よみかく分室課題部屋

1035 １０００字課題、７／２０分、Ｎｏ．１４６「ナイフ使い、婆さんに拾われる」（４８００文字）

2004/7/20(火)22:01 - 名無し君２号 - 21943 hit(s)

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Ｎｏ．１４６
題名：ナイフ使い、婆さんに拾われる（４８００文字）

　どろどろと体にまとわりつく闇から、ずるりと顔だけが浮かびあがった。そのとた
ん、瞼ごしにまばゆい光が射しこんでくる。思わず顔を背けながらも、それが何なの
か確かめようと、ハジメはうっすら目を開けた。
　最初に目に入ったのは右手の甲だった。まぶしすぎて、たまらず遮ってしまってい
たらしい――包帯の巻かれた手で。
　あれ？　あたし、なんでやられたんだっけ？
　おせじにも白魚とはいえない、節くれだった指。その隙間から、白い包帯とは対照
的に黒ずんだ天井が覗いていた。その木目に見覚えはなかった。
　ここはどこデスか？　ハジメはぐるりと視線をさまよわせる。
　障子を透けて、陽の光が差しこんできていた。まぶしいはずだ。朝の光は、八畳間
の真ん中に敷かれた布団を、そこに寝ていたハジメごと包みこんでいた。天井と同じ
くらい年期の入ったタンスが部屋の角に置かれ、いまだ影の中にある。隣の部屋とを
隔てているのはほんのりと色あせた襖だ。
　やっぱり知らない。ハジメの住んでいるマンションには、こんな暖かさを感じさせ
るようなものは何一つ無い。こんな人間らしい所に住んでいる知りあいもいない。
　もしかしてまだ夢の中なんだろうか。確かめるつもりでもなかったが、ハジメは中
途半端に開いていた右手の指を、ぐいと伸ばした。
　手の平に貼りついていた包帯が引っ張られ、皮膚がピリッと音を立てる。
「がっ！」
　痛みに身をよじろうとしたら、今度は左肩が爆発した。きらめくような閃光があま
さず脳天に炸裂する。言葉にならない叫び声をあげてから、ひとしきりハジメは呻い
た。
　おかげで目が覚めた！　思いだした！
　目尻に涙を浮かばせながら、ハジメは昨日の出来事を思い返した。
　そうだった……しくじったんだったぁ。
　爆心地である左肩はいまだにくすぶっていた。おそるおそる顎を引く。さっきの騒
ぎで布団は跳ね上げられていて、包帯の巻かれた上半身があらわになっていた。あま
り豊かともいえない胸が、包帯に圧迫されてひしゃげている。
　左肩の部分が赤く滲んでいた。
　おそらく、この下には銃創が隠されている。確かにハジメは銃声を聞いたし、衝撃
も感じた。さらには撃たれる理由まであった。
　非常に気はすすまない。でも確かめなくちゃ。
　濃すぎるエスプレッソを飲んだかのような顔で、ハジメはそろそろと肩を動かした。
とたんに肩は小爆発を起こす。
「はぐ、ぎ……」
　かちかちと音を鳴らす歯の根をむりやりに噛み合わせた。強引に肩を回す。立て続
けに起きる爆発。奥歯を支える歯茎がひしゃげそうになっていた。
　元の位置まで腕を回し終えた。はあぁ、と大きく息をついて、ハジメは体を投げだ
す。脂汗もそのままに、不規則で荒い呼吸を繰り返した。
　鼓動にあわせて、傷口がずくずくと深い痛みを放っている。ハジメは確信した。
　弾は当たっていない。
　おそらくはかすっただけなのだろう。少々肉はえぐり取られたかもしれないが、筋
肉も神経も骨も傷ついてはいない。これなら問題はなさそうだ。
　――我慢すれば、動かせる。
「準備運動は終わったのかい」
　しわがれ声がハジメの心臓をバク転させた。無意識に体勢を立て直そうとして、ま
たまた左肩を爆破させた。なんの覚悟もしていなかった神経に、容赦なく爆風が浴び
せられる。
　かっぱりと口を開け、ハジメはふいごと化す。叫び声にもなりゃしない。
「はひふひほひ……」
　涙に潤みきった視界で、ハジメは老婆の姿を捉えた。いつのまに開いていたのだろ
う、障子の間に、白髪で鼠色の服を着た女性が、しゃんと背筋を伸ばして立っている。
「なんだよだらしない。ちょいとばかし血ィ出た程度でなにをそんなに痛がってんだ
よ。のたうち回る元気があんならさっさと飯食いな。そうすりゃすぐに治るだろうよ」
　ぽんぽんぽんと威勢のいいお婆ちゃんだった。
「台所はここ出て左の突き当たりだ。便所は右だ。てめえでやりなよ。ババアの手を
煩わせんじゃないよ。動いたほうが治りもいいんだからね」
「あ、あのう……」
「あん？　なんだよ。尿瓶ならないよ」
　なんどか瞬きして、ハジメは涙でぼやける映像をくっきりとさせた。鼻を啜りなが
ら、深い皺が刻まれた老婆の顔を確かめる。あまり化粧っ気はないが、肌の色つやが
やたらといい。十代の自分と比べても、あちらに分があるように思えた。
「ここはどこなんでしょう。あなたはどなたさまなんでしょう」
「どこ？　どこときたかよ。ここがどこなのかはあんたが良くわかってんじゃないの
かい。血なまぐさい刃物なんか持っててさ、体はぼろぼろ、肩には弾のかすめた痕と
きた。まさか山菜取りに来たわけでもあるまいが」
　みぞおちにぬるりと底冷えするゼリーが落ちた。――いったいどこまでわかってん
だろ？　事と次第によっては……。
「あの、お婆ちゃん」
「あたしの名前はサキだよ。田ノ上サキだ。あんたに婆さん呼ばわりされるいわれは
ないね。懐いてんじゃないよ」
　ハジメは顔をしかめてカミナリをやり過ごす。
「じゃあサキさん、あたしの……ナイフはどこですか。あと携帯と財布……んん？」
　布団の中でハジメは足を動かした。布団がもこもこと動く。おもむろに中を覗きこ
んだ。
「服がない！」
「あのやたらぺらぺらした黒い服かい。ずたぼろだったんで捨てといたよ。あんな薄
っぺらい……レオタードっつうのか？　あんなので山の中を逃げ回っちゃ、そりゃそ
んな目にも遭うだろうよ」
　いや、あれは保温性、衝撃吸収力に優れ――ハジメは黙って唇を噛む。まさか、山
の中を逃げる羽目になるとは思ってもいなかったんですぅー、なんて言えない。
「あの、荷物は。ナイフは」
「捨てた」
　サキの言葉はハジメの中に染み入り、冷たい感触となって形をなした。溶岩のよう
な怒りがそれを溶かす。
　あたしのナイフ！　何人もの血を吸ったナイフ！
　いきなり布団を跳ね上げ、ハジメは仁王立ちになった。サキはパンツ一丁のハジメ
を見て、「ほほう」と感心とも苦笑ともいえる表情を浮かべた。
「冗談はそこまでにしてくださいよ、お婆……サキさん」
「べつに冗談じゃねえよ」
「こんのババア！」
　ハジメは左膝を曲げ、小柄なサキよりさらに身を沈めた。いちおー助けられたみた
いだから、血の出ない方向でいこう。かすかな理性が戦術を選ぶ。
　身構えもしないサキの腰に、ハジメは右腕を絡めた。そのまま押し倒そうと体重を
かける。
　瞬間、逆にハジメは押さえつけられた。
　サキが覆い被さり、押しつぶそうとしている――左肩を中心に、本当に老人かと思
わせる力が乗せられた。体勢が悪い。相手の力も強い。じわりじわりと畳が近づいて
くる。
　左肩に痛みが走ったとき、体の力も抜けた。
　火花が散った。もろに横頬で畳を受け止めていた。ついでに右肩も爆発した。
　世界は真っ白になる。ああいいあああ……。
　気づいたときには、サキの腰に回していたはずの右腕が、ぐいと背中にねじ曲げら
れていた。しっかり手首を固められていて、どうにも動かせない。
　どうにかしようとハジメはもがく。さらにねじられた。肩から骨がすぽんと外れそ
うになる。痛みと気持ち悪さに、ハジメは抵抗を止めた。
「山の向こうにな、温泉街があるんだよ」
　背中にどっかりと腰をおろされ、ハジメは呻いていた。
「さらにそのはずれだ。秘湯とかぬかすひなびた宿があってな、そこで人ひとり殺さ
れたんだとさ。テレビでやってたわ。ナイフでめった切りなんだと」
　ハジメは畳から顔を引っぺがす。頬に跡が残っていた。
「け、けーさつに言っても無駄ですよ」
　サキの返事は高笑いだった。うっしゃっしゃっしゃと声をあげるたびに、背中に振
動が伝わる。肩もねじれる。
「知ってるかい。やられたのは不動産屋なんだけどね、正体はほとんどヤクザなんだ」
「……だからなんなんですかぁ。殺るんだったらいっそひと思いに」
「世の中、死んだほうがいい奴もいるさね」
　捕まれていた手首が解放された。そのまま右手はぱたんと畳に落ちる。背中の重み
も去っていった。
「ま、養生しろや。それだけ動けりゃ大丈夫だろ」
　素足が目の前を通り過ぎる。障子は音も無く閉まった。白い障子紙ごしに歩く姿こ
そ見えど、足音はまったくしない。目を閉じて耳をすましても、やっぱり聞こえない。
「……どういうお婆さんなんですか」
　ハジメは畳に突っ伏す。左肩が痛くて、気絶することも出来なかった。

時間：８時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・タフなお婆さん（素敵）→まあまあ
・少々マヌケな主人公（うふふ）→まあまあ
・主人公がお婆さんに飛びかかってやられる場面（わはは）→そこそこ？
・全体的に動きを感じさせる（へえ）→ぼちぼち……。
・目覚める場面（ふうん）→ごく普通

メモ
■一行あらすじ
　人ひとり暗殺して逃亡中の少女が、追っ手に傷を負わされて失神、目覚めたら訳ア
リそうなお婆さんに助けられていた話。

■プロット
・八畳間にひとりで布団に寝かせられていた少女が目覚めるところから始まる。パ
  ジャマから露出している部分は包帯で覆われている。見知らぬ場所に居ることで、
  少女は警戒している。飛び起きた途端に苦痛に呻く。傷は深い。

・お婆ちゃん登場。淡々と少女に対応、着替えや食事、トイレの場所などを告げる。
  少女の質問（所持品のありか、現在地、婆さんは誰か）や恫喝（正直に答えないと
  ……）をあっさり受け流す。
※婆さんの方が少女より一枚も二枚も上手だということ。

・少女、自分が所持していた武器のありかを問いつめる。相変わらずな婆さんの対応
  に怒り、飛びかかる。あっさり返り討ちされる。腕を捻られたまま、少女が暗殺者
  であることは見抜いていると匂わせられる。
※朝のニュース番組で隣町の不動産屋が殺されたこと、その手口が少女の武器で実行
  可能なこと、しかし婆さん自身はまったく気にしていないこと。

・返り討ちにあったことと、正体を見抜かれたことで呆然自失となった少女を置き去
  りにして、しっかり養生しろと言葉を残し、婆さん退室。

〔ツリー構成〕

【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪