よみかく分室課題部屋

973 １０００字課題、５／２５分、Ｎｏ．１３１「きみよ、ぼくといってくれ」（２８００文字）

2004/5/25(火)09:38 - 名無し君２号 - 8914 hit(s)

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Ｎｏ．１３１
題名：きみよ、ぼくといってくれ（２８００文字）

「なぁ、たのむよ」
　ぱん、と手を合わして、ケンジが拝みはじめた。窓際にケンジと並んで立っていた
カオルは、あわててまわりをうかがう。まったく余計な心配だった。いまどきの中学
生は、塾や習い事や遊びで忙しくて、放課後の教室でだらだらと時間をつぶすことの
できる、ある意味でゆとりのある人間は、ごくわずかしか残っていなかった。
　おかげで集団特有の熱がまったくない。
　拍手の音で集まった視線も、ぱらぱらと散ってゆく。
　まだ頭を下げたままのケンジが、そっと上目づかいでカオルの表情を確認していた。
それと知って、わざとカオルは不機嫌な顔を作り、ぷいと横を向く。
「ヤなもんはヤ」
　わざわざ唇まで尖らせる周到ぶりだった。そこまで準備しておいてから、ちらりと
ケンジを流し見る。くせのある黒髪のなかに、つむじがふたつあることを発見した。
すぐに教えてあげたい気持ちを、とりあえずガマンする。
「だいたいさぁ、そういうのってヘンだよ。アタシ、オンナなんだよ？」
　いきおいよくケンジの頭が跳ねあがった。ぐい、と体を前にのめらせてくる。
「ヘンじゃないっ。女の子が自分のこと『ぼく』っていって、なにが悪いんだよ」
　大きなケンジの瞳が、カオルをじっと捉えていた。あまりにも強く見つめられて、
カオルはさりげなく視線を外す。
「それをアタシに頼むのがおかしーよ。『ぼく』なんて、ぜったいヤ」
「いーじゃねーかよ。なあ、カオルぅ、たのむよ。一度でいいからさぁ。『アタシ』
じゃなくて『ぼく』っていってくれよ。なあ」
　ケンジが身を乗りだしてきた。カオルは両手を広げていきおいを止める。それでも
まだ距離が近くて、しかたがないから、くるりと背を向け、数歩離れた。
「だいたいさぁ、なんでアタシなわけ？　そこがわかんない」
　と、カオルの首が、かくんと後ろに曲がった。
　髪が痛い。後ろ髪をつままれ、引っぱられている。眉間にぎゅっと皺をよせて、カ
オルはケンジの指先を払った。顔をしかめたまま、振り返る。
「なーにすんのよぅ」
　ケンジの人さし指は、カオルの頭を指していた。いつもは生意気そうにゆがめてい
る口元を、いまはにっかりと笑みのかたちにしていた。
「ほら、髪、髪。みじかいじゃん」
　期待していた答えとは違っていた。もっとも、なにを期待していたのかと訊かれれ
ば、カオルもまだうまく答えられないのだけど。
　とりあえずカオルは睨むことにする。
「ミカだって、キョンちゃんだって短いじゃん」
「カオルは泳ぐのトクイだろ」
「はぁ？」
　問いかけを気にすることもなく、ケンジは歌うように喋りつづけていた。
「いっつもさぁ、スカートじゃなくてパンツじゃん。ひらひらしてねーじゃん。なん
か飛び跳ねてるしさ、化粧しねーしさ、なんていうのかなー」
　カオルはぽん、と手の平にこぶしを当てた。
「わかった。きみ、バカなんだ」
「ちょっと、カオルさん？」
　ちがう、ちがうよーと、ケンジは手をぶんぶんと振って否定した。
　腰の両手を当て、カオルはぐい、となだらかな胸を張る。
「なにが言いたいのかちっともわっかんない。けっきょくさ、どーゆーことなのよ。
なにがいいたいわけ？」
　ん、と声を洩らして、ケンジは首をひねりだした。カオルは自分の世界に入ったケ
ンジをしばらく見つめていたが、やがて手持ちぶさたになって、窓の外に視線を向け
る。
　空はぼんやりとした色合いになっていた。日中というには湿っぽく、夕暮れという
には明るい。そんな空の下で頑張っているんだろう、サッカーボールの弾む音と、そ
れを追いかける歓声とが、入り混じって聞こえてきた。もっともここからじゃ、中庭
しか見えないけれど。
　ようやく考えがまとまったらしい。ケンジがうんうんとうなずいていた。
「カオルはさぁ」
　まるで秘密を告げるかのようなケンジの口調だった。カオルは、べつに興味ないよ、
といった顔つきで、まだ窓の外を見ていた。鼓動の高鳴りを、わざとぶっきらぼうな
相づちを打ってごまかす。
「なに」
　ケンジの表情が輝きだした。
「すっげえ男っぽいんだよ！　だから『ぼく』がにあうんだって！」
　ぴく、とカオルはこめかみを震わした。みるみるうちに表情が変わってゆく。目を
大きく剥きだしにして、深く息を吸いこんだ。はぁぁぁぁ、と長い息をはく。
　はきおわって、体を真っ直ぐに起こしたとき、その表情はしっかりと硬いままだっ
た。
「――アタシ帰る」
　すたすたとカオルはすぐそばの机に向かった。机の上にちょこんと乗せられていた、
オレンジ色のリュックをひっつかむ。それを背負いながら、足早に教室を横切ってい
った。
「ちょっと待てよ」
　あわててケンジも、カオルの席のとなりにある机から、大きなスポーツバッグを取
った。
「おい、カオル、ちょっと、なーにを怒ってんだよ、オイってばぁ、なあ」
　こちらも足早に近づき、後ろから横にまわり、前から覗きこんで無視されて、それ
でも諦めきれずにまとわりつきながら、けっきょくふたりは一緒に帰った。

時間：３時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・主人公の心の揺れ（ほほえましく）→そこそこ
・女心を知らぬ少年（わはは）→ぼちぼち
・放課後の教室感（へへえ）→最低限は

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