よみかく分室課題部屋

1024 １０００字課題、７／６分、Ｎｏ．１４３「両手にガンを持つ少女」（６０００文字）

2004/7/6(火)17:51 - 名無し君２号 - 23552 hit(s)

現在のパスワード


Ｎｏ．１４３
題名：両手にガンを持つ少女（６０００文字）

　やりすぎた。わたしはやりすぎた。座りの悪い椅子と、肌触りの悪い手錠と、顔つ
きの悪い男たちがそれを丁寧に教えてくれていた。現在進行形、授業の真っ最中。
　ここはどこぞの倉庫だった。まわりを囲んでいるのはヤクザさんたち。
　鼻をひくつかす。きつい体臭混じりのきつい香水をずっとかがされていたおかげで、
なんにも感じない。
　いっそ、体も不感症になってくれればいいのに。
　すでに鼻血は止まっていた。まだ右目の映像はダブって見えていた。変わらず左奥
歯の跡からは血が滲みだしていた。鉄さびの味がした。
「おまえは頑張ったよ。本当によく耐えた。男のなかの男だ。おれたちのなかにもお
まえほどの奴はいない。心から尊敬する」
　甘い声。わたしの前に立つ男からだ。
　彼は白いスーツを着ていた。彼はまわりの男たちとは違う香水をつけていた。彼の
左目は刃物の傷でつぶれていた。
　そして、彼はわたしをいちばん痛めつけていた。
「なあ、もういいだろう。そこまでして守らなければならないことか？」
　秘密。記事の元ネタ。情報提供者。
　わたしは記者だ。スキャンダルばかり扱う三流ゴシップ紙の三流記者だ。わかって
る。地元警察署長と新興暴力団組織の癒着を暴露した。そこそこの反響を得た。どう
せ三流ゴシップ紙。みんな話半分にしか受け取っていない。んなこたぁわかってる。
　過剰反応したのは当事者だけ。
　結果がこれ。記事の裏づけを身をもって取ってしまった。
　やりすぎた。わたしはやりすぎた。相手を見くびりすぎた。
　まさかここまでバカだなんて。
「さあ答えてくれ。だれだ？　だれが漏らしたんだ？」
　猫なで声だ。威圧、暴力、最後に懐柔。ヤクザの常套手段。
「いったいなんのことやら。あくまで地道な取材の積み重ねが――」
　肉がつぶれる音に衝撃、のち激痛。わたしの右目は完全にふさがってしまった。焦
点の合わなくなった視界のなかで、白スーツの男が甘い笑顔を見せている。真性サデ
ィスト。まったくもって適職。男は歌う。
「聞きたくない。そんな言葉はもう聞きたくない。おれが聞きたいのは裏切り者の名
だ」
　裏切り者――？　だれかを壊すための大義名分でしょ――？
「さあ言ってくれ答えてくれ。だれだ。だれがうちの組を舐めてるんだ。だれがおれ
たちを陥れたんだ。答えろ。答えろ。答えろ！」
　自分で喋っていて興奮しやがった。殴る。殴る。殴る。三発目はとくに力が入って
いた。椅子ごと後ろに倒れる。仰向けになった。また鼻血が出てきた。気管に入る。
むせる。
　男がわたしの頭をまたぐ。手をひらひらとさせ、衝撃を抜いていた。
「おまえ、ガキと一緒に暮らしているんだって？　かわいいだろう、たまらないだろ
う？」
　咳きこむのに忙しくてわたしは返事ができない。涙がぽろぽろこぼれる。
「いいのか、もう会えなくなっても。抱けなくなっても」
　血痰を吐きだす。コンクリートの床にねばついた。わたしはあえぐ。どうにか言葉
をしぼりだす。
「攫いに、行かせたのか」
　男が屈みこむ。ふさがった左目が近づいてくる。
「協力をお願いしにいったんだ。お兄さん――恋人か？　が、なかなか強情なんでね」
　下卑た笑い声を男があげる。まわりの男たちも一緒に笑う。
　――なんてことを！
「ん？　なんだって？」
「……もう手遅れだ。あいつが来ちまう」
　耳を寄せてきた男に、わたしは言い放った。
「おまえたちはバカだ。ぜんぶ台無しにしやがった」
　顔を歪ませる男。傷跡がさらにみにくくなる。
「なにを言っている？」
「だれが情報提供者なのか教えても、わたしを殺すつもりだったろう」
　男は目を細めた。正解だった。わかりやすい男だった。
「だから言えなかったんだ。それでもどうにか譲歩しようと妥協案を探っていたんだ。
なのにあいつを攫いに行きやがった！　狩人にわざわざ足跡を教えにいきやがった！
　来るぞ。舌なめずりしながら来るぞ。おまえと同じだ。真性サディストだ。まった
くもって適職だ。理由はできた。あとは壊すだけだ」
「いったいなんの――」
　乾いた破裂音がした。
　銃声だった。立て続けに男たちの悲鳴がする。銃声は続く。さらに悲鳴がする。
　そして静寂。
　男は騒ぎの起きた方向を見ていた。わたしを見る。視線を戻す。ふところに手を入
れる。拳銃を取り出す。まわりの男たちが従う。顎をしゃくった。まわりにいた若者
のひとりがうなずいた。倉庫の出入口へと向かう。鋼鉄製の扉に手をかけた。
　閃光が放たれた。爆音がした。衝撃が伝わった。熱風が起きた。
　扉の破片が飛び、音を立てて床に落ちた。若者の肉片も散らばった。
「な、なんじゃあ！」
　白いスーツの男は銃を構えた。まわりも従った。すべての銃口が、舞いあがる煙の
なかを向いた。わたしは頭を持ちあげた。
　だれも身じろぎひとつしない。煙が薄れてゆく。
　あらわれたのはエプロン姿の少女だった。くまさんのアップリケのついた、地味な
エプロンだった。広く秀でたおでこ。真ん中で分けた髪は柔らかに肩まで垂れていて、
いかにも地味な田舎娘という感じを装っていた。
　ヤクザたちもおなじ印象だったらしい。一瞬、行動に空白ができた。
　よく見れば気づいたはずだ。
　エプロンに所々ついた赤い染みが、決してケチャップではないことを。糸のように
細めた瞳の奥に、快楽の炎を潜めていたことを。両手に拳銃を握りしめていることを
――そして拳銃では扉を爆破することはできないことを。
　もちろん彼女はよく見る時間を与えるほど優しくはなかった。
　両手を別々の角度に持ちあげた。扇形だ、とわたしが思ったときには銃声が鳴って
いた。ぐびえ、という断末魔の叫びをふたり分聞いた。
　男たちが衝撃から立ち直るにはもうふたりの犠牲者を必要とした。我に返るなり銃
声の嵐。もうそこに彼女はいない。地を這うようにして、右側にいる男たちに向かっ
て飛びこんでいた。一瞬、わたしに向かってウインクをした。
　背中を寒気が駆けぬける。歓喜じゃあないよ。
　立て続けに銃声。くぐもっていた。彼女は踊っている。銃口をほぼ密着させていた。
男たちも踊る。撃たれて踊る。血しぶきがあがる。
　まわりは手が出せない。下手に撃てば味方に当たる――のに銃声だ。彼女の表情が
すこしだけ曇る。
　白スーツの男はかまわずぶっぱなしていた。さすが真性サディスト。
「しがみつけ！　動きを止めろ！」
　叫び声。命令。撃たれながらも忠実に動く男たち。盃。絆。筋。彼らを動かすもの
はいったいなんだろうか？　彼女の動きが止まる。男たちは拳銃ごと腹に抱えこんで
いた。こもる銃声。二発、三発。もう音はしない。弾切れ。
「よくやった！　家族のことはまかせろ！」
　白スーツの男はいやらしい笑い声をあげた。
　彼女も笑みを見せた。抱えこまれた両腕を白スーツに向ける。――ぼくはため息を
ついた。男に負けないくらいいやらしい笑顔だったからだ。
　鉄球を思いきりコンクリートにぶつけたような音がした。
　白スーツの男の顔が驚きに歪む。つぶれた左目まで開きそうな勢いだった。残され
た右目が見ているものを、わたしはたどった。彼女の腕を抱えこんでいた男たちの背
中に、大穴が空いていた。
　ずるり、と男たちは力なく崩れ落ちる。あらわれたのは銃口だった。彼女の両腕、
本来ならたおやかな腕があるはずの場所に、黒光りする銃があった。
「なんじゃ、こりゃあ」
　気持ちはよくわかる。白スーツの男は腹を抱えていた。そこには腕が突き刺さって
いた。彼女の腕が。ずっぷりと。もう一本の腕は白スーツのとなりにいた男の顔面を
砕いていた。血を噴きあげながら体は倒れる。
　彼女は両腕の銃を残された者たちに向けた。
　もう相手は泣きそうな顔をしていた。無駄だ、とわたしは思った。そんな顔したら、
かえって喜ばしちゃうだけだよ。
　銃声。火薬の爆ぜる音じゃなかった。無機質な音。閃光があがり、人が爆ぜる。人
が燃える。
「いったいなんなんだよ……あれは。なあ、おい」
　白スーツの男。彼はわたしのとなりに寝転がっていた。呼吸が荒い。死は近い。
「昔、街から浮浪児が次々に消えたことがあった」
　男が頬をつりあげる。強ばった笑み。
「地道な取材の積み重ねの結果、糸はひとりの科学者くずれに行き当たった。――も
うわかるんじゃないか？」
　返事はなかった。笑顔のままで男は死んでいた。喧噪も終わり。足音が近づいてく
る。水を撥ねる音。粘ついた赤い水。
　目と目があった。
　頬に血が数滴こびりついている。エプロンは半分真っ赤に染まっている。両手に銃
を持った彼女が、わたしを見下ろしていた。
　銃口を向ける。
　わたしは体をねじった。彼女も足で椅子を回してくれた。どうにか横を向いた。
　銃声。手錠の鎖は焼き切れた。体を起こす。ふらついた。膝をついた。見上げた。
彼女は両腕をぴこぴこと動かしていた。
「つけて」
　苦笑が洩れた。白スーツの男の腹部に突き刺さっている腕。複雑に絡みあっている
ようだった。どうにか引き抜いた。いろんな色がこびりついていた。
　もう一本を探す。男の顔面を砕いたあと、倉庫の壁にまで飛んでいた。よろめきな
がら拾いにゆく。
　腕にはめた。かちりと音がするまで押しこんだ。彼女が顔をしかめた。
「おしっこ？」
　きつい体臭混じりのきつい香水、さらに塗りたくられた血腥さ、そのなかからアン
モニア臭をかぎわける少女。筋の通った鼻。猟犬の鼻。
「しかたないさ。大じゃないぶん、成長したと思ってくれ」
　彼女は血まみれの指先を握ったり開いたりしている。わたしはその場にしゃがみこ
む。煙草を取り出す。指先が震えていた。どうにか火をつける。
「今日の夕食はなに？」
「ビーフシチュー」
　彼女はあごをしゃくる。どうにかして立ちあがった。

時間：７時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・殺伐さ（ぞくぞく）→そこそこ
・少女にビビってる主人公（びくびく）→けっこう
・暴行され感（イタタ）→そこそこ
・ヤクザ怖い（ぞくぞく）→あんまり
・少女怖い（ぞくぞく）→そこそこ

■一行あらすじ
　ヤクザに捕まって事務所に暴行監禁されていた新聞記者が、両手拳銃を持った女の
子に助けられる話。

■プロット
・倉庫に監禁されている主人公。まわりにはヤクザたち。すでに主人公は暴行を受け
  ている。
・ヤクザの若頭が会話担当。彼との会話と主人公の独白で、なんでこんなことになっ
  てるのか説明。主人公は三流新聞の記者。警察署長（べつになんでもいいけど）の
  スキャンダル。ネタ元を追求されている。
　※主人公は殺されることよりも、助けにくる女の子がヤクザを皆殺しにするだろう
ことを心配している。この段階ではそれを匂わしておくだけ。
・主人公はネタ元の告白を拒否。いよいよ殺されそうになる。ここで女の子の存在が
  ほのめかされる。
・外から銃声と悲鳴。ざわめきたつヤクザたち。様子を見にいこうとザコが扉に手を
  かけた瞬間、扉ごと吹き飛ぶ。
・煙のなかから女の子登場。体は血まみれ、両手に銃。応戦しようとしたヤクザを順
  次撃ち殺してゆく。女の子の表情には一切変化なし。
・阿鼻叫喚の地獄絵図のなか、主人公は冷静に女の子の素性等を解説。
・女の子の拳銃が弾切れを起こす。生き残り組、歓声をあげる。
・反撃しようとした男にロケットパンチが飛ぶ。腕のなかにはサイコガ……銃身。ビ
  ーム連射。主人公、冷静に解説。
・恐怖と憎悪と激怒で発狂した若頭、立ちあがって連射。もうひとつのロケットパン
  チを喰らって死亡。
・両手をピコピコ動かしてる女の子。主人公、血まみれの腕を取ってやってはめてあ
  げる。今日の夕食はなんだ、とか日常を思いおこさせるような会話をして、適当に
  じんわりとさせつつ終了。

〔ツリー構成〕

【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪