そしてそれは誰にもぶつけられないものだ。家族に
悪気は無いし、周りの海水浴客だって悪くない。おかげでたまに悪い悟には溜まった
ものをぶつけてしまう。――まあ、それはあいつに問題があるからいいや。
「なあ悟。お前なら、あれ、どうやって割る？」
　慶一の声はもう真理には聞こえていない。思案顔の悟も。
「うーん……。踵かなあ。頭突きってもありかな」
「バカいえ。ありゃ見た目よりもはるかに堅いぞ。溶けかけるとな、氷ってのはぎゅ
っとしまるんだ。頭のほうが逆に割れちまう」
「じゃあ、慶一アニキならどうすんだよ」
「おれか？　おれは、こうやって……」
　砂の上に置いた空き缶に、慶一は手を当てた。気合を入れた瞬間、手の平は砂に埋
まる。
「こうだ」
　慶一の指先が、平べったくなったアルミをつまみあげた。
「……じゃあ、真理はどうすんだよ。慶一アニキはバカ力あるからいいしさ、宗次ア
ニキは長い手足がそもそも威力あるし、空手やってるし。でも真理は力も体重もない
……技だって」
　慶一はにやにやと笑っている。
「ま、見てな。爺ちゃんは出来ないことはやらせないよ」
　真理の腹部が、ぎゅっと引き締まった。大きく目を見開く。
　手を高々と掲げた。指先は真っ直ぐに伸ばされ、揃えられている。
「――いぃやぁ！」
　手刀が氷に落とされた。溶けて濡れた表面に、音も無く当たる。
　そのままの体勢で体から力を抜き、ほっと息をはいた。すっくと立ち上がり、後ろ
に退いた。
「な、なんだよ？」
　悟が覗きこむように背を伸ばした。
「ぺちって、ちっとも凄くないじゃんか。いつもの勢いはどこいったんだよ！」
　缶ビールから慶一は口をはずす。唇は楽しそうなカーブを描いていた。
「まだお前にはわからないか。なあ、宗次？」
「や、やっぱり、真理、凄い」
　うんうんと宗次はうなずいている。
「なんだよなんだよ。アニキたちふたりでばっかりよ。ちっともわかんねえよ。あの
通り、うんともすんともいってねえじゃねえかよ」
　悟が指さした先では、相変わらず氷の箱のなかにすいかが浮かんでいる。
「お前もいっていただろ。力も体重もないし、技もないって。なのになんでお前はそ
んなにビビってるんだ？」
「そりゃ……殴られるとむちゃくちゃ痛えから……」
「なんでだ？　力も体重も技もないのに、なんでそんなに効くんだ？」
　三白眼の中で、悟は黒目を泳がせる。非常に頼りない。海を泳いだら溺れてしまい
そうなほど、弱々しい勢いだ。
「そんなの……わっかんねえよ」
「だからいつまでたっても駄目なのよ」
「うああああ！」
　飛び上がる悟の横をすり抜け、真理は慶一の隣にしゃがみこんだ。
「お疲れさんだな」
「ほんっとーに疲れた。宗次兄さん、あたしの分、あるー？」
　黙って差し出されたジュースを、真理は受け取る。果汁百パーセントのアップル
ジュースだった。真理の好みだ。ささやかな気配りがありがたかった。
「おい、駄目ってなんだよ。真理だって割れてねーじゃねえか！」
　こういうささやかな悪意は本当に腹が立った。
「あたしにあれだけぶちのめされて、まだ気づいていないってのが駄目なのよ」
「あー、もー、わけわっかんねえよ。いい！　おれが割ってやる！」
　ずかずかと砂の上に足跡を残してゆく悟の背中を見つめながら、真理はリンゴの冷
たい甘酸っぱさを味わった。火照った体には心地よい。あれを使うと、いつも体が熱
くなって仕方なくなるから。
「うわっ」
　悟の声に、周りの海水浴客がびくんと反応した。真理はちらりと祖父を見る。満足
げに微笑んでいた。父は相変わらず仏頂面だ。母も変わらない。にこにこと笑ってい
る。
　缶が離れた真理の唇にも、微笑みが生まれていた。
　悟が自分の足下を指さしている。きらきらと輝いていた。
　砕け散った氷と、真っ二つに割れたすいかの、赤い断面が覗いていた。
「見事！」
　祖父の大きな声に、海水浴客の困惑はひどくなるばかり。
（まあいーや……）
　手のなかのアップルジュースを、真理は一気に飲み干した。

時間：１２時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・主人公がすいか入り氷を割る動作（おお）→あんまり
・一癖ある家族（わはは）→そこそこ
・家族が回りに与えている威圧感（わはは）→そこそこ
・浜辺感（ふーん）→あんまり

メモ
■一行あらすじ
　周りに海水浴客がいるなかで、格闘一家の家族に見守られているため、嫌々ながら
も氷の角柱に入ったすいかを手刀で叩き斬ることになった少女の話。

■プロット
・真夏の浜辺。海水浴客が遠巻きにしているなかを、筋肉ムキムキの家族に見守られ、
  氷柱入りのすいかの前に立っている少女。周りの視線を感じて恥ずかしく思ってい
  る。
・少女の心境も知らず、それぞれのやり方で応援している家族。厳しい目で睨む祖父。
  腕を組み仏頂面で眺める父。日傘を差し、にこにこ微笑む母。ひたすらビールを飲
  んでいる長男。うつろな目で見つめる次男。はしゃぐ四男。（主人公は三女）
・観光客の噂話が少女の耳に入る。やたらごついことや人相が悪いことから、ヤクザ
  やプロレスラーと勘違いされる。少女、さらに恥ずかしく思う。
・祖父に修行の成果を見せろと吠えられ、嫌々ながらも覚悟を決める少女。氷柱入り
  すいかの前に立ち、構える。
・深く息を吸い、吐く。少女が集中している間に、だんだんと周りも息を飲み始める。
・気合一閃、氷柱に手刀を落とす。見事に割れる。
・それぞれのやり方で喜ぶ家族。満足げな祖父。表情を変えない父。相変わらず微笑
  んでいる母。さらにビールを飲む長男。口元に笑みを浮かべるだけの次男。はしゃ
  ぐ四男。少女、ほっと息をつく。
・周りの海水浴客から大歓声。少女の恥ずかしさが頂点に達する。普通の家に産まれ
  たかったとため息をつく。

〔ツリー構成〕

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