よみかく分室課題部屋

1041 １０００字課題、７／３１分、Ｎｏ．１４８「しっかり殺れよ」（７２００文字）

2004/7/31(土)18:31 - 名無し君２号 - 23947 hit(s)

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Ｎｏ．１４８
題名：しっかり殺れよ（７２００文字）

　水銀灯の寝ぼけた光が、鉄骨が剥き出しの天井から降り注いでいた。しかし照明は
三分の一程度しか生きていない。天井近くの窓から忍びこむ月明かりと合わせても、
建物のなかはほとんど闇に沈んでいた。
　それでも、赤垣正義は目を凝らす必要がなかった。
　ちょうど上手い具合に、生きている照明は建物の中心部分に集まっている。スポッ
トライトのように――やっぱり寝ぼけてはいるけれど――地面に横たわる男を浮かび
あがらせていた。
「ちっとも起きないですよね。まさかコレ、死んじゃってませんよね」
　スポットライトのちょうど境目、光と闇の間に立っている女が、コレ、と男を指さ
して言った。
　隠しきれない声の震えを、正義は感じとっていた。
　女の横顔は青白い。水銀灯に照らされていることを差し引いても、顔色が悪すぎた。
「余計な心配はしなくてもいい。もうすぐ目を覚ます」
「そう……ですよね」
　えへへ、と女は笑い声をあげる。すぐに笑いは細り、高い天井に吸い取られて消え
た。
「あの、センパイの時はどうだったんですか。あ、そっか。センパイはいきなり実戦
でしたっけ。やっぱ凄いですよね。なんといっても、私の先生ですもんね。そりゃあ
強いに決まって」
「ハジメちゃん」
「――ハイ」
　女が唾を飲みこむ音を聞きながら、正義は注意深く、寝転がっている男を見つめた。
　褪せた金髪の下、外れかけたサングラスから覗く表情は、意外にあどけない。それ
でも彼がまともな職業についていないのは、趣味の悪い金ぴかのネックレスや、冠婚
葬祭でもないのに着こんでいる黒の高級スーツ、なによりいびつに変形した拳が、声
高に語っていた。
（まあ、無理もないか）
　正義は横目でハジメを見る。こざっぱりとしたデザインのＴシャツに、ジーパン姿
だった。ベルトの後ろにかかったＴシャツが膨らんでいる。そこにはナイフがあるは
ずだ。
　置いてきぼりにされた子供のような、すがりつく表情で、ハジメは正義を見返して
いた。
「緊張している？」
「あ……ま、ちょぴっと、だけですけど」
　浮かんだ笑顔には、まったく力が無い。
「コレは確かにボクシングの日本ランカーだったけど、それは八年前の話だよ。酒と
女びたり、ろくなトレーニングもしてない日々を過ごしてきたんだ。いまのハジメ
ちゃんなら、実力の半分も出せば簡単に片がつく」
　まだハジメの笑顔は強ばっていた。
「センパイなら……どのくらいです」
「ぼくは関係ないよ。ハジメちゃんの訓練なんだから」
　少し強い調子で言った。たちまちハジメは眉をうなだらせる。
「すみませぇん」
「いままでの講習を思いだしなよ。ハジメちゃんならやれば出来る」
　落としてから持ち上げてみた。
「……ハイ」
　はたして、言葉に力が戻ってきた。
　う……。
　呻き声に、ハジメが頬をひくつかせた。
　顔に入った気合が、たちまち抜けてゆく。正義は心の中で小さなため息を落としな
がら、男を見た。半身を起こした男は目元を押さえ、頭を振っている。
「なんだぁ……いったい……ここは……」
　ぼんやりとした視線が、正義とハジメを捉える。あどけなかった男の表情が、敵意
を剥きだしにしたものに変わった。見知らぬ相手はとりあえず睨んでおけばいい。そ
んな男の人生が透けて見えた。
「ガキに女に……なんだ、お前ら」
　よろめきながら立ち上がる。途中でバランスを大きく崩して、手をばたつかせた。
「初めまして、池之端進さん。さっそくですがさようならです」
　わざとふざけた物言いをした。ハジメと池之端、両方のために時間を稼ぐ必要があ
る。ハジメは心の準備、池之端は体の準備だ。
「なにいってんだ……くそっ、おれに何をした」
　池之端は激しく頭を振る。
「どうやって池之端さんをさらったのかまでは知りません。なんといっても部署が違
うもので。どうやら、四十度ほどのアルコール飲料に薬を混ぜたようですが」
「ふざけるな……誰に頼まれた？　ここはどこだ？」
「依頼主は教えられません。ここは現在使われていない倉庫です。つまり、いくら叫
んでも誰にも聞こえはしないということです」
　唇をゆがめ、池之端がこちらを睨みつけてきた。なかなか凄みのある表情だった。
さすがは暴力だけを頼りに生きてきた男。だが素人には通じても……。
　隣から、靴が地面を擦る音がした。
　視線を走らせると、ハジメが真っ青な顔をしていた。体を正義に向けて開いている。
　つまりは、一歩引いたから斜めになっているわけだ。腰まで引けている。
（なにをやっているのか）
　これじゃどちらがプロだかわからない。
「死にたいのか、ガキィ」
　はたして、池之端は調子に乗ってきた。人の弱みにつけこんで八年。チャンスは逃
さない。
「死ぬのは池之端さんですよ」
　あまり効果は無いだろうと思いながらも、予定を告げてみた。
「ああん？　お坊ちゃんが相手してくれるのか」
「いいえ。私の部下が、です」
　じろりと池之端は眼を正義の隣に移した。また靴が地面を擦る音がする。今度は二
歩下がったらしい。池之端の顔に余裕が生まれた。
「部下ァ？　どっちも小便くせえが、てめえは本当にガキじゃねえか」
「完全実力主義なんですよ」
「バカバカしい。とっととここから出せ。出口はどこだ」
「駄目です。私の部下と闘ってもらいます」
「相手してらんねぇや」
　池之端は正義たちに背を向けた。倉庫の奥に広がる闇に向かって歩きだす。ややが
に股の背中が遠ざかっていった。
（無理もないか）
　高校生の男と二十代前半の女ふたりに囲まれて「いまからあなたを殺します」なん
て言われても、本気にはなれないだろう。怒るどころか毒気の抜かれている始末だ。
まだ薬が効いているのかもしれないけれど。
　正義は控えめに咳払いをした。
「気づいてますか、池之端さん。あなたの右腕に、ガーゼが貼ってあることを」
　遠ざかっていた足音が、ぴたりと止まった。シルエットががさごそと動く。なにか
を引っぱがす音が聞こえた。
「……なんだ。これがどうした」
「遅効性の毒物を注射させていただきました」
　固まっていた影が、ゆっくりと振りむく。
「なにを言っている？」
「ほっときゃ死ぬって言ってます。私の部下と闘って勝てれば、解毒剤をお渡ししま
しょう」
　硬い靴音を響かせて、池之端が戻ってきた。体を激しく横に揺らしている。あらわ
になった顔は真っ白く、飛びださんばかりに目が剥かれていた。
「シャレじゃすまねえぞコラァ！」
　ハジメちゃんはか細い悲鳴を洩らした。
「ハジメちゃん」
「は、はひ」
「ナイフを抜いて。臨戦態勢を取って。いきなり襲ってくる可能性もある」
「センパイ、無理です」
「早く構えて。腰をおろして。拳に注意を払うのは当然だけど、足も視界には入れて
おくこと。八年ボクシングから離れていた以上、闘い方が変則的である可能性がある
から」
「無理です。あたしには無理です。殺されます」
「――ぼくに殺されたいのか？」
　ハジメの動きは素早かった。ベルトの後ろに差していたナイフに手を伸ばし、腰を
ひねりながら抜きはなつ。足早に近づく池之端に、自分から近づいていった。
　互いにあと五歩といったところで、ハジメは構えをとった。ナイフを持った右手を
前方に差しだし、左足を引いて、腰を落とす。
　池之端は笑みを浮かべた。両の拳を顔の前に並べる。
　ボクシングの構えを見て、ハジメはぎゅっと唇を噛んだ。
「いきますっ」
　ナイフを立て続けに繰りだした。
（バカ。いまから攻撃すると知らせるやつがあるか）
　細かいハジメの斬撃を、池之端は後ろに退くことであっさりとかわしていた。勢い
こんで飛びこんだハジメを、闘牛士の動きでひらりとかわす。
　真横から、右拳が打ち下ろしされた。
　糸の切れた操り人形のように、ハジメは腕と足をバラバラに踊らせて吹き飛んでゆ
く。つんのめって倒れそうになり、なんとか体勢を引き戻した。足を大きく開き、思
いきり前のめる。片手を地面につけた。
　まだナイフを握りしめていることが、唯一の救いか。
「へっ」
　池之端は鼻で笑う。正義は黙って眺めていた。
　ゆっくりとハジメが顔をあげる。
　右頬が腫れていた。すぐにもっと大きく膨れあがるだろう。涙に潤んだ瞳で、正義
を見つめていた。
「ぜんばぁい」
「本当にバカだね。ダメダメだね」
「ずびばぜぇん」
　ほとんどつぶれかけた右目から、涙をこぼしだす。
　正義はズボンからバタフライ・ナイフを取りだし、片手で瞬時に開いた。
「いまから例を見せる。よく目に焼きつけておくように」
　クロームメッキされた刃先を、池之端に向けた。
「上司のご登場かい」
「そうなります」
　すたすたと正義は早足で近づいていった。池之端が怪訝そうに唇を曲げる。まるで
街中を歩いているようで、警戒のかけらもなかったからだ。ナイフは持っているが、
歩みに合わせて腕と一緒に振られていた。
　あっさり間合いに入る。
　池之端は退きながら左の拳を放った。
　当たらない。
　軽い代わりに速い攻撃だ。なのに当たらない。当たる直前で正義が止まっているか
らだ。池之端が退く分、近づく。しかし攻撃が当たる寸前で立ち止まる。また池之端
は退く。また近づく。パンチは当たらない。
　繰り返しているうちに、池之端の顔色が変わってきた。
「うおっ」
　ついに、叫びながら右の拳を繰りだす。充分に踏みこんだ一撃だった。これならば
当たるだろう――正義が立ち止まったままだったならば。
　拳は空を切っていた。
　正義はふところに潜りこんでいた。そのまま地面に転がる。
　前転しながら池之端の足元をすり抜ける。瞬間、ナイフを走らせた。
「うぁ！」
　池之端は左足を抱えた。それでも倒れない。残る右足でケンケンと跳ねた。そのた
びに、血がぽたぽたと滴り、コンクリートに紅く散った。
　すでに正義は立ち上がっていた。
　痛みと悔しさで顔を歪める池之端を一瞥して、ハジメを見る。
「ちゃんと見た？」
　ぶんぶんとハジメは首を何度も振った。
「凄いです！　センパイ、凄いです！」
「本当ならそっちがやらなきゃいけないことだよ。教えたでしょう」
　ハジメはうなだれる。
「す、すいましぇん」
「――あとは任せてもいいかな」
「は、はいっ。頑張りまっす」
　鼻息も荒く、ハジメは池之端に向かっていった。逆に池之端には怯えが見てとれる。
片足で跳ねながら下がっていった。ハジメが冷静さを取り戻せば、別に大した相手で
もないだろう。
　正義はナイフの刃先をティッシュで拭った。ポケットにしまいこむ。汚れたティッ
シュは別のポケットに入れた。
　腰に振動が響く。
　携帯電話を取りだした。画面を確認してから、電話にでる。
「もしもし……ああ、はい、どうも」
　誰かが地面に転がる音。
「てめえっ、この、くそっ」
「えいっ、やぁ！」
　正義は右耳を塞いだ。
「はい。いいえ、こちらのことで。はい、いま処理中です。多少ありましたが、まあ
合格ですね。はい、はい……どうも」
　電話を切った。とたんにハジメの歓声と、池之端の悲鳴が飛びこんでくる。正義は、
こみあげてくるあくびを噛み殺した。

時間：１２時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・格闘場面（どきどき）→そこそこ
・主人公と女性のやりとり（わはは）→そこそこ
・主人公のキャラクター（わくわく）→わからない
・女性のキャラクター（わはは）→そこそこ
・廃倉庫感（ふうん）→あんまり

メモ
■一行あらすじ
　ボクサー崩れのチンピラを、暗殺者の少年が、新入りの女性に手ほどきしながら傷
つけてゆく話。

■プロット
（視点保持者は少年）
・廃倉庫。暗殺者の少年と女性が、眠らされた男が目を覚ますのを見ている。女性は
  初仕事なので緊張している。少年はごく普通の様子。会話のやりとりは、生徒と教
  官そのもの。

・目を覚ました男が、混乱から覚めるなり、少年と女性に拉致した理由を怒鳴りなが
  ら訊く。少年は淡々と、男を殺すためと答える。遅効性の毒物を注入しているため、
  逃げても無駄と伝える。

・憤る男に、少年は自分たちと闘って、勝てたらアンプルをあげると提案する。元ボ
  クサーなので、男は少年たちを舐めきっている。少年は女性に「実地講習開始」と
  告げて、後ろに下がる。

・女性、ナイフを構える。緊張しきっているのが動きの硬さでわかる。男は素手だが
  余裕を持っている。拳を構え、フットワークを使い始める。

・女性、思いっきり殴られる。泣き言をいう女性に、少年は例を見せようと交代する。
  ナイフを渡してもらい、構える。

・相変わらず余裕の男。いきなり殴りかかる。少年はかいくぐって潜りこみ、そのま
  ま前転、地面を転がる。男の横をすり抜ける時に、ナイフで男の足首を斬る。

・斬られた足を抱えながら、男は恐怖と後悔に襲われる。女性は少年の腕の見事さに、
  歓声をあげている。少年ははしゃぐ女性を叱り、また交代する。

・おびえる男。動きに余裕の出てきた女性。少年は冷徹に観察しながら、かかってき
  た携帯電話に出る。依頼主からの電話。もうすぐ終わると返事する。恐怖に叫ぶ男。
  喜びの声をあげる女性。黙って見つめる少年。

※実は少年たちが依頼を受けたのは、「もう二度と暴力を振るえないようにしてくれ」
  というもの。だから殺すうんぬんは戦意を奪うためのハッタリ。

■登場人物
・少年……本名、赤垣正義。高校生の外見。美男子でもなく、不細工でもない。中肉
  中背。どこにでもある、印象に残りにくい外見。常に無表情で冷静。女性の上司。
・女性……本名、坂本ハジメ。２２歳だが、外見より老けて見える。化粧は薄い。こ
  ざっぱりとしたショートカット。アクセサリー無し。少年の部下。
・男……池之端進。元日本ランカーのボクサー。左目の網膜剥離が原因で引退した。
  あれよあれよとチンピラに。借金の取り立て、キャバレーの用心棒と腕力を活かし
  た仕事をしている。褪せた金髪にサングラス、金のアクセサリーにブランドものの
  スーツ。調子に乗りすぎたせいで、飼っているやくざからシメるよう依頼されてし
  まう。

〔ツリー構成〕

【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪