よみかく分室課題部屋

1009 １０００字課題、６／２６分、Ｎｏ．１４１「亡者ふたり旅」（５０００文字）

2004/6/27(日)02:12 - 名無し君２号 - 25130 hit(s)

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Ｎｏ．１４１
題名：亡者ふたり旅（５０００字）

　鮎川誠は、にょほほ、と妙にいやらしい笑い声をこぼした。
　夜に沈んだ部屋のなか、卓上灯だけが唯一の明かりだった。蛍光灯の静かな光に照
らされ、若いくせに脂ぎった誠の笑みが浮かびあがっている。やに下がった瞳でなに
を熱心に見つめているかといえば、手に持っているお札の束だった。
　誠が座る学習机の上には、小銭も束になって置かれている。手前にはプリンもむき
身で置いてあったが、それは手つかずのままだった。
　丁寧に丁寧に、誠は千円札を数えている。
　十、二十、三十……。ときおり、にょほほという笑いが混じった。そうして九九ま
で数えたとき、札をぱちんと弾いた。目を糸のように細め、呟く。
「あともうちょっとで大台なんだがなぁ」
　札束を指先で扇状にする。ぱたぱたとあおいだ。
「いくら数え直しても、増えませんよ……っと」
　右手をプリンに伸ばした。スプーンですくって、口に運ぶ。こんど浮かんだ笑顔は、
年相応にさわやかなものだった。続けてもうひとすくい。
　そのスプーンは口元で止まった。ふるふるとカスタードが震えている。
　誠の視線は、真正面のカーテンに注がれていた。
　透けるように青白い顔の女が、にゅうとカーテンから突きでていた。髪はすっぽり
と右目を覆って、机の上にくろぐろと広がっている。手といえば招き猫のアレ。両手
だからダブル招きだ。白い着物がベタである。
　彼女は口を半開きにしていた。よだれを垂らさんばかりだ。その熱い視線は、誠の
口元に強く浴びせかけられている。
　試しに、誠はスプーンを横に動かしてみた。彼女の大きな左目はしっかりと追いか
けてくる。上、下、左、右と動かす。上、下、左、右と黒目が動く。ぐるっと回して、
最後は口のなかへとスプーンを入れた。
「あああっ」
　カーテンから半身を突きだした女が、哀しげに身悶えした。
「……二階だよな、ここ」
　スプーンをくわえながら、思わず誠は呟きを洩らした。女のうなだれていた眉が、
ぴょんと上に持ちあがる。
「あ、あたしが見えるんですか？」
「――へ」
　ずるずるずると彼女は身を乗りだしてきた。あわてて誠は椅子ごと体を退ける。口
からスプーンが、手からは千円札が落ちたが、気づいていない。
「ねえ、ねえ、ねえ！　見えるんでしょ？　ねえ、ねえ、ねえったらぁ！」
　その鬼気迫る表情は、まるでバーゲンセールのかごにむらがるおばさんたちだ。獲
物を狩る猛獣そのものだ。
　音を立てて、椅子が後ろのベッドにぶつかった。なおもにじり寄る獣に、誠は背を
そらし、顔をそむけた。
「あー、あー、あー、なにも見えなーい、聞こえなーい」
「聞こえてるからそんな返事ができるんじゃないですか」
「うっ」
　ぎこちない動きで、誠は顔を前方に戻す。息がふきかかるほどの間近に彼女の顔が
あった。が、まったく胸は高鳴らない。むしろ深く沈んでゆく。
「ああ、よかったぁ。あたし、ずっとひとりぼっちだったんです。話しかけてもだれ
も気づいてくれないし……さ、淋しくってぇ」
　真っ白い着物のたもとで、彼女が顔を覆った。哀しげなすすり泣きが響きわたる。
誠は静かに席を立ち、ふらふらとベッドに向かった。
「やっぱ夜更かしはよくないよなあ……」
「待ってくださいっ。現実から目を逸らさないでくださいっ」
「幽霊に言われたかねえや！」
　すがりつこうとする彼女の手から身をかわす。
　彼女は表情を凍りつかせていた。ため息をつく。
「そうなんですよね。あたし、幽霊なんですよね。もしかしたらなぁって思っていた
けど、やっぱり、もう死んじゃってるんですよね。あたし、あたし……」
　言葉とともにうなだれゆく彼女を、誠は困りきった表情で見下ろしていた。
　がばりと彼女が顔を起こす。びくんと誠は震えた。
「あたし」
「お、おう」
「あたし、いったいだれなんでしょう？」
「――はあ？」
　誠は顔をしかめた。かまわず彼女は話を続ける。
「名前からなにから、ぜんぜん覚えていないんです。でも」
　言いながら両手を広げた。自分の真っ白い着物姿を眺める。
「こうして化けて出ちゃったってことは、なにか心残りがあるからだと思うんですよ
ね」
「……」
「淋しいし、暇だし、いいかげんに成仏したいんですけど」
　誠の顔が明るくなる。
「そいつはいい。ぱぱっとここから消えちゃってくれ」
　じっと女は誠の顔を見つめる。恨めしげな目つきだった。
「な、なんだよ」
「どうして化けちゃったか、わかんないと成仏できない……」
「知らねーよ、んなこと」
　けっ、と誠は喉を鳴らした。彼女に強く睨まれ、あわてて微笑み返す。
　幽霊のくせに、彼女はこほんと咳払いした。
「――あなたとは、なにか因縁があるんだと思います。だってあたし、いつものよう
にふらふらとさまよっていたら、なんだかおなじ匂いが漂ってきたんですもん」
「このあたりじゃ葬式ないはずだけどな」
　ずい、と女が体をにじり寄らせてきた。
「な、なんだよ」
「あなたです、あなた。あなたからはあたしとおなじ匂い――亡者の匂いがします」
　誠は自分の腕や腋に鼻を近づけ、くんくんと動かす。いつもとおなじパジャマを着
ていた。べつに変な匂いはしない……と思った。
「一緒にいきましょう」
　いつのまにか目の前にまで寄られ、誠は小さな悲鳴をあげた。
「行きましょうって、どこへさ」
　彼女は真上を指さした。誠は指先をたどり、心のなかで結論に達する。
「まさか、あの世に逝きましょうってことかよ！　ふざけんな！」
「お願いします。ひとりで逝くのは淋しいんですよう」
「人を巻きこむな！　どうせ化けて出たなんてえのは怨恨が理由だろ、そいつを取り
殺せ！」
「だから覚えてないんですってば」
　ね？　とにこやかに微笑まれた。ぎりぎりぎりと誠は歯ぎしりする。
　いきなり後ろに飛び退いた。着地したときには、土下座の体勢になっていた。
「勘弁してください！　まだ死にたくないです！　死ぬのは恐いです！」
「大丈夫ですよ。辛いのは一瞬だけですから」
「だ、だいたいにしてこんなウジ虫、あなたのような美しい方と成仏するにはふさわ
しくありませんですます、はい」
「死に貴賤はありません～」
　うふふふふ、と低い笑い声をあげながら、じりじりと彼女は近づいてくる。そんな
女幽霊を、誠はなぜか強ばりきった笑顔で見上げていた。涙がぽろりとこぼれる。
「ひ、ひ……」
　薄い色の唇で、彼女はにたりと笑った。
　止めてくれ！　思わず誠は手を突きだしていた。
　むにん。
　やわらかな感触が手の平に広がった。
「あ」
　薄目を開ける。手が幽霊の胸にめりこんでいた。彼女も目をぱちくりとさせる。ゆ
っくりと、口が叫び声をあげるかたちをとった。
「いやぁぁぁあああ」
　いきおいよく飛びすさる。胸を隠すように自分の体を抱きしめていた。
「な、なんで触れるんですか？　だって、いままで、あたしから触れようとしたって
みんなすり抜けていたのに、どうしてあなたは」
　誠は手の平をじっと眺めている。口を歪め、ククッと笑った。幽霊が怯えた表情を
見せる。
　床に散らばっている千円札。誠はその一枚を拾い、立ちあがった。
「そいつは……おれが亡者だからじゃないか？」
「だって、あなた、生きてる」
　誠はお札をぴらぴらと動かしてみせた。
「金の亡者ってやつさ」
　にじり寄ってゆく。誠が近づいたぶんだけ、彼女は下がっていった。
「どした？　なにを怯えている？」
「な、なにを考えているんですかっ。まさか、お化けと、なんて、ねえ？」
　にょほほ、といやらしい笑い声が響いた。幽霊は、青白い顔をさらに青くする。
「そいつはいい考えだなあ～」
「い、いや」
　誠はおどりかかる。指先が届く瞬間、悲鳴とともに彼女の姿はかき消えた。つかみ
かかろうとした格好の誠だけが残される。
　ふん、と誠は鼻を鳴らした。
　カーペットの上に広がっている千円札を、一枚一枚拾いあげていった。ひいふうみ
い……と数え始める。
　九九まで読みあげてから、指先でぱちんと弾いた。おもむろに顔をあげる。
　カーテンの隙間から、大きな黒目が覗きこんでいた。視線は勉強机のプリンに注が
れている。
　机に誠が近づくと、目もびくんと震えた。誠はかまわず引き出しを開け、机の上の
小銭もまとめて、お札をなかにしまいこんだ。しっかりと鍵をかける。灯りを消した。
「食いたきゃ食え」
　言い残してベッドに向かう。
　すすり泣きと、ときおりなにかを食べる音を聞きながら、誠は眠りに落ちた。

時間：７時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・主人公の因業ぶり（うはは）→そこそこ
・幽霊の強引さ（うはは）→そこそこ
・攻守交替（うはは）→そこそこ
・夜っぽさ（ほう）→ぼちぼち

メモ
■一行あらすじ
　記憶喪失の幽霊に取り殺されそうになる守銭奴の少年。ビビりまくっていたが、な
ぜか体に触れられることに気づいて攻守交替。逆に襲いかかり、退散させる。

■プロット
・時刻は夜。二階の自室で、札束を数えている主人公。下品な笑い声をあげる。
・デスクの上にあるプリンに手を伸ばし、食べる。口元でスプーンが止まる。
・窓の外で指をくわえている女性の姿。おい、ここは二階だぞ、と首をひねる。
・悩む間もなく、女性はぬるりと窓をすり抜けて侵入してくる。主人公、札束をばら
  ばら落とす。
・見るからに幽霊そのものの姿。自分の姿が見えることをうれしがり、話しかけてく
  る。主人公、必死で否定する。返事をしてしまったことで、かえって見えているこ
  とがバレる。
・幽霊はしんみりと自分の境遇を話す。主人公、無視してベッドに逃げこむ。
・なにか心残りがあるから幽霊になったのだが、記憶喪失なせいで原因がわからない。
  いいかげん成仏したいがひとりじゃ淋しいから一緒にいこう、とすがられる。主人
  公、土下座。卑屈な態度で逃れようとする。
・ついに襲いかかられる。主人公、伸ばした手が偶然幽霊の胸に当たる。飛び退く幽
  霊。
・主人公の口元に悪魔の笑みが浮かぶ。怯える幽霊。襲う主人公。幽霊の姿はかき消
  える。
・落とした札束を拾い集める主人公。顔を上げると、またもや幽霊が窓の外から覗き
  こんでいる。幽霊の視線はデスクの上のプリンに。
・食いたきゃ食え、とプリンをそのままに、主人公、ベッドに。哀しげな泣き声と咀
  嚼音をバックに、主人公睡眠。

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【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪