よみかく分室課題部屋

1127 1000字課題、11／5分、No.150「ざんざんざん」（5500文字、原稿用紙11枚）

2004/11/6(土)00:53 - 名無し君２号 - 16686 hit(s)

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Ｎｏ．１５０
題名：ざんざんざん（５５００文字）

　かじりつく音がした。かみ砕く音がした。かみちぎる音がした。すする音がした。
呑みこむ音がした。
　そしてまた、かじりつく音がした。
　レースのカーテンごしに、おだやかな光が差しこんでいた。なかの光景を浮かびあ
がらせている。
　ソファーの上で、咀嚼音を立てる男を。
　黒ずみかけた赤を。
　カーテンにぽつぽつと染みていた。大きなテレビにべったりとついていた。木の床
に飛び散っていた。ガラスのテーブルにぶちまけられていた。
　部屋が、真っ赤に染まっていた。
　ソファーに前のめりになり、熱心に音を立て続ける男の服にも、赤い柄ができてい
た。いくら洗ったとしても、元の灰色のスーツには戻らないだろう。
　赤い水たまりがソファーにできていた。なにかが落ちた。粘っこい音をあげ、跳ね
た。
　素速い動きで、男は落ちたものを拾いあげた。それには紅い爪がついていた。細長
い指があった。たしかにそれは、人の手だった。
　かじりつく音が、した。
「どぉーにもならないな、先輩」
　音が止まる。
　部屋の入り口、開けはなたれていたドアに、若い男が立っていた。黒いジャージ姿
に、さっぱりとした黒い髪。すっと目を細めている。口元には笑みを浮かばせていた。
「覆水盆に返らずとはいうけれど。ずいぶん派手にぶちまけたもんだ」
　一歩踏みだす。スニーカーが床をきしませた。
「ねえ先輩、おいしいのかい、それ――奥さんの肉は、おいしいのかい。あんた、と
ても大切にしていたんじゃなかったのかい。自慢の奥さんだったんじゃないのかい」
　若い男は、左手に棒を持っていた。ゆるやかな弧を描いていて、太い木刀に見えな
いこともない。持ち手には布が巻きつけられていた。黒い染みの浮いた布に、男は右
手の指を絡める。握りしめた。
「勇樹くんはどうしたんだい。ようやく歩くようになったんだよねえ。すこしまわり
より遅いみたいだって、心配してたよねえ」
　先輩と呼ばれた男の答えは、うなり声だった。人のものではない。けものの声。お
どかしの声。
　若い男は笑った。うははははと、乾いた声をあげた。
「愛しすぎちゃったのかい、ひとつになっちゃったのかい」
　棒を自分の腰にそえた。左手の親指で、ぐいと持ち手を押しあげた。鈍い光がきら
めく。
　血管の浮きあがった右手をねじり、一気に引いた。
　刀があらわれた。
　青白い刃。その切っ先を突きだしている。左手の白鞘は引いて構えた。
　ぐるるるるるる。
　うなり声をあげながら、先輩がゆっくりと振りむいた。上半身だけをひねっている。
　短髪も、角張った顔も、ワイシャツもネクタイも、血で赤く染まっていた。瞳は金
色と化し、口からは牙を覗かせていた。
「人のあげていい声じゃないぜ、それ」
　かつて人だった生き物は、にたりと口を開いた。歯にでも引っかかっているのか、
ひと筋の髪が口から伸びていた。長い髪だった。
　刀を構えた若い男も、おなじ表情を浮かべた。
「なんてざまだ。なんてぶざまなんだ。狩人が、獲物になりさがりやがった！」
　牙を剥きだしにしながら、化け物が腕を振った。なにかが放たれる。男は左手の鞘
で、飛んできた黒い固まりを払った。
　壁に当たって、それは転がった。
　若者は横目で捉えていた――それは子供の頭だった。まだあどけない顔が、恐怖の
ためだろう、歪んでいた。
　化け物は若者の隙を見逃さなかった。
　テーブルを蹴散らしながら踏みこみ、爪を突き立てる。人ではありえない鋭さを持
った爪だった。
　しかし、届かなかった。
　刀が跳ねあがっていた。いつのまにか鞘は捨てられ、両手で刀を握っている。
　化け物の腕を断ち切った刃は、頂点までいき、落ちた。もう一方の腕が斬り落とさ
れる。三度目の軌跡は、脇腹から胸を通り、肩までを抜けた。
　血が噴きだす。どす黒かった。
　浴びる前に若者は体を横に滑らせていた。窓際に寄せる。カーテンがそよいだ。
　両手を断たれ、よろめきながら、化け物が口を開ける。
　だが、吠えることはできなかった。
　若者が飛びこみ、脇をすり抜けていたからだ。化け物の首にひと筋の線を浮かばせ
ていたからだ。
　首が飛ぶ。金色の目を剥いていた。
　なにもなくなった胴体が倒れ、大きな音を立てた。床に血だまりを広げた。すでに
広がっていた血と混ざりあう。
　刀をぶらさげていた男は、それを見おろしていた。首を軽く曲げている。目にはさ
っきまでの狂気がない。哀しみが浮いていた。
「先輩……どうして」
　笑い声が響いた。少女のものだった。
「すごい、すごいな、おまえ」
　若者の顔から表情が消える。刀を構えた。
　笑い声は天井を駆けめぐっていた。姿はどこにも見えない。
「なんだ？　いったい……」
　そのとき、男の目が見開かれた。なにかに気づいた、という感じだった。
　口元に笑みを浮かばせた。
「そうか……きさまだな？　先輩がこうなったのは、きさまなんだな？」
　瞳には、またもや狂気があらわれだした。
「あはははは、すごい、すごい。こわい、こわいぞ、おまえ。変わった、変わった
な？　そのできそこないより強い。とても強いぞ。感じるぞ」
　ぐるぐると声は部屋中をまわっていた。
「きさまにできそこないにされたから、先輩は弱くなったんだよ。こんなもんじゃな
い。おれたちは、きさまらみたいな、力だけのバカじゃあないんだ！」
「いーや、弱かったよ。そいつは弱いからそのていどなんだ。できそこないになった
んだ。おまえならどうだろな？　強くなるかな？」
「きさまとかくれんぼしている暇はないんだが」
「あはははは、すごいだけじゃなくて、おまえ、おもしろいな」
　だらんと若者は刀をさげる。肩から力が抜けた。ふう、と息をついて、まぶたを閉
じた。
　笑い声はあいかわらず部屋中を動いている。
「なにをするんだ？　なにをしてくれるんだ？」
　遊園地に連れていかれた子供のように、明るい声だった。
「まったく、くだらねぇ……。かくれんぼは終わりだよ、こども」
　男が跳ねた。刀を、血だまりに突き立てる。ちょうど、先輩だった生き物が蹴散ら
したテーブルがあった場所だった。
　笑い声が止まった。
　ねじりながら、刀を引き抜く。
　長い髪の少女が、血のなかから抜きだされた。刃は少女の肩に刺さっていた。全身
があらわれ、まとっていた黒いドレスが、ひらひらとそよぐ。
「あはははは！　すごい、ほんとうにすごいぞおまえ！」
　大きな瞳を、心の底から楽しそうに見開いていた。
　男は冷たい目で見つめ返した。
「ありがとよ。そしてさよならだ」
　浮きあがった少女の腹に、若者は蹴りを入れた。刺さっていた刀が抜ける。
　いまだ宙に浮いている少女めがけて、踏みこんだ。
　一刀の元に切りさげる。
　たしかに、少女の体を断ち切った。半分にした。髪を斬り、舞わせた。
　しかし、少女は口の端をぐいと持ちあげた。にたりと笑った。
　半分になった少女は、それぞれ反対側に飛んだ。片足で床を跳ねる。ぴちゃぴちゃ
と飛び跳ねながら、若者の後ろに回った。
　若者が振り返ったときには、ひとつになっていた。少女がくるりと回れ右をする。
髪がふわりと舞い、さらりと収まった。
「ざんねん」
「だったら次だ。縦が駄目なら横がある」
　刀を突きつける。
　あはは、と少女が笑う。
「横？　首か？　ほんとにすごいなお前。だけどさよならだ。もっともっとお前、す
ごくなれ。そうしたら、私のものにしてやる。すごいまま、すごいやつにしてやる」
「うるせぇ！」
　突いた。
　眉間を貫いた。
　少女は笑った。笑ったまま、刀をつかんだ。あっさりと折った。
　若者の横をすり抜ける。
　頭の後ろから刃を出したまま、少女は走った。
　窓につっこむ。ガラスを割って、外へ逃げた。
　半分で折れた刀をさげ、若者はしばらくのあいだ、風に揺れるカーテンを眺めてい
た。
　そよいできた外の匂いに、部屋にたちこめていた血の濃密な臭いがかえってきわだ
つ。
　若者がジャージのズボンに手を突っこんだ。携帯電話を取りだす。ボタンを押した。
「――こちらＣ班。先ぱ……田所さんは駄目だった。あいつらにおなじにされてしま
った。ああ、すでに始末してる。処理班、頼んます」
　哀しそうに伏せた目が、一瞬だけ見開かれる。
「……ああ、家族も……そうだ」
　電話を終えた若者が、重い足取りで入ってきた扉に向かう。歩を進めるたびに血だ
まりが跳ねた。廊下に出る。扉の横の壁に寄りかかった。
　そのまま、ずるずるとしゃがみこむ。ため息をついた。つききって、咳きこんだ。

時間：６時間

読んで欲しいもの（）は読んでの読者感想、→は作者判断：
・すぷらったー（ぞぞぞ）→ぼちぼち
・化け物になっちゃった男（ぞぞぞ）→ぼちぼち
・魔物ハンターな若人（ぞぞぞ）→そこそこ
・戦い（どきどき）→そこそこ
・ロリ敵（どきどき）→そこそこ

■一行あらすじ
　化け物になっちゃった先輩を、後輩の魔物ハンターさんがブチ殺し、ついでに先輩
を化け物にした敵と絡む話。

■プロット
・昼下がりの住宅街。家の居間。かつて人だった男が、家族を食べている。後輩のハ
  ンター到着。戦闘開始。あっさり終わる。

・先輩の死骸を前に、感傷的になる若者。そこにどこからか少女の声が聞こえる。馬
  鹿にした口調。若者、居場所をつきとめる。軽い戦闘。先輩を化け物にした張本人
  である少女、逃げだす。若者、疲れ果てながら本部に連絡。

■起承転結
起：化け物が人を食っていた。
承：化け物を倒した。
転：化け物の親玉がいた。
結：化け物の親玉と絡んだ。

〔ツリー構成〕

【550】１０００字課題根っこ 2003/8/22(金)05:10 名無し君２号 (181) ≪