よみかく分室課題部屋

1031 １０００字課題、７／１６分、Ｎｏ．１４５「だって仕方がないんだ」（６４００文字）

2004/7/16(金)12:01 - 名無し君２号 - 22456 hit(s)

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Ｎｏ．１４５
題名：だって仕方がないんだ（６４００文字）

　警笛が響く。夜行列車が頭上の橋を通過していった。コンクリートの橋脚がびりび
りと震える。
　轟音は列車と共に走り去り、代わりに戻ってきたのは、静かな川の流れだった。
「……びびらせんなよな」
　武田ハルは、もう列車の過ぎ去った橋を見上げていた。手に持った懐中電灯が、ハ
ルの膝までも伸びた草むらを照らしている。
「おそらく最終の電車だろう。もうやっては来ないさ」
　声と共にまばゆい光がハルを襲う。目をぎゅっと細め、ハルは手で光をさえぎった。
「バカ、おれを照らすんじゃねーよ」
　黒いジャージ姿のハルが夜の川原に浮かびあがっていた。それも一瞬で、すぐに光
は草むらを滑って逃げてゆく。睨みつけるハルの視線の先には、おなじく黒いジャー
ジ姿の少年がいた。光は、少年の頭部から放たれている。
「すまん」
　ぺこりと少年は頭を下げた。光も一緒に動き、少年の足下へとゆく。ハルは右手に
持った懐中電灯をくるくる動かした。光もくるくる回る。
「もうちっと気をつけてくれよな、カズ」
「うむ。以後気をつけるとしよう」
　カズは頭に手をやり、ライトを押さえつけた。漏れた光で眼鏡がきらりと輝く。
「しかし見つからないな。……なあハル、本当にアレはここにあるのか」
「ああ。隣の大学生田中は、いつも月末になるとアレをここに捨てる。間違いねえ」
　ハルは懐中電灯で草むらを照らしつつ歩いていた。カズも頭部のライトを草むらに
向け、しきりに動かし始める。
「だったら直接貰えばよかったんじゃないか。そうすれば、こんな時間にこんな場所
で、こんなことをしなくても」
「バッカ野郎。そんな恥ずかしいことができると思ってんのかよ」
　ハルは腰をかがめ、乱暴に手で草を払った。カズは足で草をかきわけながら、小さ
くため息をつく。
「これはこれで充分に恥ずかしいと思うんだが」
「うるせーな、口よりも手を動かせ、手を。だいたいだな、お前だって直接アレを買
うのは恥ずかしいからこんなことやってんだろーが。探検隊みたいなライト、頭につ
けてまでよ」
「むう。あえて反論はすまい」
　しばらく、ふたりは黙々と探索を続けた。
「ときにハル。隣人大学生田中はどんな嗜好なんだ？　これだけ頑張ってホモセク
シャルだったら、ぼくは泣くぞ」
　腰をとんとんと叩きながら、カズは問いかけた。
「う。その心配はない……と思う」
「ＳＭ系もちょっとキツイぞ」
　ハルは考えこんだ。顎に指先を当て、ぐりぐりと動かす。
「うーん、そこまではわかんね。見た感じだと、なんとなくロリコン系のような気が
するんだけどな。大学生のロリコンなら、きっとおれたちにはジャストフィットだろ」
「なんとなくってなあ……と、これは」
　身を屈め、カズは草むらに手を伸ばした。すぐさまハルは身を踊らせ、駆けだして
ゆく。
「あったか！　あったのか！」
　草を舞い散らせながら、ハルは屈みこむカズの元にたどり着いた。カズに見上げら
れた途端、ハルの顔はまばゆく光る。照らされたまま、ハルはジト目で睨みつけた。
「だからな、カズな、お前な、いいかげんにな」
「ああ、すまんすまん」
　カズは頭部に手を当てた。カチリという音がして、ライトは消える。目をぱちくり
させ、光の衝撃を逃がしたハルが最初に見たのは、喜びに歪んだカズの唇だった。ゆ
っくりとカズが掲げた本には、こう書かれていた。
　――『ももいろ通信』。
「これだけじゃないんだ。まだまだあるんだ」
　カズの声はかすれていた。ハルは無言でカズの足下を探る。
「ひい、ふう、みい……。十冊もかよ。田中さん、ためこんだなあ」
「なかなか多岐に分かれた嗜好の持ち主なようだな。『女子高生ゲリラ』に『素敵な
若奥さん』……期待させてくれるタイトルじゃないか」
　カズの声はうるみ始めた。ハルに向き直る。
「ハル……！」
「カズ……！」
　ふたりは見つめ合う。
「ぼくたち、やったんだよな」
「ああ、やったんだ。ついにおれたちは手に入れたんだ」
「そうだよな。ついに手に入れたんだよな。……男のロマンを！」
　ふたりは熱い抱擁を交わした。背中に回した手を、何度もバンバンと当てる。
「……さて、じゃあさっそく分配なんだが」
「ひとり五冊ずつだな。カズは熟女好きだったよなー。じゃあ『素敵な若奥さん』は
そっちだな」
「ハルはやっぱり『ファイナル・エロリスト』か？」
　月下で熱い議論が交わされた。ゆるやかに流れる川の音が、優しくふたりを包みこ
む。
　お互いの戦利品を抱え、おもむろにジャージの裾をまくり上げると、ふところに入
れた。ぽっこり膨らんだ腹を押さえ、頷きあうと、川を背にしていそいそと歩き始め
た。
　草むらを抜け、なだらかな丘を上がる。丘の上には、外灯が規則的に並んでいた。
　ふたりの足取りはどんどん速くなってゆく。湧きあがる笑顔を隠そうともせず、ほ
とんど全力疾走で駈け上がった。飛び上がり、アスファルトに着地する――。
「きゃっ」
　出迎えたのは女性の悲鳴だった。そこに犬の激しく吠えたてる声が被さる。ハルは
固まり、カズは震えあがった。
　ふたりの腰ほどの高さがあるセント・バーナードが、ふたりに牙を剥き出しにして
いた。首輪の先には、怯えたように腕を胸元で重ね合わせているおさげ髪の少女がい
る。眼鏡の向こうの瞳も、恐怖に歪んでいた。
　ハルは慌てて頭を下げる。
「す、すんません！」
「あ……た、武田？　それに相沢か？」
　いぶかしそうにハルは眉間に皺を寄せた。少女の顔を見つめた途端、ほっと息をつ
く。
「なんだ、委員長かよ」
　さっと少女は頬を赤らめ、唇を尖らせる。犬は唸っていた。
「なんだとはなんだ。それにわたしの名前は委員長じゃないぞ。ちゃんと七瀬真由子
という名前がある。何度言えばわかるんだ」
「へいへい」
　ぎろりと真由子に睨みつけられ、ハルは表情を強ばらせた。
「しかし……武田ハルに相沢一彦。きみたち、こんなところでなにをしているんだ」
「な、なにって、そりゃ」
　ハルはすがるような目つきをカズに向けた。しかしカズはうなり声を上げ続ける犬
を凝視するのに忙しくて、まったく気づく様子がない。ハルは舌打ちする。笑顔でつ
くろった。
「あー、そのー、そうだ、委員長こそどうなんだよ。クラスの代表が、こんな時間に
出歩いてていいわけぇ？」
「わたしはジョンの散歩だ」
　首輪から伸びている紐を見せつけた。あわせてジョンも吠える。カズは「ひぃ」と
悲鳴を洩らした。
「ジョン、静かに」
　ぴたりとジョンは吠えるのを止めた。しかしうなり声はあげ続けている。カズはひ、
ひ、ふうと荒く息をついていた。
「おい、カズ。なんだそのラマーズ法は」
「ぼ、ぼく、だ、だ、駄目なんだ。犬だけは、犬だけは……」
　がたがたとチワワのように震えるカズを見つめ、ハルはため息をついた。
「ふむ」
　真由子は、眼鏡の向こうの瞳をきゅっと細めた。それに気づき、ハルは口をへの字
に曲げる。真由子がこういう目つきをすると、必ず隠し事がバレるからだ。思わず腹
に回した手に、力をこめてしまう。
「どうも怪しいな？　相沢が頭につけているもの、それはライトじゃないのか。きみ
たち、どこかに忍びこんだんじゃないだろうな」
「ば、バーカ。んなわけねーじゃねーかよ」
　ひっくり返った声では説得力のかけらもない。
「ならば腹になにを隠しているんだ。ほら、その膨れたお腹だ。――まさか、下着か」
　ハルの頬はぴくぴくと痙攣を始める。
「な、な、な、なんでもねえんだよぉ。ほら、カズ、行くぞ」
　まだラマーズ法を続けているカズをむりやり引っ張っていった。
「おい、待て、まだ話は……」
「こっちに話はねえ！　いつもいつもうるせえんだよ、ブースブース！」
　むっと真由子が顔をしかめると同時に、主人の意をくんだジョンが大きくひと吠え
する。それは、今までで一番大きな吠え声だった。
　ひぎゅあ、と絞め殺されたような声があがる。
　カズが体を反らせていた。手足は奇妙な方向にねじくれている。潤んだ目と貼りつ
いた笑顔が、カズの恐怖を物語っていた。
　どさばさぱた、と本が落下した。
　慌ててハルは拾い上げようと手を伸ばす。しかし、片手では自身が抱える五冊の本
を支えきることは出来なかった。
　落ちてゆく。男のロマンが落ちてゆく――。
　どさばさぱた。ざさ。
　長い静寂が続いた。車のクラクションが、遙か遠くから聞こえた。
「……ほほう」
　真由子の冷たい視線を感じながら、ハルは屈みこんだまま動くことが出来なかった。
カズはいまだ体を反らせたまま、小刻みに震えている。
「ふうん。武田ハルは女子高生がお好みか？」
　びくん、とハルは体を動かした。
「相沢一彦は……へえ。人妻が好きなのか。マザコンなのだな」
　びびくん、とカズは震えたが、真由子の言葉がダメージを与えたのか、犬の恐怖が
まだ残っているためなのかは判断がつかなかった。
「あ、あのさ、い、委員長」
「委員長という名の人間はここにはいないが」
「七瀬さん。真由子さま」
「うむ。続けなさい」
　おずおずとハルは顔をあげる。真由子の顔には何の感情も浮かんではいなかった。
まるでここに誰も居ないかのようだ。ハルの心は激しく痛めつけられる。いっそ笑っ
てくれ！　いっそ怒ってくれ！
「こ、これには事情がありまして、そのう」
「どんな事情なのだろうか」
「ええと、あの、アレなんです。ぼくたち、環境問題に興味があって、だから、その
う、川原のゴミ拾いをしていたんです。だから、たまたまこういういかがわしいもの
が落ちていたのであって、ほら、ここって通学路じゃないですか。一年生がこんなも
の見たりしたら、有害ですよね。だから――」
「へえ。それは感心なことだ」
　ようやく真由子の顔に笑みが浮かんだ。あからさまに作り物めいていたが、ハルは
胸を撫で下ろしつつ、一緒に笑う。
　アハハ。フフフ。アハハハハ。フフフフフ。
　ぴたりと真由子の笑い声は止んだ。笑みは溶け、蔑みが浮かぶ。
「まったく浅ましいな。落ちたものを拾わねばならないほど餓えているのか、このド
ヘンタイどもが」
　ギリ、と歯ぎしりを残して、真由子は犬を連れて通り過ぎていった。それをハルは
笑顔を固まらせたまま、カズはいびつに体を固まらせたまま、見送っていた。
　真由子は外灯の下を、振りむかずに歩いてゆく。遠く、闇のなかに埋もれて見えな
くなった。
「餓えてるんだよ」
　屈みこんだまま、ハルはぽつりと洩らした。
「おれたちは餓えているんだよぉ」
　道路に突っ伏す。わなわなと震えた。カズはまだ、あの姿勢のままで震えていた。

時間：９時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・少年ふたりの熱くも間抜けな会話（うはは）→いまいち
・少年ふたりのバカな行動（うはは）→そこそこ
・クールな委員長（素敵）→まあまあ

メモ
■一行あらすじ
　夜中に川原からえっちな本を拾ってきた少年ふたりが、戻る途中でクラスの委員長
と出会い、行動がバレ、思い切りバカにされてへこむ話。

■プロット
・午後の１０時。ジャージ姿で手には懐中電灯という怪しげな格好で、河原を探索し
  ている中学生の少年ふたり。
※河原はゆるやかな坂をくだった場所にあり、膝丈ほどに草が生い茂っている。坂の
  頂上はアスファルトの道路が伸びており、少年ふたりはいつも通学路として使って
  いる。
・ふたりの会話でエロ本を探していることがわかる。
・ついに発見、過剰なほどにふたりは大喜び。ふところに納め、足早に立ち去ろうと
  する。
・道路まで坂を駈け上がったところで小さな悲鳴があがり、ふたりは驚く。悲鳴をあ
  げたのは犬の散歩をしていた委員長。
・委員長に詰問され、返答に困る。ちぐはぐなやりとり。（脅かされたことと、悲鳴
  を聞かれた恥ずかしさとで委員長は怒っている。少年ふたりは苦手な委員長と、ふ
  ところのエロ本を気づかれちゃ不味いので困っている。できれば逃げ出したい）
・会話の最中、ずっと委員長の犬はうなり声をあげている。じつは少年のひとりは犬
  が苦手。むりやり会話を切り上げてその場から逃げ出そうとした少年たちに、犬が
  吠えたてる。少年のひとりは恐怖に飛びあがり、ふところからエロ本を落としてし
  まう。
・ジト目で落ちたエロ本を見つめる委員長。慌てふためく少年ふたりをねめつけ、冷
  たい言葉を浴びせて去ってゆく。少年ふたりは激しく落ちこみ、その場にうなだれ
  る。

■登場人物
・武田晴……中学二年生。短髪でつんつんと尖らせている。ハリネズミと揶揄される。
  生意気な顔つき。運動神経のよさとそのバカさゆえにクラスでの人気は高い。
・相沢一彦……同学年。黒縁眼鏡をかけている。前髪は眼鏡にかかるほど、横も耳が
  隠れるほど、襟足も長い。頭にライト。気難しい性格。行動は間が抜けていること
  が多い。
・七瀬真由子……同学年。学級委員長。あだ名はまんま「委員長」。おさげ髪に眼鏡
  という王道ルックス。よく問題行動を取る武田と相沢はいつも委員長に怒られてい
  るため、苦手としている。

〔ツリー構成〕

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